第4話・1
4
トオルは、校内にあるパソコン室に居た。目的は、インターネット。
ネットは、やろうと思えば家でも出来る環境なのだが、パソコンは親との共同。しかも、ネットオークションや通販にハマってる母親の鶴の一声でリビングにあるものだから、どのサイトを見ているか親に見られてしまう。
別に、見られてまずいサイトを廻るわけではないがなんとなく気恥ずかしくて、トオルは学校のパソコンを使う事にしたのだ。
カタカタと慣れない手付きでキーボードを操作し、文字を入力した。
「時計学校っと」
ユウマに言われた事もあって、「時計師になるのもいいかも」と思い始めていた。
あの番組では、スイスには時計学校があって、時計師はそこで資格をとっていた。トオルも、まずは学校へ行かなくてはと思ったのだ。
検索をかけると、時計学校のサイトがあったらしく、すぐにみつかった。
さっそく入ってみると、けっこう充実したサイトで、知りたい事は全部ここでわかりそうだった。マウスをクリックして、次々と情報を拾っていく。そんな作業を何度か繰り返していたトオルの元に、背後からパソコンの画面を覗き込む者が現れた。
「何やってんだよ」
突然、背後から声をかけられて、トオルはビクッと肩を揺らした。
「時計学校?オマエ…」
「何だ、陽平かよ!いきなり背後から出てくんなよな!」
トオルは、慌てたようにマウスを動かすと、画面を閉じてしまった。
「何だよ。閉じる事ないだろ?」
文句を言う陽平にトオルは、
「いいんだよ。もう印刷したし」
と言うと、プリンターから印刷された数枚の紙をすばやく取り、適当に折ってポケットの中に押し込んだ。そして、トオルの秘密主義のような行動にブツブツ文句を言う陽平を、
「まあまあ。たいした事じゃないから」
なんて言って言いくるめながら、そそくさとパソコン室を後にした。
家に帰ったトオルは、部屋のベッドに寝っころがりながら、学校で印刷した数枚のプリントを眺めていた。
ワクワクしながらプリントの文字を追っていたトオルは、入学資格の欄の所に目をやった瞬間、固まってしまった。
学校では、時間が無くてちゃんと見れなかったから気付かなかったが、そこには、『高卒』の文字が書かれていた。
まだ小学校も卒業してないのに、『高卒』はトオルにとっては、あまりにも遠い未来だ。
「なんだ。いますぐ入学出来るわけじゃなかったんだ」
自分の中では盛りあがっていただけに、ガッカリしてしまった。しかし、高校卒業しないと入れないのでは仕方がない。その頃にもまだ、時計師になりたかったら入ればいいと、この場はそう思うしかなかった。
まだ現役小学生のトオルには、そんな事情もあって、日が経つにつれ情熱は冷めたわけではなかったが、薄くなっていた。コンクールから戻ってきた自信作『木製懐中時計』も、部屋の隅でうっすらと埃をかぶり始めるように、トオルの中で次第と時計師の存在は小さくなっていた。
そんな時、トオルは新聞のある面を見て驚く事になる。
トオルは、教科書や本の活字は苦手だったが、なぜか新聞の記事を読むのは好きだった。
その日もまず、テレビ欄から見て好きな番組をチェックした。その後に、一面から興味のある記事だけを読み進めていく。パラッ、パラッと、ゆっくりとページがめくられ、紙面が地元記事面になると、トオルの目はそこで留まった。
それは、紙面の左半面を堂々と占める記事。新聞だからモノクロだったが、顔写真のような小さなものではなく、スナップ写真くらいの大きさの写真付なので、地元面といえども大きなニュースの扱いだった。
トオルの目を釘付けにしたのはそれだけではなかった。そこに写っていたのは、あの吉岡侑真だったからだ。
ユウマは、ドレスを纏った長身の女性の隣に並んで立っていた。写真は縦長だったが、女性のロングドレスが裾まで写るようにかなり引き気味のアングルだった為か、顔もドレスの細部もイマイチ見えにくかった。
その写真で、なぜユウマだと気付いたかと言うと、写真の左端に『受賞した吉岡侑真くん(左側)とモデルの女性』と、太字で注釈が付いていたからである。
写真の上には、『小学生デザイナー、グランプリ獲得』の文字が大きく、堂々と載せられていて、記事にはこう書かれていた。
高見小六年生の吉岡侑真君が、ファッション雑誌『装艶』のコンクールでグランプリを獲得し、この日開かれた授賞式に出席した。侑真君は、十一歳十ヶ月での受賞。この記録は、至上最年少であり、歴代の最年少記録を大きく更新した。このコンクールは、グランプリに輝いた数多くの受賞者が、有名ブランドの専属デザイナーや、自らブランドを立ち上げるなど、各地でさまざまな活躍をしている事もあり、デザイナーの登竜門の一つでもある。また侑真君は、日本やヨーロッパで認められている有名デザイナー、吉岡朱理氏の長男。ファッション業界に詳しい関係者の間では、今後、侑真君の活躍も大きな期待となっている――。