第3話・2
「何?」
あんまりジロジロ見るのも悪い、と思いつつも、トオルの目は少年の珍しい服装に向いていた。しかし、当の本人はそんな事は慣れっこなのか、それとも気に入って着ているからなのか、全く気にしない様子で話し始めた。
「これ、キミが作ったの?」
「そうだけど?」
「やっぱり?手に取ってるから、そうだと思ったんだ」
普通は、展示されている作品に手を触れたりしない。もし触れるとしたら、自分の作品くらいなものだ。
「僕、ひと目見たときから、この作品は素晴らしいって思ってたんだ。蓋の彫刻もスゴイんだけど、どちらかと言うと、僕はケースの中に驚いた」
クラスメイトや先生、カードの批評も主に、蓋の彫刻を褒めてくれていた。彫刻は得意だったし、やるからにはすごいものをと思って最高の出来にしたつもりだったから、トオルも素直にうれしかった。
しかし、トオルの自慢する所は、実は中の機械部分だった。部品自体は、長針、短針に、大きさの違う数枚の歯車のみのシンプルなものだったが、実際は歯車の歯を一ヶ所一ヶ所形取るのに、ものすごく苦労していた。
本物の時計のように、針と歯車が連動するようには作れなかったから、そこまで精密にする必要はなかったのだが、トオルがこの時計作りで本当に作りたかったのは、中の機械部分だった為、出来る限り頑張った。テレビで見て衝撃を受けた、あの時計師の仕事を、少しでも実際に体感してみたかったから。
「コレも自分で作ったんでしょ?細かいのにすごく丁寧に作られている。手先が器用なんだね。デザインもシンプルで良いし。スゴイよ。よく出来てる」
機械部分は、本当に一番手をかけた所だったし、苦労した分、自慢の箇所だった。そこに注目され、こんな風に褒められてトオルはうれしかった。
うれしさと、照れ笑いを隠すようにトオルは少しだけ下を向いて答えた。
「ま、まあね」
少年はよほど気に入ったのか、そんなトオルに気付かず、テーブルの上に展示されているトオルの作品をジッとみつめていた。そして、ふと訊いてきた。
「コレってキミのデザイン?」
「まさか。あるヤツをパクったんだよ。まあ、忠実に再現っていうのは無理だったけどね。
蓋と中身は別々の時計がモデルだし。中の方は、『ティソ』って名前だったかな?」
トオルの答えに少年は、押し黙ったまま何かを思い出そうとしていた。そして、思い出したのか、突然顔を上げてトオルの方を向いた。
「ああ、ティソの懐中時計ね。僕も雑誌に載ってたのを見た事あるよ。キミ、時計に詳しいの?」
「いや、別に。ただ、雑誌見て、内部が全部載ってたのが、たまたまコレだったってだけ」
「雑誌を見ながら作ったの?実物でなく?」
「実物だったら、壊して中開かないといけないじゃん。まあ、雑誌見たって言っても、文字盤で隠れてるトコとか、結構適当にやっちゃったけど」
そう、サラリとトオルが言うと、少年の瞳には驚きの色が光った。
少年は、再び視線を時計に移し、「手に取っていい?」と、トオルの了解をとりつけた。
両手ですくうように取り上げ、丁寧に扱いながらも目を皿のようにして、じっくりと細部まで眺めていた。しばらくして満足したのか、ゆっくりとテーブルの上に戻すと、トオルの方に向き直って言った。
「キミ、スゴイよ!キミなら凄腕の時計師になれるかもしれない」
突然、何を突拍子もない事を言い出すんだと思ったトオルは、アハハと笑いながら軽く受け流すように言った。
「そ、そうかな。時計師?ハハハッ」
「うん。絶対なれる!考えてみなよ!」
しかし、少年は真剣な顔で更に勧めた。
トオルは、初めて機械式時計の中を見た時の、あのなんとも言えない衝撃と感動を思い出した。トオルの頭の中に蘇る、ルーペ越し世界。神業と思える作業も、独立時計師が熟練の技を駆使し、黙々と進めていく。それは気が遠くなるくらい長い、長い時間。そうやって時計師は、ようやく一個の時計を生み出していくのだ。時計師の魂が込められた時計には、人を惹きつける魅力がある。自分の作り上げたもので人々を魅了する時計師に、トオルは強い憧れを感じていた。
「時計師かー。前にテレビで見て思ったけど、職人ってカッコイイよなっ」
「あ、それ、もしかしてスイスの独立時計師のじゃない?僕も見てたよ!」
「マジ?じゃあ――」
トオルがそう言いかけた時、
「ユウマー」
と、呼ぶ女性の声が聞こえてきた。その声に、少年が反応した。どうやら、『ユウマ』というのは、この少年の名前のようだ。トオルも声の方に振り向くと、その女性は、今トオルの隣にいる『ユウマ』と瓜二つと言うほど似ていて、母親だという事は聞かなくてもすぐにわかった。
「ごめん。もう、行かなきゃ」
ユウマは、そう言って行こうとしたが、途中で思いついたようにトオルに振り返った。
「あ、僕、名前言ってなかったよね。キミの作品に夢中になって忘れてたよ。僕は、吉岡侑真だから。じゃあ、またね。三上くん」
そう名乗ると、ユウマは母親の元に走って行った。
「吉岡ユウマか。けっこうおもしろいヤツだったな」
トオルは、心の中でそうつぶやくと、もう一度自分の作品を見つめた。