第2話・2
夏休み初日。
トオルは、二階の部屋から階段を駆け下り、目当ての物がしまってある場所を目指していた。その途中、キッチンに居る母親に声をかけた。
「母さんの手芸ので欲しいのがあるんだけど、いい?返せないんだけど」
「手芸の?物にもよるわね。どれ?」
洗い物をしていた母親は一旦水を止め、エプロンをタオル代わりにしながらキッチンから顔を出してきた。
キッチンのすぐ横の一角に、母の為に設けられた家事コーナーがあった。サラリーマンの家庭に欠かせないYシャツのアイロンかけ作業。また、母親の趣味である、ミシンを使った創作活動などがその場所で行われていた。
トオルは、母親のソーイングボックスをガザガサとあさり、お目当ての物を見つけると、それが母親に見えるように手を伸ばした。
「コレなんだけど」
「ああ、それならいいわよ。別に使ってないし」
「マジ?サンキュー」
トオルはうれしそうにしながら、今貰ったばかりの物を手に取ると、色々と向きを変えながら何やら考えていた。
トオルのその姿はとても不思議で、母親は気になって訊いてみた。
「でも、返せないってどういう事?何か、別な事に使うの?」
トオルはニヤリと笑うと、母親にも陽平にしたように秘密を通した。
「何かは、出来てからのお楽しみ。陽平にもまだ言ってないんだから。じゃ、オレちょっと買出ししてくるから!」
そう言うと、母親から貰った物を持ったまま玄関から出て行くトオル。
「変な子ねえ。本当、何に使うのかしら」
見送った後も母親は、トオルが何を作る気なのか見当もつかず、首を傾げていた。
それもそのはず。トオルが手にしていたのは、円形の刺繍用枠だったのだから。
トオルの行き先は、自転車を飛ばせば十分くらいの距離にある、近所のホームセンターだった。
ホームセンターならではの、少し大きめのカートを押しながら店内に入って行った。
「コレ、ちょうどいいじゃん」
トオルは、木材のコーナーにあった、円形の板を取り上げた。それは、何かのプレートとして使うものらしく、端もなめらかに加工されていた。あわせてみると、偶然にもあの母親から貰った刺繍用枠とちょうど同じサイズ。
本当は、普通の板を店員さんに言って、刺繍枠と同じサイズに丸くカットしてもらう予定だったが、こっちの方が断然いい。
掘り出し物を見つけて、更に足取りが軽くなったトオルは、その後も店内を物色しながら、材料となる物を次々とカートに入れていった。
「これだけあればいいだろう。完璧だ!」
材料の調達を済ませ、大きなビニール袋を片手に再び自転車に乗って家に帰ると、トオルは自分の部屋に直行した。
ビニール袋から覗いていた木材を見た母親に、
「木、切るんだったら、クズで部屋が汚れるから新聞紙敷きなさいよ」
と、階段を上りきるまでうるさく言われたので、トオルは仕方なく床に新聞紙を広げ、さっそく買ってきた木材等を並べた。その横にはもちろん、さっき母親から貰った刺繍用の枠も添えられていた。
無造作に詰め込まれている机の引き出しをゴソゴソとあさり、中から学校で使っている小刀と彫刻等、それにコンパスと定規とシャーペンを出して準備は整ったようだった。それらを材料の横に置くと、トオルは床にあぐらをかいて座った。
「さてと。まずは小物から攻めるか」
気合を入れると、まずは厚さ二ミリくらいの、薄い木の板に手を伸ばした。コンパスと定規を操りながら大中小、さまざまな形を描いていく。
トオルの頭の中に広げられていた設計図に描かれていたものが、こうして徐々に再現されていった。