第7話・2
陽平が言う事も、怒りたくなる気持ちも、トオルにはよくわかっていた。結論を出すまで時間がかかったのは、親の説得よりも、陽平との約束があったからだった。
そうしてトオルが考えに考え抜いて決めた事だという事は、陽平にもわかっていた。
トオルが最初にスイス留学の話をしてから、もう十日近く経っていた。その間に中間テストを挟んでいたからといっても、長い。
トオルなりに色々と悩み、決断したのだろう。そう思うと、陽平はもう何も言えないと思った。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと陽平が口を開いた。
「…オレがJリーガーになる頃には、オマエも一人前の時計師か」
「え?」
気まずくて、うつむいていたトオルは、陽平の言葉に顔を上げた。
「オレがJリーガーになったら、オマエの作った時計してやるよ」
さっきまでは、思いのままに怒りをぶつけていた陽平の顔は、穏やかな表情に戻っていた。
トオルは、陽平なら怒っても、わかってくれると思っていた。
それでも、やはり不安な所もあったので、陽平が応援しようとしてくれているのは、うれしかった。けれど、トオルはそれを素直には言わない。
「…マジで?うれしいけど、オレが作るのは高いぞ?」
それを聞いて、陽平は笑いながら言い返した。
「何言ってんだよ。Jリーガーになったら、年俸何千万の世界だぜ?ちょろいモンだ」
「ハハハ。じゃあ、注文楽しみにしてるよ」
「おう、気合入れて作れよ!ワールドカップにも付けていって、カメラの前で宣伝してやるからな」
そう言って陽平は、まだ何もつけられていない左手首を、わざと見えるようにトオルの目の前に差し出した。
次の日、トオルはユウマを呼び出した。
「テスト期間はもう終わったんじゃなかった?珍しいね」
そう言いながら、ユウマはベンチに腰掛けた。そして、横に置いたカバンの中から、いつものようにトオルと交換しようと持ってきた時計雑誌を取り出すと、組んだ足の上で広げ始めた。
トオルもユウマの横に座ると、用意していた言葉を切り出した。
「オレ、サッカー部辞めた。色々考えたんだけどオレ、やっぱりトゥールビヨンを作ってみたいんだ。トゥールビヨンを組み立てられる時計師って、世界中でもそういないだろ?もし、時計師になれても、多分、すごい修行しないとトゥールビヨンは無理だと思う。だからこそ一日でも早く、本場で勉強したい」
雑誌に目を落としたまま、黙ってトオルの決意を聞いていたユウマ。
トオルは、そんなユウマの様子をうかがうようにして訊いた。
「もう、遅かったかな?」
ユウマから催促が来ないのをいい事に、ずっと返事をしていなかった。もしかしたらと、トオルは不安に思っていたのだ。
ユウマは、パタッと膝の上で雑誌を閉じると、首を横に向けてトオルを見た。
「いや。トオルは絶対、そう言うと思って、実は先方にはもう、二人でお願いしてあるんだ」
そう、ニコっと笑う用意周到なユウマに、トオルはホッと胸を撫で下ろした。
そして、夢へまた一歩前進した事をかみしめた。