第6話・2
「オバさんの反応は?やっぱショック受けてた?…もしかして、反対…とか?」
トオルは、恐る恐るといった風に訊いた。
するとユウマは、トオルの心配をよそに明るい口調で、
「ううん。初めはビックリしてたけど、わかったって。でね、トオル。中学卒業したら、一緒にスイスに行かないか?」
と、言い出した。
突拍子もない話が出てきて、トオルはつい大きな声になってしまった。
「ハァ?スイス?何でそんなに話が飛躍すんだよ!」
「スイスの時計学校に行こう。日本の時計学校は高卒じゃないと入れないだろ?でも、スイスの学校は中学を卒業すれば入れるんだ」
「……」
「スイスでは、九年制の義務教育の後は、時計学校みたいな専門学校に行く人もいるんだって」
「……」
「それに、日本の時計学校は三年制だけど、僕らが行くスイスの学校は四年制。本場で、しかも一年長く勉強出来るんだよ!」
トオルは、あっけにとられてただ、黙ってユウマの話を聞くだけになっていた。ようやく、頭の中で内容を整理出来たトオルは、以前、ネットで時計学校を調べた時の事を思い出した。
「でも、日本にもスイスの学校と提携してる学校あんじゃん。入学資格が高卒の。そこに行けって言われんじゃねえの?」
トオルだって、何も他の手を考えないで諦めたわけではなかった。もちろん、スイスの時計学校の事も知っていたが、ネットで色々と調べた結果、やはり高卒を入学条件にしている日本の専門学校へ行く他、術は見つからなかった。
しかし、ユウマは余裕の笑みを見せた。
「うん、多分ね。でも、母さんの知り合いに時計師やってる人がいて、僕達の事を相談したら、力になってくれるって。詳しくは今日、母さんが家に帰って来てるから、後で母さんから話してもらうけど」
もう、そこまで話が進んでいる事に、トオルは少し気後れを感じた。
「でもさー、ユウマはデザイナーのセンスあるからわかるけど、オレなんかどうだかわかんねぇのに迷惑じゃないの?」
不安そうに訊くトオルに、ユウマはそれをあっさりと払拭するかのように即答した。
「そこは大丈夫。トオルの事は母さんも認めてるから。トオルが六年生の時に金賞になったあの時計、実は母さんも見てるんだ。トオルは知らなかっただろうけど、母さん、あのコンクールの特別審査員だったんだよ」
「…マジで?」
トオルは、それを聞いて少し安心した。ユウマのデザイナーとして才能は周知の事実。こういう話がいつ舞い込んできても不思議ではない。だけど、ただの中学生のトオルに関しては、ユウマのオマケのようなものとして捉えられている気がしたからだ。
ユウマほどではないけれど、少しは自分も
認めてもらえているようで、トオルはうれしかった。
入学資格が『高卒』という事で、一度は半ば諦めたような時計学校。しかし今、そこへ入学出来るチャンスが飛び込んできたのだ。それも、本場のスイスで。
トオルには夢のような話だった。
トオルが、初めて連れて行かれたユウマの家は、乗って来た黒塗りの高級車から想像するほど、すごい豪邸ではなかった。家自体の大きさは、普通の一軒家より少し大きいくらい。門と塀はあったけれど、家の外観が見渡せるくらいの高さで、上流階級のイメージはあまりない。ただし、門の所も含めて塀や庭などには、いくつもの防犯カメラが設置されていたが。
一般家庭にはあまり馴染みのない、応接室と呼ばれる部屋に入ると、そこにはもう既にユウマの母親、吉岡朱理が二人を待っていた。
カリスマデザイナーだからと、緊張していたトオルだったが、
「いらっしゃい。待っていたのよ」
と、笑顔を見せる彼女は、上品だけれども気さくで優しい、普通のお母さんという感じだった。
朱理は、簡単に挨拶をした後、トオルとユウマを自分の向いにあるソファに座らせると、すぐに本題に入った。
スイスの時計学校について。その学校へ紹介してもらう人物の事。トオルにも読めるように、日本語に訳したシールが貼られた、学校のパンプレットも広げられた。