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機械仕掛けの光の先へ  作者: 真栄田エイラ
13/19

第5話・2

 先に来ていたユウマは、『本日発売』と書かれた棚に並んでいる雑誌を手に取り、パラパラっとページをめくっていた。

 トオルがやって来たのに気付くと、ユウマは自分が読んでいた雑誌の表紙を見せた。

「トオル。今月号はロレックス特集みたいだ」

「そうなんだ。ロレックスって、やっぱ人気なんだな。オレが前買ったヤツにも巻頭から特集だった」

 ランドセルは背負ってないけど、どこからみても学校帰りの小学生。そんな二人が、サラリーマン軍団の占拠するコーナーの中心にいるのだから、おかしな光景だ。それも、二人してロレックスがどうとかなんて、小生意気に高級時計の話で盛り上がっているのだ。

 サラリーマン軍団からの視線が鬱陶しかったし、長居が出来る場所でもなかった為、二人はめぼしい雑誌を見つけると会計を済ませ、早々に場所を変える事にしていた。

 場所は、その時によって屋内になったりもしたが、寒かったり雨が降ったりしていない限りは、適当に座れる所を探すという感じだった。もう冬は終わり、暖かくなってきていたので、この日は近くにあった公園のベンチに決まった。

ベンチに腰をおろすと、さっそく情報交換や意見交換。二人の勉強会が始まった。

「僕、デザイン的にはブルガリとかカルティエ。フランク・ミュラーが好きだな。あと、アラン・シルベスタインもいいね」

「ブルガリ?ああ、知ってる。よく雑誌に写真いっぱい載ってるよな。オマエ、そういうの好きだよな。なんていうか、うちのオカンとか姉貴が喜びそうなブランド。長年、女モンのファッッション業界にいるとそうなのか?オレは、やっぱトゥールビヨン。それ以外は、どれって事は無いけど、このクロノグラフっていうのはいいな。とにかく、ゴツイのがいい。そして、スイス製なっ!」

 トオルは、未だに二言目には『トゥールビヨン』に『スイス製』だった。

 それには、ユウマもいい加減聞き飽きたのか、「ハァ」とため息を漏らした。

「相変わらずトオルはスイス製にこだわるねー。まあ、スイスは時計の国だからね。それより、カルティエもブルガリも、どっちもレディースだけのブランドじゃないよ。あと、クロノもあるんだよ」

「マジで?レディースもんだと思って、いっつもとばしちゃってたわ」

 興味無いと思ったものは、全く見もしない。

そんなトオルにユウマは、呆れた様子で更に深いため息をついた。

「何やってんだよ。じゃあ、GMTがあるのも知らなかったのか?」

「ハ?GMTって何だっけ?」

 今更、そんな事を訊くのかと言いたそうに、ユウマは一瞬、怪訝な表情を見せた。

「グリニッジ・ミーン・タイム。同時に数ヶ所の時刻がひと目でわかるヤツ」

 語尾を強めにして、「常識だよ?」とでも言いたそうなユウマ。そんな呆れ顔のユウマを見て、トオルは「だって興味ねぇし」と思いながらも仕方なく記憶辿り、やっと思い出した。

「ああ、ケースの上にメモリが付いてて、回転するヤツね。『ベゼル』だっけ?」

「そう。僕がこの前買った雑誌にも特集組まれていたよ。さっき、トオルが買ったのにも載ってるんじゃないかな?」

「マジで?オレ、巻頭とかって後で見るから」

 そう自分で言うとおり、トオルの膝の上に乗せられている雑誌は、さっき読み始めたばかりなのに、開かれているページはもう中の方になっていた。トオルの中では、時計雑誌の巻頭は大抵ロレックスだから、読むのは後回しとなっていたのだ。その理由は一つ、トオルの拘りは『トゥールビヨン』だから。

そんなトオルの行動は、一番初めに衝撃を受けたブレゲに、とても強い憧れを抱いているからなのだ。

トオルは、雑誌を手に取ると手早く巻頭ページをめくって探した。

「ホントだー。GMTって流行ってるのかな?」

 トオルは、そう独り言のように言いながら雑誌の記事を読み始めた。特集は、見開きとその裏のページに渡って組まれていて、読み進めながらページをめくっていった。

 その時、隣のページにユウマがお気に入りにしている時計の写真があり、それがパッと目に入った。

「あ、アラン・シルベスタインだ。オレもアラン・シルベスタインはカッコイイと思うよ。前に雑誌で見たんだけど、トゥールビヨンもアラン・シルベスタインが作ると、また違った感じになるのな。やっぱ、高級なんだけど、かしこまってないっていうの?別にスーツとかじゃなくても全然オッケーみたいなの。そういうのって、なんかカッコイイよな」

 GMTから、やや脱線ぎみな話題をふるトオル。しかし、こんな感じだからこそ、いつも話題が尽きないのだ。

「トオル。アラン・シルベスタインって、元はインテリアデザイナーだったって知ってた?」

「え?そうなの?知らんかった。スゲェな。やっぱり、デザイナーやってると、それが他のモノになっても活きてくるのかな」

 トオルはそこまで言うと、チラッ視線をユウマの横顔に向けた。ユウマは、トオルの視線に気付かず、一緒に買った、もう一冊の雑誌に目を落としていた。写真や文字を追うその瞳には、時計に強い憧れをもっている事は明らかで、それはトオルにもハッキリ見えた。

 トオルは一呼吸おくと、静かに口を開いた。「オマエも、デザイナーだから時計師にはなれないとか無しにしてみたら?だって、やっぱ今でもなりたいんだろ?」

 トオルは、ユウマから時計師を諦めた理由を前に聞かされていた。その上でユウマは、時計師にならなくても、時計が好きだから色々勉強したいと言っていた。

トオルは、デザイナーとしてセンスも良くて、おそらく手先も器用だろうし、自分よりもずっと勉強熱心なユウマが、ただの趣味で終わるのは勿体無いと思っていた。でも、ユウマが自分で決めた事と、口には出さなかった。

だが、今日はあえて言った。

自分達はまだ小学生。デザイナーになるにも、時計師を目指すにも、まだ時間はたっぷりある。トオルは、ユウマもゆっくりと考えて、いい方法を見つけて欲しいと思っていたのだ。

その時、ユウマのページをめくる手が止まった。一瞬にして、二人の周り空気がいたたまれないような、気まずい雰囲気に変わった。

トオルはドクンドクンと音を立てている、自分の鼓動がやけに大きく聞こえていた。

沈黙の後、ユウマは下を向いたまま、かすれるような小さな声で

「…うん」

 と、だけ答えた。

長めの横髪が遮るようにユウマの頬にかかり、表情を隠していた。

 トオルは、ユウマが今、何を考えているのか痛いくらいに伝わってきていた。でも、思い悩むユウマの背中を押してやる気持ちで、わざと明るく振舞った。

「じゃあ、思い切って母さんに言ってみろよ!案外、喜んでくれるかもよ?」

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