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その15

 冬薔薇聖堂の祭壇前に呼び出された臆病な神官は、カメのように首をすくめて自分を取り囲む高位神官を見た。

 男を呼びだした最高位大神官は簾の下りた祭壇の中にいる。下位神官と直に話をする事はない。

 そして最高位大神官の側近が、派手な装飾の施された魔鏡を臆病な神官に手渡した。


「貴様は意気地がなく神官としてマトモに務めを果たせないが、魔力だけは優れている。

 この大役を最高位大神官さまに任されたことを喜ぶのだぞ」

「えっ、私は一体、どんな、こ、事をさせられるのですか」


 その鏡を受け取った途端、臆病な神官の腕はガタガタと震え、血の気が引き顔面蒼白になる。


「なんですか、この鏡の先に、とんでもない魔力を持つバケモノがいる。

 この気配は、ち、茶色い髪の悪い魔女だぁ!!」


 しかし男が怯える様を、周囲の神官たちは面白そうに眺めている。

 他の者は神官でありながら魔力を感知出来ない。だから臆病な神官が感じ取った魔力の危険性を訴えても、その警告を過小評価してしまう。

 そして簾の向こう側から、穏やかな口調ながら高圧的な気配を漂わせた最高位大神官の声がした。


「災いを振りまく【茶色い髪の悪い魔女】を、冬薔薇塔に幽閉して二日が経ちました。

 あの不気味な魔女が塔の中で泣き叫び悔い改めている様を、信者たちに見せる必要があります。

 そして魔女を捕らえた私こそ、ルーファス王子の師にふさわしいと認めさせるのです」


 臆病な神官は茶色い髪の魔女への恐怖心より、最高位大神官への服従心の方が勝った。

 最高位大神官に言われるがままに、鏡に魔力をそそぎ込み冬薔薇塔の囚われた魔女の姿を映し出す。





 雑木林の中にある高い塔は、太い大きなトゲのある冬薔薇のツタで覆われている。

 それがわずか一日で冬薔薇の花は満開に咲き誇り、花から立ちのぼる鮮やかな薫りは近郊の街まで漂った。

 塔の前には、冬薔薇の御利益の噂を聞きつけて多くの人々が押し掛ける。


「この冬薔薇は魔力を与えられて咲くそうよ。

 だから魔力という養分を吸った花でお守りを作れば、ほとんどの願い事が叶うらしいわ」

「そういえばうちの婆さんが言ってたな。

 始祖の大魔女さまが冬薔薇塔に住んでいた時も、冬薔薇の花が咲いたって。もしかして塔の中に、誰かが住んでいるのか?」


  

 そういって男は薔薇の花の咲き誇る塔を見上げたが、中に入る扉も窓も見あたらない。

 猫がやっと通れるほどの煉瓦二個分の小窓があるだけで、その小窓の前に恋愛成就したカップルが果物を供えていた。

 そんな恋人たちのデートスポット状態になった冬薔薇塔に、荒々しい怒声をあげながら武装神官たちが乗り込んでくる。


「貴様等、こんな不気味な場所に集まって何をしている!!

 聖堂には、王都から最高位大神官さまがいらしているんだ。信者としての務めを果たせ。

 こんな場所に供物を捧げるな」


 咲き誇るバラの花を眺めながら良い感じになっていたカップルの邪魔をするように現れた神官に、周囲から不満の声が挙がる。


「あの最高位大神官さまに供物をしたって金や宝物しか受け取らない。花や食べ物は捨てられるぜ」

「冬薔薇塔は昔からこの場所に建っているのよ。

 どうして王都の神官に、とやかく言われなくちゃならないの」


 普段なら神官たちを恐れて口答えしない人々も、恋路を邪魔されて思わずヤジを飛ばす。

 怒る信者たちにかまわず、武装神官が小窓の前に置かれた供え物を蹴り飛ばすと、そこに金の呪文が刻まれた大きな姿見を置いた。


「最高位大神官さまが、ルーファス王子を呪いから救うために【茶色い髪の悪い魔女】を冬薔薇塔に閉じこめた。

 この鏡に映し出される、醜い魔女の姿を見るがいい。

 薄汚い服を着た背中にコブのある女が、塔の中で惨めに泣き叫んでいるぞ」


 神官がそう告げると、塔の前に置いた姿見に何かが映し出された。

 人々がのぞき込んだ魔鏡の中には……。




 光に満たされた白い部屋の中で、柔らかなベッドの上で気持ちよさそうに眠る娘が居た。

 波打つ美しい茶色い髪がベッドの上に広がり、ふっくらとした頬は明るい薄ピンクで、形の良い可愛い鼻にふっくらとした唇。そして閉じた瞼を縁取る長いまつげ。

 細かいフリルが重なった光沢のある純白の絹のドレスを着て横たわる、まるで精巧に作られた少女人形のように幼い雰囲気の娘だ。

 白い部屋で眠る娘の上に、真紅の花びらがハラハラと舞い落ちる様は息を呑むほど美しい。まるで一枚の絵画のようだった。




「えっ、まさかこの可愛らしい女の子が、薄汚い【茶色い髪の悪い魔女】?」

「確かに茶色い髪をしているけど、あんなに細い手足では凶暴な魔物を使役出来ないだろう」

「そういえば最高位大神官は、美しい娘を修道女として集めて王都の貴族の玩具にしているらしいが、この娘もそうじゃないのか?」


 魔鏡をのぞき込んだ人々の口から、次々と疑惑の声が挙がる。


「この女は確かに【茶色い髪の悪い魔女】だ。

 薄汚い黒い服を着て背中にコブ(実はリュック)があり、黒いクチバシ(実は防塵マスク)をしたバケモノだった」

「ルーファス王子をたぶらかす悪い魔女って聞かされていたけど、こんなに可愛い魔女なら王子さまが気に入っても仕方ないよな」

「この娘は茶色い髪ってだけで最高位大神官に騙されて、塔の中に閉じこめられたんじゃないの」


 鏡に映された愛らしいビスクドールのような娘が、実は最高位大神官を頭突き攻撃でひれ伏せさせ、魔獣をバールで殴って調教するガテン系乙女だと誰も思わない。

 そしてカナの着ている寝間着は、エレーナ姫お手製の少女趣味炸裂したフリルだらけの服で、小柄な彼女を更に幼く見せた。

 神官は信者たちに詰め寄られ、苦し紛れに放った一言が人々の怒りに油を注ぐ結果となる。


「この冬薔薇塔に幽閉されたら、ひと月のあいだ外に出ることは出来ない」

「なんだって、塔の中にひと月も娘を閉じこめるなんて、恐怖で気が狂っちまうぞ。

 早く助けろよ、この人でなし!!」

 

 とうとう一人の男が武装神官に飛びかかり、続いて恋愛成就した男も仲間に加わる。神官と信者たちの大乱闘が始まった。

 蒼臣国のすべての聖堂に魔鏡が設置されていて、茶色い髪の魔女の寝姿を多くの信者が見ることになる。

 醜い不気味な【茶色い髪の悪い魔女】と教えられていたが、可憐な乙女の姿に人々は困惑し、神官に対して疑惑が渦巻き始める。





 冬薔薇聖堂の祭壇から慌てて駆け下りてきた最高位大神官は、臆病な神官から手鏡を取り上げると、怒りにまかせ床に投げて叩き割る。


「うぐぐっ、この姿に騙されるな。

 彼方アチラの世界の女は、魔法など使わずに恐ろしい化粧技術で別人に化けるのだ。

 連中は純情な淑女のふりをしていても、腹の中では男を利用することしか考えない悪い魔女だ!!」


 



 湖畔の桜離宮の応接室で、魔鏡に映し出されたカナの寝姿を見たエレーナ姫は満足げにつぶやいた。


「良かった、私の縫った寝間着はカナさまの体型にピッタリね。

 光沢のある白い布は、柔らかい茶色い髪によく似合います」

「魔女のカナさまは、何も知らずに眠り続けているのですね。しかし目覚めれば自分の置かれた状況に驚き、そして辛い思いをするでしょう」


 カナが囚われたことに責任を感じて沈んだ声の侍女長に、エレーナ姫は顔を寄せて瞳の中をのぞき込みながら呟いた。


「カナさまのお世話を、もう一度ハビィに頼みたいの。

 冬薔薇塔の中に入れる人間は、魔女の弟子だけ。でも妖精族の使い魔なら、あの塔の中に入ることが出来るわ」

 

 姫の言葉に隊長のウィリスは首を傾げたが、それを聞いた侍女長はゆっくりと頷いた。



 ***



 床に転がった腕時計が【6:45】を示し、目覚ましのアラームが部屋に響きわたる。

 ふわふわの毛布にくるまっていたカナは、眠気まなこを擦りながら体をベッドから起こした。

 両手を広げて大きく伸びをして、ふと部屋の中を見回したカナは違和感を覚える。

 部屋の天井から吊されているのは電灯ではなく、アンティークなオイルランプだった。

 

「えっと、ここは夏別荘の大叔母さんのお部屋?

 そうじゃない、昨日金ピカ衣装を着た最高位オジちゃんの後をついて扉の中に入って、何故か大叔母さんの部屋にたどり付いたのよ」


 この部屋に入った時、カナは強烈な睡魔に襲われ意識朦朧とした状態だった。

 白を基調にした家具や調度品は夏別荘にあるものと同じで、ベッドにかけられたパッチワークカバーも大叔母さんのお手製に違いないが、家具の位置や飾られた絵が夏別荘のモノとは違う。

 カナはベッドから降りて入口の扉を探そうとしたが、この部屋にドアも窓もなかった。


「おかしいなぁ、確かに夏別荘と同じ玄関ドアだったのに、入口が消えて壁の煉瓦がむき出しに……。

 あれ、夏別荘は木造建築だから、壁に煉瓦は使われていないよ」


 入口の扉があった場所は赤煉瓦の壁になって、アイアン製の螺旋階段が設置されている。

 きっと上に入口があるだろうと、カナは螺旋階段をのぼる。

 しかし階段を上がった先は、床に瓦礫が散らばり壁を不気味なツタが這った、まるで朽ち果てた廃墟のような空間だった。


「えっ、ココはドコ。夏別荘じゃない別の場所だわ。

 上の部屋にも出口はない。まさかこんなのって嘘よ!!」


 二階は浴室になっており、部屋の中央に大理石で作られた大きな浴槽があり、中は半分瓦礫で埋まっていた。

 浴槽のふちには大きな口を開けた獅子の彫刻があり、開いた口からチョロチョロと水が流れ出ている。

 夏別荘室内は靴履きで無意識のうちにブーツを履いていたおかげで、うっかり瓦礫を踏んで怪我をする心配はない。

 階段の細い手すりを握るカナの手が震える。

 螺旋階段は更に上まで伸びていて、きっと上の階に出口があるはずだと、カナは自分に言い聞かせながら先へ進んだ。



 ここは円柱形の建物で、自分はその中にいるのだ。

 むき出しの煉瓦の壁が見上げるほど高くそびえ、外に出られるような窓は一つもない。

 それどころか、通気口のような小窓も壁に生い茂るツタで塞がれていた。

 最上階の部屋は食堂兼応接室のようで、倒れた本棚の中身が床に散乱し、部屋の中央に置かれたテーブルには埃が積もり割れた食器が転がる。

 壁伝いに建物の屋上まで伸びる階段は、途中から足場が落ちている。

 探していた出入口はとうとう見つからず、朽ち果てた廃墟の中にひとり立ち尽くしていたカナは、一つ大きく息を吸うと、うっとりとした声で呟いた。


「なんて、なんて素敵なの。

 微妙に色の違う煉瓦を丁寧に積み上げて、壁の色がグラデーションに変化している。

 ニホンでは耐震基準に引っかかって、煉瓦で背の高い建造物は作れないのよ。

 それに上まで伸びる螺旋階段と、天井から吊り下げられた沢山のランプがとても幻想的」


 カナは弾む足取りで壁伝いの螺旋階段を登り、足元が崩れて行き止まりの場所から見下ろすと、再び歓喜の声をあげた。


「きゃあ、凄くキレイ。上から見るとよく分かるわ。

 この部屋の床には綺麗なモザイクタイルが敷き詰められていて、黄色いたてがみのライオンが一枚の絵のように描かれている」


 カナは狭い塔の中を大喜びではしゃぎ回り、そして天井の高窓を見上げる。

 いくら単純でお気楽なカナでも、この事態を理解していた。

 どうやら自分は金ピカ衣装男の罠にはまり、この建物の中に閉じこめられたらしい。

 ルーファス王子は連中から無事逃げ切って、エレーナ姫の元へ戻ることが出来たのだろうか?

 アシュやニールが付いているから、心配しなくてもきっと大丈夫だ。


「派手で悪趣味なハリボテ聖堂と違って、この建物は丁寧に積み上げられた赤煉瓦にお洒落な螺旋階段、床や天井も一級品の素材を使っている。

 それに床に転がって埃をカブった椅子やテーブルも、元は美しい高級家具だったはず。

 きっと大叔母さんは、この建物に住んでいたのね」


 さて、自分はこれから何をしよう。

 腕組みをして少し考え込んだカナは、顔を上げると部屋の隅に転がっていた水瓶を拾った。


「まず二階のバスルームから綺麗な水を確保して、部屋に戻って一服して、それから建物の年末大掃除とリフォームを始めよう」



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