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その13

 最高位大神官は罠を張り、街道でルーファス王子を待ちかまえていた。

 しかし【茶色い髪の悪い魔女】が二頭の魔獣を呼び出し神官たちを襲わせ、その隙に王子は逃げ出す事に成功する。


「【茶色い髪の悪い魔女】や魔獣を恐れて騒ぎだすとは、役に立たない者たちですね。

 最高位大神官である私に逆らう連中には、罰を与えます!!」


 興奮して怒鳴り散らす最高位大神官の額に青筋が浮かび上がる。そして怪しい身振りでクジャク羽が扇のように広がった派手な呪杖を激しく振り始めた。


「どうか怒りをお納め下さい、最高位大神官さま。

 その術を使っては敵だけでなく神官にも犠牲が、う、ううっーー」


 最高位大神官が呪杖を振り呪文を唱えると、側にいた神官が突然うずくまり倒れた。

 すると道の真ん中で武装神官と争っていた巨漢のウィリス隊長も、ふらふらと体をゆらし始める。

 ウィリスだけではない。武装神官やその周囲にいる神官、街道の騒ぎを聞きつけた野次馬たちも次々と酔ったようにふらついて地面に倒れた。




「なんだろう、急に目が痒くて、ふぁっ、ハクション!!

 ううっ、くしゃみが出る。確かコートのポケットにマスクが入っていたはず」


 突然のくしゃみの襲われたカナは、コートのポケットから夏別荘大掃除のホコリ対策に準備していた防塵マスク(活性炭入り)を取り出して鼻と口を覆う。

 そして顔を上げると自分の周囲を見回し、その状況に驚きの声を上げた。


「えっ、ウィリス隊長が倒れている!!

 ううん、隊長だけじゃない。側にいる神官や周囲にいる人たちもみんな倒れて、一体どうしたの」


 杖を振りながら怪しげな呪いをつぶやく最高位大神官の甲高い嗄れ声が響き、背後で控える神官たちは地面に伏せて目をつむり、両手で鼻と口を覆っている。


「ああ、最高位大神官さまが、怒りに我を忘れて力を振るわれている!!」


 その場で立っているのは、カナと派手なクジャク杖を振る男しかいない。

 カナが目を凝らすと、最高位大神官の持つクジャク杖の先から赤黒い粉が吹きだしている。

 これは魔法や呪いではなく、毒粉をばらまいているのだ。


「隊長や神官だけじゃない、通行人や周囲の人たちも巻き込んで、これじゃ無差別テロよ。

 どうしよう、ワタシはか弱い女子だけど、でもあのオジちゃんを止めなくちゃっ!!」


 甲高い笑い声をあげながら激しくクジャク杖を振る最高位大神官は、自分自身も毒に酔い、おかげでカナの存在を忘れているらしい。

 カナは地面に伏せると倒れたふりをして匍匐前進でゆっくりと男に近づく。

 そして完全に背後に回ったところで跳ね起きて、力一杯タックルした。


「ハハハッ、私に逆らう愚か者たちは地にひれ伏すがよい。天罰を与えて、ウワァ何をするっ」


 とにかくこの男を倒してしまおう。

 カナは最高位大神官の服の裾を踏んづけ、腰を落として両足をひとまとめに捕らえた。

 そしてDIY作業で重たい丸太棒を移動させるように、しっかりと捕えた足を決して離さず、男のバランスを崩して引き倒した。


 突然絨毯の上にうつ伏せに倒れた最高位大神官は、したたか鼻を打ち付けた痛みで酩酊状態から我に返る。

 背中にのしかかるモノを払いのけようと後ろをふりかえると、そこには茶色い髪に大きな暗黒の闇を宿す黒い瞳、そして黒いクチバシ(防塵マスク)をした【茶色い髪の悪い魔女】がいた。


「この【茶色い髪の悪い魔女】め。よくも私に危害を加えましたね。

 ゴツン 貴様何を、ゴツン ひいっ痛い痛いっ」


 最高位大神官は口を開いた瞬間、後頭部に重たい衝撃が走り脳裏に火花が飛び散る。

 倒れた自分の背中に馬乗りになった娘が、茶色い髪を振り乱しながら勢いよく頭を振り下ろした。


「最高位オジちゃん、今すぐ毒の粉を撒くのを ゴズッ やめなさい。 

 さもないと ゴツン 後頭部に頭突き十連発 ゴッゴボッ お見舞いするわよぉ!!」


 体は小さいけど活発で負けん気の強いカナの必殺技は、固い頭蓋骨から繰り出す頭突きだった。





 床に大の字に寝転がった巨漢の男は、何度かモニョモニョと寝言を言っていた。

 そしてガタゴトと揺れる馬車の振動に気がついて、ウィリス隊長はむっくりと体を起こす。


「おや、どうして俺は馬車の中で寝ているんだ?

 さっきまで神官連中と戦って……カナさま、その怪我はどうしたのですか!!」


 目を覚ましたウィリスが見たのは、長椅子の上で侍女長に膝枕され、赤く腫れた額の怪我に布を当てている魔女カナだった。


「カナさま、その額の怪我は神官連中にやられたのですか!!

 俺が最高位大神官の術で眠らされている間に、連中はか弱いカナさまに暴力を振るったんだな。

 すみませんカナさま。俺は貴女をお守りできなかった」

「大声で騒ぐのはやめなさい、ウィリス隊長。カナさまの傷に障ります。

 か弱いカナさまは傷つきながらも、最高位大神官と直接交渉をしたのです。

 最高位大神官も、最後には頭を下げてきました。

 カナさまは始祖の大魔女さまの後継者として、これから最高位大神官と冬薔薇聖堂で会談を行います」


 そう答えた侍女長の声は震え、目元にはうっすらと涙を浮かべていた。

 自分が寝ている間に魔女カナはどんな非道い目に逢わされたのだろう。ウィリス隊長は己のふがいなさを心底恨んだ。


 実は侍女長はこみあげる笑いを堪えて、涙目になっていたのだ。

 カナが頭突きという直接交渉で、文字通り最高位大神官に頭を下げさせた。

 頭突き連続五発を食らったトコロで悲鳴を上げて助けを求める男の姿を思い出すと、何度も笑いがこみあげてくる。

 優しく額をなでる侍女長の手にうっとりと目を閉じていたカナは、三日目にしてやっと微かな眠気を感じた。


「イタタっ、久々に頭突きをしたから額にコブが出来たよ。

 それにマスクをしていたけど少し眠り粉を吸ったみたい。

 ふわぁ、さっさと面倒な用事を片づけて、王子を安心させてあげよう」



 その面倒な用事が終わるどころか、自分にとんでもない災いが降りかかる事になると、その時カナはまったく予想していなかった。



 ***



 蒼臣国の都から馬車で一日の場所に、始祖の大魔女が住んでいた冬薔薇聖堂がある。

 冬薔薇聖堂から妖精森に住まいを移した大魔女は、時折森を出てこの聖堂で修行したという。

 その冬薔薇聖堂の正面には、今年新たに建造された巨大な女神像が祭られていた。


「この大仏サイズの派手派手な女神像って、街道の聖堂で見た黒髪の女神さまとは別人だし、胸を盛りすぎてバランスが悪いわ」


 思わずカナが呆れ声で呟いたのは、真下から女神像を見上げると、胸が邪魔で肝心の顔が見えないからだ。

 この女神さまは肌の露出が多く、特に胸元はポロリしそうで目のやり場に困る。

 エレーナ姫付きの侍女長は、派手な顔立ちの女神像を鼻で笑った。


「カナさま、この女神像は最高位大神官の養女で現覇王の正妃がモデルです。

 最高位大神官の娘と言っても、諸国から修道女という名目で美女を集めて覇王のお気に入りを養女にしたのです。

 この女は覇王族も妖精族の血も流れず、もちろん魔力など持っていません」


 カナの右手人差し指には、友人ミドリ手作りのイニシャル入りの太いシルバーリングがはめられていて、女神像に直接像に手で触れながらリングでコツコツと表面を叩いた。

 DIY趣味のカナは建築物に使われる素材を確かめるのが大好きで、人目に付かないようにリングで叩いて材質を調べるのだ。


「この女神像って石で作られているように見えるけど、叩くとポコポコ音がする。

 中身は空洞のハリボテで、表面に漆喰のようなモノを塗りたくって、なんちゃって女神像をつくったんだわ」


 一見すると固い宝玉を掘って作ったように見える女神像だが、リングで叩くと軽い音しかしない。芯が入ってないのだ。

 しかも女神像の見栄えばかり気にしてウエスト部分が細く、胸と頭の髪飾りが異様に大きい。


「胸と頭の飾りは、かなり重量があるみたい。

 屋外で風雨にさらされて劣化も始まっているし、所々つなぎ目に隙間ができて基礎部分がひび割れている。これは欠陥建造物だわ」


 女神像を見上げながら腕を組んで考え込むカナに、猫背の神官が声をかけてきた。


「お待たせ、ししました妖精森の魔女さま。

 最高位大神官さまが、ひぃっ、中ででお待ちです」





 カナたちは濡れ猫のように震える神官に連れられて冬薔薇聖堂に入ろうとした背後から、大声で人々を威嚇する別の神官の声が聞こえる。


「これからは黒髪の女神ではなく、覇王の正妃さまを女神として讃えるのだ。

 それに大聖堂の最高位大神官様への忠誠も忘れるな」

「聖堂への寄付は金貨だけと言ったはずだ。寄付の出来ない者は赤絨毯の中に入るんじゃない。

 道ばたに生えた花なんか持ってくるな、さっさと捨てろ」


 神官は綺麗な花束を持った老婆を怒鳴りつけると、花束を取り上げて目の前で捨てる。

 それを見たカナの眉間にしわが寄り、前を歩く猫背の神官が「ひぃいいーー」と掠れた悲鳴を上げた。


 猫背の神官の目には後ろを歩く茶色い髪の娘が、膨大な魔力が凝縮して人型に変化したバケモノに見える。

 これに比べれば地獄の魔犬が小犬に見えるほど、【茶色い髪の悪い魔女】は恐ろしい。

 男は魔力を視る能力が強すぎて、家に閉じこもりおびえて暮らしていた。

 しかしその能力を最高位大神官が利用しようと、無理矢理神官にさせられたのだ。

 猫背の神官は、大魔女の後継者であるカナの気配に完全に怯えマトモに話せない状態だ。


「ここか、から先は妖精森の魔女しか、は、入れません。

 中には最高位、だ、大神官さまがひとりで、待ていますっ」

「分かったわ、ワタシ一人で行きます。

 最高位オジちゃんに、王子を連れて行くのを諦めさせるように説得してくる」

「しかしカナさま、お一人であの男に会うなんて危険すぎます!!」


 聖堂の中にカナ一人しか入れないと聞いた侍女長は、抗議の声を上げる。


「大丈夫よハビィさん。なんだか神官たちはワタシを見て怯えている様子だし、もしもの時は大声で助けを呼ぶから」



 ***



 冬薔薇聖堂の中に通されたカナは、祭壇の前で顔に笑みを張り付かせた最高位大神官を見た。

 聖堂の中は女神と天使が戯れるレリーフに七色に光る宝玉が壁を彩っていたが、女神像と同じ素材が使われているので、ここも見せかけのハリボテ部屋だとカナは判断する。

 しかし最高位大神官はキョロキョロと中を見回すカナの様子に、辺境の田舎娘が聖堂の豪華さに気圧されていると思いこんでいた。


「妖精森の魔女、ようこそ黒薔薇聖堂へ。

 以前はみすぼらしい貧相な聖堂でしたが、新たな女神像を迎えるにあたり大規模修繕したのです。

 この聖堂内部も、表に祭られていた女神像同様、王都の優れた職人たちに作らせました。

 どうです、素晴らしいでしょう」

「うん、キレイキレイ。最高位オジちゃんの話はこれで終わり?

 ワタシの話し合いの内容はただひとつ、ルーファス王子はオジちゃんの弟子にはならないと言う事よ」


 カナは最高位大神官の話に生返事して、さっさと本題を切り出す。

 最高位神官は眉を寄せて不機嫌な表情になったが、カナが睨み返すと頭の後ろを何度か擦り、そして祭壇を指さした。


「私は妖精森の魔女と話し合う前に、ひとつ確認したいことがあります」


 そういうと、最高位大神官は祭壇に置かれた小箱の中から、破れた紙切れを取り出す。

 カナの目の前で破れた破片をパズルのように並べると、それは一枚の書類に変化した。


「あれ、これは大叔母さんからエアメールで送ってきた、私がサインした書類と同じね。

 文字は読めないけど、何度も見ているから間違えないわ。

 この破れた書類にサインしているのは誰?」


 破られた書類に書かれた大叔母さんのサインの下には別の人物の名前があり、そして乱暴に赤いペンで塗りつぶされている。

 同じ書類だと告げたカナの言葉に、最高位大神官の瞳には暗い嫉妬の炎が宿る。

 

「コレは以前、私が始祖の大魔女と契約を交わした書類です。

 しかし私は最高位大神官という己の役割があり、大魔女のお手伝いが出来なくなったので契約を解除しました。

 大魔女後継者の役目は妖精森の管理、そしてこの冬薔薇聖堂の管理も任されます」


 最高位大神官の話に、カナは首を傾げた。

 てっきりルーファス王子を自分の弟子にすると言い出すと思ったのに、何故か大叔母さんの話ばかりしている。

 そしてさっきからカナの瞼はとても重たく、足元がふらついて、今すぐ横になりたいくらい眠い。


「ところで、新たな女神像を迎えるにあたり大規模修繕した冬薔薇聖堂は……。

 素晴らしいでしょう、王都の優れた職人たちに作らせて……」


 最高位大神官は長々と同じ話を繰り返し、猛烈な睡魔に襲われているカナは話の半分しか頭に入らない。

 カナの大きな黒い瞳に宿る光が鈍くなる様子を見て、最高位大神官はほくそ笑む。


「ここ数年、始祖の大魔女はこちらの世界へお出でにならないので、管理されずに放置された場所があるのです。

 大魔女の住まいである冬薔薇塔へ、後継者の【茶色い髪の魔女】を案内しましょう」

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