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その10

 東から西へ真っ直ぐ伸びた街道の向こう側に日が沈み、空には明るい月がのぼる。

 白馬に乗った赤毛の女騎士が薄暗くなった街道を駆けて、街の広場に飛び込んできた。

 そして白馬に続いて後方から来る集団に、街の人々は驚きの声を上げる。


「おい、アレはなんだ。白馬の後ろから来る兵隊たちが乗っているのは、馬じゃないぞ」

「お前知らないのか、あれは国王軍機動部隊の魔導車輪だ。

 人間が足で車輪を動かして、ゼンマイ式馬車と同じぐらい速く走るそうだ」


 街の入口から現れたのは白い自転車に乗っているルーファス王子で、月明かりの汗ばんだ白銀の髪がキラキラと輝く。

 ニールは王子と並走しながら走り、五台の黒いマウンテンバイクに乗った兵士は、広場に到着するとすぐに周囲を警護している。


「きゃあっ、先頭の白い魔導車輪に乗っているには、とても綺麗な男の子よ」

「あの方は妖精族祖先がえりの魔力を持つ、白銀の王子ルーファスさまよ。

 お噂は本当なのね。まるで月の化身のように、美しい姿をしていらっしゃるわ」


 街の娘たちが黄色い声をあげて騒ぐのを聞きながら、カナはルーファス王子に駆け寄る。

 辺境の村から街まで走り切ったルーファス王子は、カナの顔を見て気が抜けたのか、その場で自転車を倒して地面にへたりこんだ。


「はぁはぁ、やっと着いた。

 見てよオヤカタ、僕は異界の守護聖獣ジテンシャを使役できた。

 この守護聖獣ジテンシャは素晴らしい。山道も飛ぶように駆け上がるし、長い距離もほとんど休みなしで走り続けられる」

「頑張ったわね王子、さすがワタシの弟子。

 お昼から夕方まで、馬車と同じ距離を自転車で走り切ったのよ。

 それにニール君も、王子に付き合ってくれてありがとう。お疲れさまでした」


 カナは荒い息の王子に水を差しだし、汗を拭いて介抱する。

 ニールは少し息を切らしているが平然とした表情でカナに会釈すると、他の兵士と共に王子の後ろに整列した。

 しばらくして王子の息が整うと、侍女長が着替えをさせるとルーファス王子を馬車に連れて行った。



 実はカナはさっきから、ニールや兵士たちが乗っている自転車が気になっていた。

 隊列を解いたニールの所にやってきたカナは、さっそく魔導車輪と呼ばれている自転車に食いついた。


「ねぇニールくん、その自転車って普通のマウンテンバイクと形が違うね。

 ニール君が乗っていたのは六段ギアの中古マウンテンバイクだったのに、このタイヤはゴムより弾力があって分厚いし、チェーンが二本にギアの切り替えレバーが四つもあって、歯車が沢山ついている」

「はい、カナさま。この世界で魔導車輪マウンテンバイクと同じモノを作るには、とても苦労しました。

 特に車輪の革に使用できるモノがなかなか見つからず、山脈を越えた隣国に棲む大蛇の皮で代用したのです」

「ええっ、このマウンテンバイクのタイヤって蛇革なの!!

 財布やバックや三線に使うのは知っているけど、まさかタイヤを蛇革にするなんて聞いたこと無いわ。

 うーん、マウンテンバイクまで魔改造するとは、この世界の技術ってすごい」


 カナはニールの説明を聞きながら魔改造されたマウンテンバイクをいじっていたが、とうとう堪えきれず、長いドレスの裾を結んでまくり上げると魔改造マウンテンバイクに飛び乗った。




 着替えを終えて馬車から出てきたルーファス王子は、広場の沸き上がる歓声に驚いた。

 そこには茶色い長い髪の娘がドレスの裾をひるがえしながら、広場階段の細い手すりを魔導車輪マウンテンバイクに乗って駆け上がり、塀の上を前輪を浮かせて曲芸をしているのだ。


「この魔改造マウンテンバイク、楽しすぎるっ。

 えっと、三番のレバーを手前に倒すと自動走行、四番と二番のレバーを同時に引くと後輪がバックするのね」

「国王軍機動部隊の魔導車輪を使役するには四ヶ月の訓練を必要とするのに、カナさまはたった一度乗り方を教えただけで乗りこなしてしまった。

 はやりカナさまは、とんでもない魔女だ」


 最初ニールはカナの暴走を止めようとしたが、魔改造マウンテンバイクに夢中になって自転車テクを披露するカナに、驚きの声を上げた。

 ニールの隣に並んでカナの曲芸を見るルーファス王子は、思い出したようにポツリと呟いた。


「ニール、オヤカタは魔導車輪なら車輪がひとつだけでも乗りこなせるそうだ。

 オヤカタの手に掛かれば、どんな恐ろしい魔物でも簡単に使役できる」


 カナがルーファス王子の姿を見つけ手を振ると、見物していた人々の間から歓声と手拍子が起こる。

 そんな魔女カナの姿を、聖堂前に駐輪している白い魔導車輪ジテンシャがうらやましそうに眺めていた。

 ルーファス王子は首に巻いたスカーフをほどくと、黄金の獅子の頭や体を慰めるように優しく拭いてやる。


「お前も僕と一緒だな。オヤカタがとても大好きなで自分だけを見てもらいたいのに、魔女はとても気まぐれで子供みたいに自由だ」


 散々魔改造マウンテンバイクで遊んで満足して自転車から降りたカナは、ドレスの裾が破れていることに気づいた。

 それを慌てて隠そうとしたが侍女長にバレてしまい、小一時間怒られることになる。



 *** 



 夕食は女領主の心尽くの料理が並んだ。

 その食事を終えると、長距離自転車走行で疲れたルーファス王子はすぐに寝てしまう。

 客室に案内されたカナはエレーナ姫お手製のフリルとリボンのついた乙女チックな寝巻に着替え、侍女長が整えてくれたベッドに潜り込む。

 今日は朝早くから白桃の収穫を手伝い木登りをして、午後から移動で初めて馬車に乗った。

 ニホンではない知らない場所に知らない人々、それに知らない女神さまの姿を見た。


「ココの来て一日でいろんな事があって疲れたな。明日は朝早く出発するから、しっかり休まなくちゃ」


 お姫様が眠るようなレースの天蓋付きベッドに真っ白なシーツが敷かれ、柔らかいフワフワの羽布団。

 カナは枕を抱きしめると顔をうずめ、静かに目を閉じた。


「おやすみなさい」




 部屋の中は静寂に包まれ、カナの寝息が聞こえ……。


「……」


 もぞもぞもぞ


「………」


 ごろんごろんごろん


「………おかしい、全然眠れない。

 昨日は夜更かしして一睡もしていないし身体も疲れているはずなのに、どうして眠くならないの?」


 モゾモゾとベッドに潜り込んで何度も寝返りを打ち、羊を何匹数えても全く眠気が来ない。

 カナは仕方なくベッドから抜け出すと、時間を確認するためにリュックから腕時計を取り出した。


「あれ、時間が【20:35】って日沈からだいぶ経っているのに、まだ夜の八時半なの?

 それに日付も、昨日の二十九日から替わっていない」


 カナはこの腕時計を、毎日の目覚ましに愛用している。

 昨日まで正常に動いていたのに、時計の電池が切れたのだろうか秒の刻みがとても遅い。

 カナがベッドの上に座り込んで途方に暮れていると静かに部屋の扉が開き、ランプを手にした侍女長が入ってきた。


「あらカナさま、どうしました?まだお休みにならないのですか」

「ハビィさん、ワタシ昨日から全然眠くならないの。それに大切な腕時計が故障しちゃった」


 カナがそういって侍女長に腕時計を見みせると、彼女は微笑んだ。


「カナさま、これは彼方アチラの世界の時を刻む魔導カラクリ。

 これが壊れているのではありません。異なる二つの世界は時の流れが違うのです。

 カナさまのいらした妖精森の一日は、こちらの世界の十日です」

「えっ、ワタシとハビィさんたちは時間の流れが違うの?

 それって逆浦島の民話で、妖精の世界で一年暮らして戻ってきたら一月しか経ってなかった昔話と同じ」

「はい、大魔女さまがこちらの世界で暮らしていた時は、八日間起きて二日間眠ったと聞いています。

 そうですね、カナさまの一日はこの世界の十日です」


 侍女長の話に、やっとカナは四ヶ月でルーファス王子が成長した意味が分かった。時間の流れが違うこの世界では十倍の四年も時が過ぎる。


「それじゃあワタシの腕時計はまだ夜八時半だから、夜中でも全然眠くならないのね。

 ハビィさんの話が本当なら、この世界でワタシの時間は十倍あるから、いくらでも好きな事をして遊べるわ」

「でもカナさま、お食事には気をつけてくださいね。

 一日で十日分の食事をしては、アッという間に太ってしまいますよ」


 なにげなく告げた侍女長の一言に、カナの顔色が変わる。

 そういえばカナは、この世界に来てから屋台の砂糖菓子に村長の家の御馳走、メイド長のフリーズドライ食品に甘い完熟白桃を食べていて、常に満腹状態だった。


「さっき女領主さんの夕食を御馳走になったばかりだし、ワタシ昨日から何食食べているの!!

 そういえば大叔母さんは少しぽっちゃり体型だったけど、三、四日旅行に出かけて帰ってくると急に太っていたわ。

 もしかしてあれは、この世界で食べ過ぎたのが原因かも。大叔母さんはダイエットが口癖だったし」


 この世界は日本食と中華とイタリア料理を掛け合わせたような料理で、特に侍女長は絶品美味料理を作る。

 これはヤバい、せめて食事は一日一食にしなくては、自分も大叔母さんの二の舞になってしまう。


「もう寝てなんかいられない。体を動かして、今日食事分のカロリー消費しなくちゃ!!

 でも夜中から外に出て走るなんてできないし、部屋の中で体を動かすとなるとモモクリのアイドルダンスは激しすぎるし。そうだ、アレがいいわ」

 



 その夜、女領主の館を見回りしていた召使いは、客間の廊下で茶色い髪の魔女が呪文を唱えながら、怪しげなダンスを踊っているのを盗み見た。

 召使いは好奇心から、それを踊ったら何が起こるのか確かめようと毎日魔女のダンスを続けた。

 すると不思議な事に召使いのヒドい肩こりと膝の痛みが消え、頭痛が改善され血行が良くなったという。

 

 そうして召使いから町中に広まった魔女のダンスは、ラジオ体操にとてもよく似ていた。 


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