ここは幽霊部です!
「暇なので、何か楽しいことをしましょう!」
我が部のお気楽部長、釘宮陽菜は、机に馬乗りになり、顔を目一杯近付けて、突然そんな事を言い出した。
俺は少し視線を逸らして、
「……、あの、近すぎやしないかな? 陽菜。それと机に乗んな」
そう? あとごめん、と言いながら、するすると机から下りて椅子に座る。……コイツ、ちょっとは男子に対して、恥じらいってもんを持った方が良いと思う。
「で、確かに暇なんだけど、一体何する訳?」
俺は読んでいた本(ラノベ)に栞を挿みながら、陽菜に問う。そもそも、特に活動目的の無いこの『幽霊部』で、何をするっていうんだ。机と椅子と本ぐらいしか無いこの場所で。
本を鞄に納め、俺は陽菜と向き合い、話を聞く態勢を取る。
釘宮陽菜は、その童顔に驚くほど見合う子供っぽい性格で、その上行動力だけは人一倍強く、これと決めた事は大抵実行してみせる。成功しても失敗しても、毎回「悔いはなし!」と言って笑顔で笑うのだ。
これだから、俺はいつもコイツの思い付きに付き合わされ、困らされている訳だ。
「んーとね、まだ考えてない、えへへっ」
「おい」
笑って誤魔化すんじゃねぇよ。あと舌出すな。
「トランプは?」
「二人で出来るゲームとか限られてるだろ……」
「しりとり!」
「いずれ飽きると思うぞ」
んあー暇だー、と机にだらしなく腕を投げ出し寝そべった。しょうがねえだろ、俺だって退屈なんだよ。だから本読んで暇つぶししてたのに。
すると陽菜は、不意にバッと起き上がり、こう言った。
「あっ、それじゃあハル君、メンバー勧誘に行こうよ! 今からさ!」
「今からって、もう学校に殆ど人なんていないだろ。だいたい、こんな部活に、勧誘したって入ってくれるかよ」
そう。この部活を創部したのも、陽菜なのである。その経緯はと言うと、
『高校生活を楽しむなら、やっぱり部活動だよねー。……あっ、そうだ! 私達で部活創っちゃえば良いかも! それでそれで、一度きりの青春を謳歌しようよ、ね?』
これである。まあ分からんでもない気がするが。
俺は当初(実際は今も)乗り気ではなく、何度か反対したのだが、勢いに負けて「ちょっとなら良いかもな」なんて思って、仕方なく賛成したのが始まりだった。
現在、メンバーは俺と陽菜の二人のみである。そして、この人員不足が致命的要因になりかけたのは、今にも懐かしい思い出だ。結局、同好会に落ち着いて何とかなったけれど。
「大丈夫大丈夫。きっとどうにかなるよ!」
「うわ、こんなに信用出来ない言葉を聞いたのは生まれて初めてだ」
ぐっと親指を立てて、自信ありげにそう言った陽菜。続けて、
「それに、まだ創って日が浅いんだし、そのうち来てくれる可能性は十分にあるんだから!」
「じゃ今やらなくて良くね?」
俺の指摘に対抗し、
「ちっちっちっー。そうじゃないんだよ」
と、何か不服そうに、こちらを睨む。怖くないけど。
「宣伝だよハル君。つまり今日、こういう部活があるのですという事を皆に認知させておくのだ」
えっへん、どうだ私偉いでしょといった様子で、小柄な胸を張る。
ちなみに、『ハル君』というのは言わずもがな、俺の事だ。俺の本名は松原春樹。つまり下の春樹を文字ってハル君と称しているのである。
「……、ま、断ったところで聞く耳持たねえんだろうなぁ」
「え、何? ハル君」
「何でもねえよ。仕方ねえ、付き合ってやるか」
「あっそう? よし、それじゃ、レッツ! 勧ゆ」
コンコンコン。
「――う?」
いよいよという時にタイミング悪く、ノックの音が響く。
「誰だろ、先生かな?」
「さあ?」
そんなやり取りをしているうちに、勝手にドアが開いた。
「あ、あの! ……ゆ、『幽霊部』って、ここで合ってますか?」
「「へ?」」
そこにいたのは、とある、見知らぬ少女だった。
「「(…………………………………ええええええええええええ⁉)」」
突然の事態に、ひとまず俺らはパニックになった。先生以外誰も来る事のなかったこの部室に、生徒が入ってきたのだ。しかも、部活名まで知っていた。え、何この状況。ドッキリ?
そこへ、先に我を取り戻した陽菜の呟き声が耳に届く。
「(……、ねえ、ハル君。これはもしかして、入部希望者、とか?)」
「(……かもしれないけど、え、いやしかし……)」
「あ……、えっと、間違いでしたか?」
「え? ああ! いやいや! 違わない違わない!」
とりあえず、困惑気味の頭を一度冷静にする。そうだ、この子は多分、入部希望者だ。『幽霊部』のことだって知ってるぐらいだからな。
冷やされた頭で分かる限りの情報を整理した俺は、陽菜にこう告げる。
「(陽菜、まずは様子見だ。部屋に入れて、座らせよう)」
「(う、うん! 分かった!)」
陽菜がぎこちない敬語で歓迎し、その子を部屋へと招く。俺は椅子を勧め、座らせた。よし、ナイス連携だ。
ちなみに、俺と陽菜はそれぞれ、隣り合わせでその子と対極の位置に座った。その方がアドバイスをしやすいからな。
「……えっと、それじゃあ、お名前をお聞かせ願いますでしょうか?」
「緊張し過ぎだろお前……」
普段使わない、慣れない敬語を必死に使い、陽菜はその子に訊ねる。
「あ、え、えーっと、私は菱沼唯と言います。最近、『幽霊部』なる部活が誕生したとお聞きして、それで、何となく興味が沸きまして、思い切って来てみたんですけど……」
ここに至るまでの経緯までも丁寧に教えてくれた菱沼さん。
年上だろうか。耳にかかるほどの少し茶髪がかった髪の毛を、後ろで束ねてポニーテールにしてあり、それでいて、楕円のような形をした眼鏡が彼女の印象に強い影響を与えていた。勿論悪い意味ではない。
さて、彼女の容姿の解説が終了したところで、話に戻ろう。
「あの、それで、この『幽霊部』と言うのは、俗に言う『幽霊研究部』と同じ意味として捉えて良いんでしょうか?」
その言葉を聞いた途端、俺と陽菜は顔を合わせて、頷きあった後、再度菱沼さんに向き合い、息ピッタリにこう言った。
「「違うけど」」
「へ………………………………えええええええええええええ⁉」
そう。我が部の名前は確かに『幽霊部』だが、決して『幽霊研究部』なんかではない。あくまで『幽霊部』なのである。
「……で、でも、それじゃあ、『幽霊部』って……???」
驚きと困惑で疑問符いっぱいになっているであろう、菱沼さん。この辺はもう予測済みだ。
「陽菜、説明を」
「任せて!」
そう言うと陽菜は立ち上がり、コホンとわざとらしい咳払いをしてから、俺達の共有のその情報を声高らかに説明しだした。
「幽霊。それは普通じゃ見えない幻覚のようなもの。けれど確かに存在はあるとされるもの。現実をさまよい、延々と生き続けるものもあれば、ある一つの場に執着し、その中で生き続けるものもある。そして我々は、後者の考えに着目する事にした。その後者の考えを踏まえてみると、例えば『幽霊部員』という言葉がある。それは、ある一つの場において、参加こそしないが名前だけがずっと残存しているもの。大抵どの場にも、それは一人はいるだろう。つまり! 幽霊の如く、ずっと居続ける見えない存在である! けれど、そんなのがいるのはおかしい。そう我々は思った。参加もしないのに残るのは何事か、と。そこで思い付いた。いっそその人達を連れて来て、活動を共にしようではないか! ……と、このような経緯の下、我々はこの『幽霊部』を創った訳なのである!」
「長えよ! 説明が長い! それと意味を伴ってないから全然理解されてねえよ!」
俺が思っていた説明を、しかし陽菜は遥かに凌駕しやがった。というか、むしろさらに疑問符飛び交っているんじゃないか? 俺は頭を掻いて、菱沼さんに再度説明する。
「えっと、要約すると、『幽霊部員の幽霊部員による幽霊部』みたいな感じで、まともに部活動をしないヤツらを誘って、暇つぶしをする部活です」
「ちょ、ちょっと! 短くまとめ過ぎだよ!」
「うるせぇ。お前が長過ぎたんだよ」
え、えーっと? と、まだ少し困惑気味の菱沼さん。うーん、逆効果だったか?
「つ、つまり、幽霊とは全く何の関係もなく、幽霊部員を誘って部活動を楽しむと、こういう事でしょうか?」
「あーうん。まあ大体そんな感じです」
実際、この部活の意味を、本当に本当の意味で知ってるのは、陽菜だけだろうけどな。
「ううー、私の説明が無駄になっちゃったよぅ……」
「心配すんな、最初っから期待はしてなかったから。俺は始めから補足説明加えるつもりだったから」
「むー! ハル君の馬鹿! 高一のくせに!」
「いやそれはお前も同じだろうが!」
「え、お二人は、一年生なんですか?」
「ん? そう、ですけど」
何を疑問に思ってるんだこの人は。すると、
「実は私も、一年生……なんです」
「「え⁉」」
とんでもなく驚くことを言った。う、ウッソだー。こんな大人っぽい人が同学年なんてー。え、嘘じゃない?
「良かったぁ~……。安心しました。自分だけ一学年下っていうのは、なかなかに気不味いものですから」
にっこりと、日だまりのような笑顔で菱沼さんは笑った。
「なーんだ。じゃあもう敬語使う必要ないんだね」
「お前はすぐに適応し過ぎだけどな」
あ、そうだ、と菱沼さんは思い付いたように、
「まだお二人の名前、聞いてないですね」
「あ、そうだった。えっと」
「私は釘宮陽菜! 陽菜って呼んでくれて良いよ!」
俺の言葉尻に、食い気味に話す陽菜。言わせろやテメェ。
「……で、俺は松原春樹。コイツがハル君って言ってるように、気軽に呼んでくれ」
「えっと、それじゃあ、陽菜さんと、ハル……、春樹さん、ですね」
俺の名前を呼ぶ時に、何故か少し言葉に詰まっていた。心なしか頬が赤らんでいるようにも見える。
「あ、ねえ! 菱沼さんの事は、唯ちゃんって呼んで良い?」
「ふぇ⁉ え、えとえと、あのその……」
急に狼狽えだした菱沼さん。どうしたんだろう。
「……その、それは、少し恥ずかしいです……。……あ、いえ、だ、駄目では、無いですけど……」
「お、やった! それじゃ、これから唯ちゃんだね!」
「ぅぅぅ……」
真っ赤になるほど恥ずかしがっている。なるほど、今までこういう呼ばれ方をされた事がないのだろう。その上、こういう活発な女の子と仲良くしていた様子も無さそうだな。もしくは苦手なのかもしれない、こういう女の子が。
「そ、それより! お二人は随分仲が良さそうですけど、どういうご関係ですか?」
唐突に、菱沼さんはそんな話を切り出した。何だか当初の目的とはかけ離れてきてるけど、まあ良いか。
「ふむふむ。私達がどういう関係か、か。まあ、一言で言え――いや平たく言えば、あーいや、有り体に言えば」
「良いから早く言え」
「ぐぅ。ちょっとは楽しませてよ! ……コホン、改めてまして。平たく言えば、幼馴染みだね」
「結局使わねえのかよ有り体……」
まあ、俺としちゃどっちでも良いけどよ。
「幼馴染み……何だか、とっても良いですね! それ!」
「そうか?」
「そうかな?」
殆ど息ピッタリで、同じような反応をした。「ほら、やっぱりいいですよ!」と言ってくれたが、俺はどういう事なのかよく分からなかった。
「ところで、唯ちゃんは『幽霊部』に入ってくれるの?」
「あ、えーっと…………」
入ろうかどうか、迷っているのだろうか。迷う余地がどこにあるのか知らないが。
「まあ、入ったところで殆どやる事なんてないけどな」
「そんなことないよ! 三人になるからこれでようやくトランプ出来るよ!」
「もう『幽霊部』関係なくなってんじゃねえか!」
「良いんだよ。だってそういう部活だし」
「開き直りやがった! さっきはあんなに『幽霊部』っぽい事解説してたくせに!」
「いやいや、あれこそ真の『幽霊部』の詳細なのですよ、ハル君」
「嘘付け! どうせあれだろ、ちょっと長いこと喋ってみたかっただけだろお前!」
「ぐぬぬー……! 違うもん! とても長く喋ってきたかっただけだもん!」
「殆ど同じ意味だろうが!」
「ふっ、ふふふ、あははははは! 何と言うか、本当に楽しそうですね! 陽菜さんに、春樹さん!」
と、それまで俺達の話(ちょっとした喧嘩)を聞いていた菱沼さんが、急に笑い出した。何事かと二人して少し黙っていると、
「決めました。私、この『幽霊部』に、入部します!」
満面の笑みで、菱沼さんはそう告げたのだ。
「え……」
「わーい! 唯ちゃんが入部したよハル君! やったー!」
そう言いながら、菱沼さんに抱きついた。「わあっ!」と声を上げて、びっくりしている。いや、そんな事より俺が一番驚いているのは、どうして急に入部と言いだしたのかなんだが。
俺の疑問を察したのか、菱沼さんは、
「あのですね。この、陽菜さんと春樹さんがいる空間が、何だかとっても楽しくて、二人と友達になれたらなあ、なんて思っちゃって……」
「違うよ唯ちゃん。私達はもう友達で、そしてこの部活の大事なメンバーだよ!」
「……あ、えと、ありがと……陽菜……ちゃん」
……、ったく、コイツは本当に、人の心を掴むのが上手い。本人は自覚ないんだろうけど、コイツと触れ合ったヤツは大抵、最後には笑顔が生まれる。
「さてと、新メンバーを一人得たところで、そろそろ帰宅するとしますか」
「あ、うん! そうだね!」
すると、陽菜は鞄を持たず、窓の方へと向かっていった。
「え、えっと、何か始まるんですか? 春樹さん」
「ああ、ま、毎度の展開だ」
陽菜は窓から溢れる日を浴びながら、こちらを振り向いた。そして、いつもの決め台詞を――
「我が人生に、一片の悔いなし!」
「そこは悔いろ!」
すぐに近寄り頭を叩くと同時にツッコんでやった。
「あうー、痛いよハル君……」
「ふざけるからだ。何で今日だけ死亡フラグ立った感じに言ってんだよ!」
「分かったよ、ちゃんとやるから離れてて」
はいはい、と気の抜けた返事を返して、俺の最初いた位置に戻る。陽菜もコホンと咳払いをして、仕切り直す。
「今日は色々あったけれど、とても楽しい一日になった。そしてメンバーも加わった。だから、」
と、そこで一度言葉を切って、親指を立てて、
「悔いはなし!」
今日のうちで一番、綺麗な笑顔で、そう締め括った。
どうも。鷹宮雷我です。
はい、自身初の短編作品です! あらすじにも追記したように、もしちょっとでも笑ってくれたら、嬉しいです。
それでは。