~馬鹿の行方~
「はぁ、はぁ、勝った……」
原三は息荒く呟いた。
そのすぐあと、カラーン、という音がその場に響いた。原三が刀をとり落としたのだ。
「くっ」
原三は右手を押さえた。そんな彼に隠れていた響花が出てきて声をかけた。
「どうしたの?樹大君」
「いや、問題ない。時間をおけばおさまる痛みだ」
原三は無事な左手で刀を拾いながら言った。
「そう。ところで今、樹大君は何したの? 急にあの人倒れちゃったけど」
「それは吾が技を放ったからだ」
「技?」
響花が聞き返す。
「ああ。百花流 速攻技『烈花』。刀を突き出す瞬間、同時に花びらも衝撃にかえ、斬撃にのせて敵に放つ技だ」
答えてから樹大は刀を鞘に納める。
「なるほど。じゃあ、なんで樹大君が痛がってたの?」
響花の好奇心はまだおさまらないようだ。
「うむ。それはあまりに近くで花を衝撃化してしまったために、自分の手にも負荷がかかったからだ」
「ふーん。その『烈花』って技は両刃の剣なんだね」
「そういうことだ」
原三は竹刀袋を響花から受け取り、刀を滑りいれた
「あいつ、マジであのキモ男を倒しやがった……」
川島がそう感想をもらすと響花が原三の方に走っていっていた。つられて川島も走り出す。響花は原三のところまでくると今起こったことについていくつか質問した。
原三はその質問に答えつつ、帰りの用意(多分)をしていた。
川島は二人の横におとなしく立っていた。ただ、彼らの会話については、しっかりと聞いていたりする。
百科流? 衝撃?
こいつはいったい何を言ってんだ。人間にそんな超能力者みたいなまねできんのかよ。川島は疑問を我慢仕切れず唐突に質問を投げかけた。
「なぁ、樹大。お前どうやって花びらなんか出せんだ?」
そんな彼の無邪気(?)な問いは響花と原三を凍りつかせた。
「し、しまった。この力は人に見せてはならないのであった」
「そ、そうだよ。川島君に知られちゃったよ」
「ど、どうしよう。消すか」
「け、消しちゃダメだよ」
あたふたする二人。二人とも動揺しすぎだろ。なんか俺、聞いちゃいけないこと聞いちゃったか。川島は多少悪い気がしたので
「まぁ、別に言いたくないならいいんだぜ」
と付け加えた。
それに対し、原三が覚悟を決めたのか眉間にしわを浮かべながら応じた。
「……いや、見たからには知ってもらう、この力の事を」
彼は語りだした。
百花流や気、愛刀の『神具月』、学校に来た理由、彼はいろいろなことを教えてくれた。川島はイマイチ原三が何を言っているか分からなかったが、とりあえず、
「なるほど。あの花びらは手品じゃなかったのか」
と頷いた。
すると隣で響花も
「へぇー。人生経験のために学校きてたんだ」
と唸っていた。
原三が話を続ける。
「そういうわけでこのことは人に知られてはいけないのだ。黙っていてくれるか。」
彼は川島の目をじっと見て言った。
川島はしばし逡巡していたがやがて
「わかった。黙っておいてやるよ」
と応じた。
「本当か」
「ああ」
川島は頷いた。本来なら原三の頼みなんて聞かないのだが、今回は隣に響花がいたし、そもそも断る予知などなかった。
川島はずっと原三を侍を名乗る新手のプレイボーイだと思っていた。しかし、それは違った。原三は本当に侍で、響花を守るために戦っていたのだ。そんな男の頼みを聞かないわけにはいかなかった。
とはいっても、それも今回かぎりだ。どんな事情があっても原三と響花の距離が縮まっていることにかわりはない。敵に塩を送るのもここまでだ。ふと、横から、それも近くから声がした。
「ありがとう。川島君」
見ると響花が満面の笑みで迫ってきていた。
「い、いや、こんぐらい当たり前だ」
川島は赤くなり顔をそらした。
意外と純情らしい。
「と、とにかく今日は帰ろうぜ」
川島はそう言って帰ろうとした。
その背中に響花が聞く。
「川島君、家どっち?」
川島は振り返った。少し、迷ったあと彼は自分の家とは逆すなわち響花の家のほうを指差した。
「あっ、同じ方向だ。一緒に帰る?」
響花の声はあまりにも優しかった。
川島の心が罪悪感とときめきで揺さぶられる。
それでも彼はチャンスを無駄にするものかと言葉を返した。
「あ、ああ」
その時、彼の肩に水が滴った。
再び雨が降り出したのだ。降りはだんだん増してくる。
「降ってきた。」
響花が口に出して言い、傘をさした。
川島も傘をさそうと思って気づいた。
「あっ、あいつに壊されたんだ」
向こうにその残骸が横たわっているのが見えた。
「どうしよう」
川島が呟くとまたもや響花が天使のような発言をした。
「じゃあ、一緒に入る?」
「…………」
川島はなかなか『おう』とは言えなかった。何せここでそう言えば二人は相合い傘をすることになる。このロマン、恋愛経験少なめの川島には夢のまた夢だった。それが実現できるとなって彼は今、胸がいっぱいになっていた。
しかし、彼は後悔することになる。すぐに『Yes』と言わなかったことに。
「いや、その必要はない。吾の傘を貸してやる」
原三は川島の前に番傘を差し出した。
「えっ、い、いいよ。お前が濡れるだろ」
焦りの色を浮かべる川島。
「問題ない。吾は闘いですでに濡れている」
原三が彼の顔色を伺うなど無茶だった。
「……樹大、てめぇってやつは!」
川島は大声をだした。驚く響花と原三。
「どうした、川島」
「……べ、別に。」
川島は怒りを無理に押さえ付け、差し出された傘を乱暴に受けとった。
川島は傘をゆっくりと開いた。
雨が番傘にあたり、カタカタと音をたてる。
「さて、帰ろうか。」
響花に促され、三人は歩きだした。
歩きながら川島は思い出していた。
……そう言えば俺、さっき、響花って言ったな。人間死に際だと大抵のことは言えるんだな。
……とはいえ、未だに言えない下の名前。困ったな。
……ちょっと、待て。俺は今、確実に白井と一緒に帰ってる。これは進歩だ。川島は前方を見た。雲の裂け目に青空が見える。そうだ。今、雨が降っていてもいつかは止む。だから、いつかは俺だって響花と呼べる。
そして、いずれは……恋人にだって……なれる!川島はそう信じ、ただひらすら歩き続けたのだった。