~水VS花~
原三の掛け声で腕が振り抜かれる。じめじめした空気を切り裂き川島に肉薄する拳。拳は彼にぶちあたり……はしなかった。川島は原三の出す殺気に堪えきれず、避けてしまったのだ。彼の動きは実に綺麗だった。蝶が舞うように、カンガルーがとび跳ねるように、チーターがビビった時のように、彼は教室後方に跳んだ。これが火事場の馬鹿力とやつだろう。ともかく彼は避けてしまった。だが、彼の想定外はそれだけではなかった。川島は足を後ろの席の人の鞄に引っ掛けてしまったのだ彼の体が倒れていく。彼はどうにか踏ん張ろうとしたが『火事場の馬鹿力』はそう簡単には制御できなかった。何しろ必死に避けたため、勢いが尋常じゃなかったのである。
川島はまっすぐに掃除道具いれの方にとんでいった。なすすべなく激突する川島。その時、掃除道具いれがミシッと音を立てた。川島の顔が一瞬にして青くなる。この掃除道具いれはかなりがたがきていた。原因としてはちょうど一週間前に原三が『秘技百花乱舞』という超絶危険な技を当てていたということもあったが、川島がたこの掃除道具いれはかなりがたがきていた。原因としてはちょうど一週間前に原三が『秘技百花乱舞』という超絶危険な技を当てていたということもあったが、川島がたびたびミラに殴り飛ばされてぶつかっていたというのも一因であった。そして、今、川島はそんなボロ掃除道具入れに実質タックルを仕掛けていた。やがてすべての体重が掃除道具入れにかかる。ミシッミシミシ。不吉な音は大きくなる。ミシミシミシミシクラスメートたちが息を呑んだ。限界に達しようとする掃除道具入れ。その時、耳障りなミシミシという音が止んだ。掃除道具入れはかろうじて川島の攻撃(?)に堪えていた。現状をイマイチのみこめてない原三を除く全員が安堵する。川島もホッと一息をついて立ち上がろうとした。
しかし――バキッ。彼の安堵は長くは続かなかったのであった……。
「はぁ~」
川島は深々とため息をついた。彼は一人で掃除をしていた。何せ掃除道具入れをぶっ壊したのだ。罰がないわけはなかった。くしくもその罰は彼が原三にさせようとしていた一人教室掃除だった。
「はぁ~」
川島はもう一度ため息をついた。
「くそっ。これじゃあ、白井と一緒に帰れねぇじゃねぇか」
つぶやきながら力無くほうきを動かす。教室には彼しかいなかった。一週間前の原三の一人掃除の時は見張りも兼ねて響花が掃除を手伝っていたり、美化委員の望月さんが救援に来たりしていたが、今回は本当に川島の『一人』掃除だった。考えようによっては『俺は見張りが必要なく安心できる存在なんだ。』と開き直れたが、今の川島にそんな元気はなかった。
「俺はなんて人望がないんだ」
川島は肩を落とした。『そりゃ、日頃あんだけ好き勝手やってたらしょうがないだろ』クラスの誰かがいたら、きっとそう言ってさらに彼をがっかりさせただろうが今はいないのでそれだけは避けられた。もちろん、川島にそういったことを考える余裕はなく、テンションは下がるばかりだった。そんな彼に忍び寄る影があった。別に足をたてないように歩いてるでもないのに川島はその影に気づかなかった。影がちょうど掃き掃除を終えた彼の後ろに立った。そこで、それは彼にこう叫んだ。
「おい、川島、何落ち込んでんだ!」
声に驚き、後方に跳ぶ川島。彼はその声の正体を見ると脂汗を浮かべながら
「ミ、ミラ。なんで、ここに」
と言った。
「この学校の生徒なんだからいて当たり前だろ」
ミラが手を自分の腰に当てながら呆れたように言った。「そうだけどよ。怒らしてないのにどうしてこっちの人格がいるんだってことだよ」
「……お前、勘違いしてるな。別に俺は怒った時だけに出てくるんじゃねぇぞ」
ミラが説明をする。
「そうなのか。……困ったな」
「なんか言ったか」ミラが睨みつけて来たため、川島が慌ててかえす。
「いや、じゃあ、なんで、もう終礼終わったのに教室に来るのかなと思って」
「それは……。なんだっていいだろ」ミラが顔を背けて言った。
「まぁ……そうだな。」
川島はそう頷くとほうきをバケツにほうり込んだ。そのポリバケツは掃除道具入れの代わりにと望月さんが持ってきた品だった。ほうきがうまくバケツにおさまると、川島はゆっくりと机運びにうつる。その様子を脇で見ていたミラが声をかける。
「お前、こんなことやってていいのか」
「えっ?」予想だにしない問いに聞き返す川島。
「こんなところで落ち込んでいていいのかって言ってるんだよ」ミラが語気を強める。
「何、言ってんだ、ミラ」不思議がる川島にミラは真剣な眼差しで彼を見ながらこたえた。
「考えがうまくいかなくて落ち込むのわかる。だが、お前の場合、んなこと気にするべきじゃねぇ。どんだけ人に迷惑かけても、俺や原三を怒らせてなぐられても、前に突き進む。それがお前の短所かつ長所だろ」彼女が言い終えると場がなんとも言えぬ空気につつまれた。ちょっとして川島が口を開いた。
「なぁ、ミラ、もしかして俺を元気づけようとしてんのか」
「いや、断じて違う」
ミラは即答した。
「違うのかよ。じゃあ、なんで」
「それは……。なんだっていいだろ。とにかく、いつまでもしけた面してたらぶっ飛ばすぞ」
ミラは踵を返し、歩を教室の出口に進めた。
「おい、行くのかよ」川島がミラの背中に聞いた。
「ああ。用事があるからな」
ミラは歩みを止めずにそう答えると廊下に出た。すると、彼女の背中にもう一言、彼の声が飛んできた。
「ミラ、さっきの短所と長所の話、本音だよな」彼女は答えずに教室から遠ざかった。後ろから川島の気合いを入れ直す声が聞こえた。
「……俺はいったい何やってるんだか」
ミラを苦笑しながら階段を下った。ただ彼女表情はどこか清々しかった。 その頃、響花と原三は雨の止んだ並木道を共に歩いていた。二人は他愛もない世間話をしながら角を曲がり割と人通りの少ない道に入る。ふと響花がつぶやいた。
その頃、響花と原三は雨の止んだ並木道を共に歩いていた。二人は他愛もない世間話をしながら角を曲がり割と人通りの少ない道に入る。ふと響花がつぶやいた。
「川島君、手伝わないでよかったかな」
「問題ないだろう。自分のまいた種だ」
「……樹大君も少しは反省しようよ」
彼女の発言はあっさりと流される。
「まぁ、やつなら適当にこなすだろう」
「だろうけどね」
響花が口ごもる。
その時、突然、原三が立ち止まった。
「?」
「響花、どうやら、吾にはそもそも手伝う時間がないようだ」
原三はゆっくりと刀を竹刀袋からだした。
ここで、響花はようやく気づいた。前方にいかにも悪そうな人相の男が立っていたのだ。
「よう、百花流」
憎たらしい口調で原三に呼び掛ける相手。
「……おぬし、何者だ」
原三が刀を腰にさす。
「俺は木崎忠邦。お前の刀をもらいにきた」
「やはり、そうか。……吾の答えはわかっているだろう」
原三は刀を抜いた。
「ああ。本当を言うと、俺はお前を壊しにきたんだからな」
敵がまがまがしいオーラを放つ。
原三は後ろにいた響花に
「隠れていろ、響花」
と言った。
響花は素直に応じ、原三の投げ捨てた竹刀袋と鞄、番傘を拾い、木の影に隠れた。
「さぁ、来いよ」
木崎が構える。彼の手にはトンファーが握られていた。
(近距離戦を得意にしているのか?)
原三は漠然とそう考えながらもふーっと息をついて
「参る!」
と刀を振り上げた。
彼は直ぐさま刀を振り下ろし花びらと斬撃を放つ。
それらは渦巻いて木崎の方に向かう。
木崎はそれを左にステップすることで避けた。避けたことにより彼の後方にあった木々が根から吹き飛ばされる。
「なるほど。これが『秘技百花乱舞』か。確かに当たれば効果絶大だな」
木崎はニヤリと笑う。彼の顔は相変わらず気持ち悪かった。
「さて、今度はこっちから行かせてもらうぞ」
木崎が叫ぶ。と同時に右腕を後に引く。するとトンファーの先にぼんやりと何かが出現した。
(あれは、水……か?)
そう思ったとき、
「さぁ、お前を壊してやる! 水流弾」
木崎の掛け声と共にそれは原三に向かってすごい勢いで飛ばされた。迫りくる水の塊を原三は、手始めに叩き斬る。
水滴があたりに散らばる。原三にも少しかかったが特に悪影響はない。しかし
「……重いな」
原三はつぶやいた。
木崎は尚も水流弾を飛ばしてきた。原三は斬るのを諦め、巧みに水弾を避けた。そして、隙を見てこちらからも斬撃を放つ。
木崎はその斬撃避け、反撃に大きめの水流弾を飛ばす。
原三が斬撃でその水流弾を真二つにした。水が地面に滴る。
「……なるほど。おぬしは水弾使いか」原三は刀を構え直した。
「ああ。そうだ。俺は水を自在に操ることができる」
木崎がトンファに水の球を浮かべて言う。
「しかも、その水の球は圧縮されているため格闘家のせいけん突き並の威力を誇る」
「正解だ。聞いた通りの分析能力だな、お前」
木崎が気味の悪い笑いを浮かべた。
「敵に誉められてもうれしくない」
「あっそ。で、これからどうくんの?」
「……言わずともわかる」
原三が真っすぐに木崎のほうに走っていく。
木崎は、今度は両腕のトンファーから水流弾を無数に放った。原三は避けたり、斬撃で打ち砕いたりしながら猪突猛進に木崎へ迫る。木崎は舌打ちをして右手のトンファーに水弾をためた。
そして、その水弾をすぐそばまできていた原三に飛ばす。
だが、読んでいたのか、原三はそれを体を右に反らすことによって避け、刀を右に薙いだ。木崎は咄嗟に左腕のトンファでガードしたが、そのまま後方へと飛ばされてしまった。
彼は何とか地面に足をつけ、踏み止まった。息は若干荒れていた。
……やはり、そうか。あの木崎という男、実は遠距離を得意にしているのだ。むしろ、水弾を放つ時に隙ができてしまう近距離は苦手らしい。
ゆえに近距離戦を狙ったらすぐにボロを見せた。……この分ならすぐにかたがつきそうだ。
原三がそう思い、再び木崎に肉薄しようとした時、木崎の顔が最高に気色悪く歪んだ。
「っ!?」
「残念ながら、この闘いはもう決着だ」
半分笑いが混じった声で彼は叫んだ。
「なっ……」
原三は事態を把握仕切れず困惑した。いつの間にか自分の回りに何千何万もの小さな水の球が浮かんでいたのだ。それらは合図なしにいきなり原三の体を包んだ。体中が水に覆われ息ができなくなる。
原三は小規模な水槽に入れられたような状態で宙に浮いていた。
彼の刀は水が集まった時の衝撃で手からこぼれ落ち地面に転がっている。これでは技を放つこともできない。
「くっ」
原三が苦痛に顔を歪めた。
「はははははははは……。いい表情だぜ、百花流。俺がまさかただ水弾使いだと思ったか?」
原三は答えない。体力の消耗を抑えるためだ。
「思っただろうな。人間、誰だって油断するもんな。でも、まぁ、もうちょっと慎重に闘っていたら俺の水縛りにひっかかることもなかっただろうにな」
一通りいい終えると木崎は気分は害するほどの大笑いをした。それから彼は
「さて、どうしてやろうか。圧力をあげてぺしゃんこというのも良いが、ここは今よりもっと苦しんでもらおうか」と言ってある方向を見た。
「!?」
原三は動揺した。
そこには響花が隠れているのだ。
木崎はなんのためらいもなくその方にトンファーをかざした。
「さぁ、苦しめ」
トンファーの先から圧縮された水弾が放たれる。
「逃げろ、響花」
原三はごぼごぼしながらもそう叫んだ。
「えっ、何」
原三の声に響花が出てくる。その横を水弾が通りぬけ、今まで隠れていた木をなぎなおした。
「きゃあ」
おののく響花。
「いい悲鳴だぜ、女。もっと聞かせろよ。そして、こいつをもっと苦しめろ」
木崎はいよいよ人知を越えたきもさに達っそうとしていた。
しかし、響花にはそれよりも原三の状況の方が気になっていた。
「大丈夫?樹大君」
原三がこくりと頷く。
「いや、どう見ても大丈夫じゃなさそうなんだけど」
原三が首を横にふる。
「こんなとこで意地はらなくても……」
響花は呆れたように言った。「二人で話してんじゃねぇよ」
木崎が奇声をあげる。あまりの不快さに響花が後ずさる。
「まぁ、なんだっていいか。俺がこれからおまえたちを苦しめることにかわりはない。そして、その末に壊してやるんだ」
木崎はそう言うと右腕のトンファーを引いた。間髪入れず水弾が放たれる。
「!」
響花はなんとかそれを横に避ける。
「いいぞ。避けろ、避けろ。だが、それがいつまで持つかな」
響花は彼のいらだたしい命令に従い、水弾を懸命に避けた。そんな彼女を嘲笑うかのように木崎は水弾を撃ち続けた。
バシャーン!!
その時、響花の足元に水の球が被弾した。