表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

別れ

天津教授の助けもあり、施設に帰るショウたち。

彼らに、国家から下される判決。

最終章です。


 僕らは海の上を突き進んでいた。背後ではこの世界を支えているとまで言われた、神の島が崩落を起こしている。僕は安堵と共に、一抹の寂しさを覚えながら背後を見た。

 「天津教授は……」

 サクラが僕の視線に気付き呟く。彼は、あの島と運命を共にする事を選んだのだろう。いや、あるいは彼は彼の方法で脱出したのかもしれない。希望的観測に過ぎないが、神かもしれない男である。

 「そう簡単に死ぬような人じゃないよ。多分」

 考えないように運転に神経を集中させた。何の細工をしたのかはしらないが、来た時の数倍の速度が出ている。速度のタコメーターなんかほとんど意味がない。おまけに燃料のメーターはゼロをさしているというに、どうやって飛んでいるのか。

 「あ……」

 僕は努めて耳を素通りさせた。

 「見て、ショウ。夜明けだよ」

 しかし、その言葉は僕の心を揺さぶった。見ればはるか東の彼方に、この大地を何億年も照らしてきた存在が、また地平線より顔を出している。温かいその光に初めて実感する。僕らは、やり切ったのだと。

 1時間も経たずに施設が見えて来る。もう大丈夫、と安堵したその直後だった。飛行機が大きく、振動した。

 「……なに?」

 「わかんない」

 飛行機の軌道が大きく斜め下に。ハンドルによる操縦は意味がなく、機体は蛇行をしながら慣性の法則のみで前に進む。いやいや、このままでは墜落だ!

 「ど、どうしたの?」

 むしろ今までがどうやって飛んでたのか謎だが、ここまでやって来てそれはないだろう。どうやら燃料切れらしい。しかし、驚いた事に僕の心は森の中の泉の様に澄み切っていた。恐怖や驚きという感性が、麻痺しているに違いない。まったく稀有な経験ばかりしてしまったからなぁ。

 何てのん気な事も言ってられない。

 僕らを乗せた翼は勢いよく大地に突っ込んでいく。強心臓というスキルを手に入れてしまった僕は、9.8という数字を頭の中に浮かべていた。どうすれば無事に降りる事が出来るかはついでに考えてみた。

 「ダメだ」

 どうしようもない。不思議と恐怖はなかった。

 そこで運転席の下の方に、正体不明の黒いボタンに気がついてしまう。なんだろうこれは。出立の時、スーの講義を思い出す。……こんなボタンに関する説明はなかった。絶対に。

 じゃあこれ何さ。何かの装置のスイッチっぽいけど。何となく付けてみた、バイクのセルだったりしたらキレる。

 「ねぇサクラ」

 「……どうしたの?」

 「試したい物があるんだけど」

 「何を?」

 「もしかしたら助かる……かも」

 「じゃ試してみたら?」

 「恨まないでね」

 「恨まないわよ」

 僕はそのスイッチを蹴った。


 僕らは暁のやわらかい光の中、瓦礫の山の中心に位置するその場所に降り立った。機体が地面に着くと同時に、僕らを救ったそれはゆっくりと覆いかぶさってくる。

 「いつかセンと一緒に探したっけ」

 ガサガサとなる、それを押し退けると。

 「やりやがったな小僧!」

 何かがまた、僕に覆いかぶさった。しかも今度は締め付けてくる。

 「気持ち悪いから離れろヤンキー!」

 僕は鉄槌を取り出そうとしたが、この図太い腕はそれを許さない。サクラは横でそんな僕らを見ながら笑っていた。しかし、そんな彼女にも洗礼は待っていた。

 気付けば、僕らは数多の人間に囲まれていた。

 「どうだこれは。パラシュートという物を真似てみたんだ」

 センが誇らしげに語っていた。

 「助かったよ。ありがとう」

 「なんだやけに素直だな」

 みんなせきを切ったかの様に様々な言葉を僕らに浴びせる。質問から祝福まで、それはもう多様に。不意に、モーセが呪文を唱えたのか人の波が割れた。他の人たちは事前に打ち合わせでもしていたのか押し黙る。その男は疲れ切った表情を隠して、ただ一言だけこう言った。

 「お帰りぃ」

 気の抜ける声に思い出す。この施設での日々を。僕とサクラは、腹の底からの声で返してやった。


 それからしばらく。

 僕らは収容所っていうか、ムショってやつにいた。有無も言わさず連行された。即死刑になるとも覚悟していたが、どうやら情状酌量の余地もあるらしい。あれだけ苦労したのだ、当然である。

 外では電話やインターネットなどが使用出来なくなるという混乱も起こっていた。恐らく、だが。神島が技術の中心である時代があったならば、それらの機器を統括する何かがあそこに存在したのではなかろうか。幸い人間に技術者がいたようで、飛行機の様に失われず、混乱は収まりつつある。全国でこれまで通りに整うのは、数年後だろうが。

 何はともあれ、神島に行ったのは世界でも僕らだけだ。人間だけに留まらず、看守までもが話を聞きたがった。もっとも、説明出来ることなんてほんのわずかだが。

 1週間程が経過して、僕ら全283人はどこかへ輸送される。船を使って海に出たのはわかったけど、ほとんど箱詰め状態で外の様子はわからなかった。

 到着し、目隠しが外される。その場所は……。

 「すごい、国際会議場……」

 テレビの中継ぐらいでしか見た事がない。全世界の首脳が集まり重要な会合をする場。その東アジアに設けられた1つだ。

 見渡せば、様々な肌の色の祖人がひしめき合い、言い合いをする姿も見られた。僕らの到着が確認されると、会合が始まった。

 「これよりこの場で、空を侵した大罪人たちの処遇を決めたいと思います」

 うちの国家首席だ。日頃より人間は悪だ、だの人間は存在するだけで罪だの。僕らの中での人気は、下の方へうなぎ登りだったりする。

 「具体的な報告をお願いします」

 言われてその背後の、担当らしき祖人が返事をして立ち上がる。まだ若年のりりしい顔立ちをした男性だった。まだスーツに着られている。

 「彼ら人間たちは先日の深夜頃、有人型飛行乗用車を製作し、神島への侵入をしました。その辺りは各国もご存知かもしれません。そしてその同日、神島は墜落。海の藻屑となり、消えました」

 ガヤガヤと各国の首脳は近くの外交官だか、他国首席だかと話を始める。聞こえたのは、そんな事が本当に可能なのかとか、断固許せないとか、まぁ予想通りのもの。僕らはそんな声に左右される事なく、大事件の首謀者らしく楽しく見つめていた。

 「逆説にはなりますが、これでむしろはっきりしたかと思います。人間はしょせん人間。祖人にはなれないのです。したがって、人類共存計画、ひいては人間保護法などという決まり事はふざけた幻想に過ぎません!」

 声の荒波に負けぬよう、若き政治家はマイク片手に張り上げる。

 「よって、我が国は」

 弁舌する政治家の横で、日本国家主席の自信に溢れた顔がむかつくな。

 「当該計画よりの脱退、並びに人間保護法の撤廃を宣言します!」

 ……………………。

 空気が振動を忘れていた。その言葉の意味するところを即座に飲み込める優秀過ぎる人がこの場にいなかった。日本の首脳陣もあごが外れんばかりの勢いで口を開けている。

 「この決定は、全日本国民の3分の2からの督促が来た事に由来します」

 まさか。

 「内閣、国会など一部上層部の方には、急な事でしたので発表をこの場でとさせていただきました。また、国民の廃案理由を調査したところ、1番多かったのは……」

 嘘だ。

 「有人飛行を可能にしたその能力を評価。2番目は神島の異変収束に貢献、となっております。また神島墜落後、瞬く間に飛行技術に注目が……」

 大歓声が上がった。この場の人口の、数分の1にしか満たない278名が声の限り、声が枯れるまで叫んだ。ある者は制服の上着を脱ぎ捨て、ある者は友と腕を組み、またある者は代表格である僕ら5人に飛びかかった(実はこれが1番多い)。

 「祖人は神島を……天津教授を恐れてたから?」

 「なくなって、空が怖くなくなったとか?」

 僕とサクラだけが首を傾げている。どこかで静粛に、などと慌てる声が聞こえたが、そんなのはお構いなしの大騒ぎだ。

 どんな理由がそこにあろうとまぁいいか。この勝利にしばらくは酔っていよう。頭にかかる嬉しい重圧を、甘んじて受けながら笑い合った。


 季節が過ぎた。いつの間にかセミたちは陰を潜め、代わりにコオロギなんかが草影で鳴いていた。

 秋の日はつるべ落とし。朝からみんなを見送っていた結果、僕らの番になる頃には見事な夕焼け空だった。きっと次は月が顔を出す。

 「ショウ、準備できた?」

 「うん」

 「私たちで最後らしいから、急ぐわよ」

 サクラの催促に片手を上げて応じる。荷物は元々さほどなかったので準備自体はとっくに終わっている。ただ部屋で、この時を待っていたのだ。

 2人で校庭に出ると、すでに見慣れた3人と祖人1人を残して誰もいなかった。

 「おっせーぞ」

 その非難を甘んじて受けて彼らの横につき、僕らは一列に並ぶ。五十嵐の点呼が行われ、僕らはようやく自分の本当の名を取り戻した。だがこの呼び名が慣れてしまい、どうにも違和感がある。ので、このままでもいいかと暗黙の了解が僕らの目配せで決定した。

 終わると同時、アッキーが荷物からカメラを取り出す。

 「卒業と言ったら集合写真だろ!」

 当然の様に言う。そんなお約束はドラマの中だけで十分である。っていうか、ここはいつから学校になったのか。しかし珍しく、アッキーの天敵であるセンまでが乗り気で僕を中心に寄る。まぁ、みんながいいならいいけどさ。でも誰が撮るの?

 「五十嵐頼むよ~」

 「はいはい」

 仲良しになったね! 最初に足を踏み入れた時は大立ち回りしてたのにさ!

 「じゃあ前2人、後ろ3人ね?」

 「サクラがそう言うならいいぜ」

 サクラは3人を後ろに押しやる。その様子は邪魔者を排除している様にも見えた。そこにセンがかじりつく。

 「待て。前が3人、後ろが2人でない具体的理由を述べろ」

 「え? 別にないけど」

 「では私も前で問題ないだろう」

 僕の右隣に来る。どうしたのだろうか。

 「こんな変態2人の隣など考えられるか!」

 変態って、さすがにいい過ぎ。いや、ごめんやっぱり否定は出来ない。サクラもあーなるほど。とか言ってるし。いや、アッキーの扱いが酷いのは慣れたけど、スーに逆らうとまずいみたいな事を言ってなかったけ?

 「なんか……私の扱いがぞんざいになった気がする」

 同じ事を思ったのか、しきりに呟いていた。

 「元々丁重に扱った覚えはない」

 「そこまで言われる事もなかった気が……」

 いいけど、と溜息。難儀だね。

 「ん? その花はなんだい?」

 コスモスの花が1輪、僕の腕の中でゆれている。昼頃に貰って始末に困ってたんだけど、捨てたら呪うとまで言われてね。施設の一隅に咲いていたのをサクラが拾ってきたらしい。

 「コスモス、コスモスねぇ? しかも捨てたら呪うか」

 ありのままを伝えると、何かを勘ぐる様に笑むスー。サクラが少し動揺した。

 「な、何? まさか花言葉がどうとか言い出すの? 知らないわよ、私は」

 「じゃもっと単純に。コスモスって漢字で書くとどうなる?」

 言われて考える。そんな難しいものじゃない。秋の桜と書いてコスモスだ。

 「わりぃ、どうやって書くんだ?」

 アホなヤンキーは無視してっと。それがどうしたと言うのだろうか。

 「どちらもサクラの本名に使われている漢字じゃないか?」

 「いい読みだ、セン」

 それはあんたが意味わかってる前提の言葉だ。え、いや、でもそれってどういう意味で受け取ればいいの?

 「そこから考えて……」

 右ストレートが悪魔の右頬をえぐった。殴ったのはもちろん、顔を真っ赤にしたサクラ。しかし今首から鳴ってはいけない音がした気がするのだが。振り切ったグーを彼女が納めると、首を戻す仕草が無駄に気持ち悪かった。

 「いやぁ、青春だねぇ」

 どういう事か説明を願おうとする。しかし隣人ににらまれた。スーだから大丈夫だが、普通の人間があれを受けたらまず病院送りだろう。僕は普通の人間だ。うん。

 「結局、どういう意味なんだ?」

 「さぁな?」

 もう片方の隣と後ろではしきりに疑問符。

 「は、早く撮りましょ!」

 「サクラが言うならいいぜ」

 もう忘れたのか、アッキーは肯定する。

 「前も言ったけど、アッキーってちょいちょいサクラに依存した感じの事言うよね」

 言ってしまってから後悔した。センとスーが、あーあ、言っちゃったよ。みたいな顔をしたからだ。何が悪かったのか考えてみる。

 「それが、俺のサクラに対する熱い熱い想い……」

 男気溢れたアッキーが自己申告してくれた。本人に伝えた事はないらしい。

 「ごめんなさい友達としてしか見れません」

 一刀両断される。一世一代の告白を、言い切る前に強制終了をされた男は同じ表情のまま凍りつき、涙を流す。

 「うおぉぉおお! こうなったら俺はもうショウ一筋だぜ!」

 「なんだよいきなり! 懐くなこら! 気色悪い!」

 突然叫んだかと思えば、首にネックレスよろしくしがみつくアッキー。背後を許したのが間違いだったか。チッ、金槌は荷物の中だ。

 「アッキー!? まさかそっちに走るとはっ!」

  言いながらサクラは僕の左腕を強く引く。

 「何を競ってるんだ? お前らは」

 このままでは、かの有名な裁きもびっくりな、轢断死体が出来上がってしまう。その前に腕か頭がもげる。

 「バランスとるためにセンも加わったらどうだ? 右腕をこう」

 待って、そこまで引いたら抜けちゃうよ。

 「変態もたまにはまともな事を言うじゃないか」

 変態……と小さく呻く余計な助言者。落ち込む位なら最初から何もしなければいいものを。センもその通りにしないで!

 「で、いつになったらいいの?」

 痺れを切らした五十嵐の催促。この3人を引きはがすまでちょっと待ってと言おうとしたが、それより先に。

 「これで撮っちゃってー」

 自分の地位下降の腹いせか、厄介者の承諾。五十嵐は素っ気無く返事をし、カメラのレンズを覗き込んだ。すぐ隣で僕を挟んでサクラとセンまでが言い合いを始める。アッキーは僕の首を絞めて、スーは我が子を見つめる父の様にその様子を眺めていた。

 「やれやれ」

 結局、僕らはいつまで経ってもこのままなのかもしれない。それが無性に嬉しかった。

 時の流れは傾いた。しかしこれから僕らはこの世界で、自らの存在を証明していかなくてはならない。差別も、きっと簡単にはなくならない。けれど今はとりあえず、このどうしようもなく騒がしい仲間たちと馬鹿をしようと思う。別々の空へ、八重雲の中へ飛び立ってしまうその前に……。

 僕はきっと戸惑った顔で写っている事だろう。しかしみんなが笑っているなら、まぁいいか。そう思うと自然と頬が緩んだ。瓦礫の山に落ちた、1枚の羽が舞うと同時にシャッターの音。この1枚の写真に、万感を込めて。

 ありがとう――――。

 この場所で出会った事も。この場所があった事も。この場所で起きた事も。

 ――――僕は、忘れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ