動機
母の道具。
それが僕の代名詞だった。
母は昔から短気だった。僕のちょっとした間違いで、怒りのスイッチが入ってしまう。
門限を過ぎる、家事を忘れる、失くし物をする。そんな些細なミスをする度、母は怒り狂い、僕に理不尽な仕打ちをした。
怒鳴る、無視、そして暴力。怒られた日には最低一時間は怒号が鳴り止まず、そのあとには僕が何を話しかけても無視をされた。さも僕が空気のようで、そこに存在していないかのように。無視をされないときでも、返事は「うん」、「そう」などの素っ気ないものだったが。
暴力を受けることも日常茶飯事だった。腕や足、酷いときには顔や腹を殴られたり蹴られたりすることもあった。
母は躾のために僕を叱ったり殴ったりしているのではない。自分のストレス解消や快楽のためにしているのだ。僕は母にとって都合のいい道具だったのだ。
我が家の門限は五時だ。学校が終わる時間は四時十分。特に田舎というわけではないが、家から小学校までは歩いて三十分、中学校までは四十五分もかかった。小学校の頃はまだよかったが、中学校に上がってからは、学校から家までの信号や踏切の待ち時間にさえ、僕が門限までに帰ってこられるかが左右されるようになった。寄り道はおろか、部活をしようなんて考えは以ての外だ。
僕が中学生になってすぐにあった部活動体験で、陸上部に惹かれた。先輩、後輩関係なく部員同士の仲が良く、部員は皆楽しそうにそれぞれの種目の練習に勤しんでいた。長距離走の記録を測るときにはお互いに激励の声をかけ合い、切磋琢磨しながら活動をしていた。僕もこの中に加わりたい。そんな思いで、早速その日のうちに母に部活をやりたいと、できるだけ母の機嫌が悪くなさそうなときを見計らって、ダメ元で申し出た。
「何言ってんの?」
予想はしていた。だがやはり、ゴールが大きかっただけにかなり凹んだ。お金も時間もかかるようなことを母が許してくれるはずがなかったのだ。少しでも期待した僕が馬鹿だった。母に自分のやりたいことを申し出たのはこれが最初で最後だった。
また、母は家事を一切しなかった。洗濯、料理、掃除まで、全て僕の仕事。そしてその九割が母のためだった。洗濯をするときは、母の洗濯物は洗剤と柔軟剤の両方を入れて綺麗に仕上げる。しかし母は、僕の衣服を家の洗濯機で洗濯させてくれなかった。
「手で洗いなさい」
そう言って洗剤も使わせてもらえない。
料理も母は一人前、僕に作らせた健康的な食事を取っているが、僕は母の三分の一にも満たない量しか食べられなかった。
そのおかげで僕の衣服はいつも薄汚れていて、年齢の割に身長も低めで、体重も少なかった。そのうえ、一つでもやり忘れがあると怒られ、そして殴られ、蹴られる。理不尽にもほどがある。
失くし物に関しては、僕が学校でいじめを受けているせいだった。
臭い、汚い、母に暴力を受けたせいでできた身体の痣が気持ち悪い、そんな理由で同級生からいじめを受けていた僕は、よく持ち物を隠されたり、壊されたりしていた。
僕の持ち物が失くなったり壊れたりしているのに気付いた母は、やはり僕を怒鳴り、暴力を振るうのだった。
「私が必死で働いたお金で買ってやったものを失くすなんて、どんな神経してんの?」
元はと言えば、僕がいじめられている理由は虐待にあるので、この失くし物も、根本的な原因は母にあるのだ。しかしそんなことを言えばどうなるのかは僕が一番よく分かっているので言わなかった。
また、母は家でこそ暴力を振るうが、外面はよかった。
僕が小学五年生のとき、同級生を階段から落としてしまったことがある。もちろんわざとではない。前を歩いていた同級生が階段を降りている途中に急に立ち止まったため、僕はそれに反応することができず、そのままその同級生にぶつかってしまったのだ。
相手は階段の真ん中あたりから下の踊り場まで一気に転がり落ちていった。
相手には軽傷こそあったものの、腕を少し擦り剥いた程度で、僕が謝罪をすればあっさり許してくれた。そもそもこうなった原因は先に立ち止まった相手にあるため、全て僕が悪いわけではなかったのだが。
しかし学校側は、だからと言ってこの出来事を放っておくわけにはいかなかったようだ。その日の放課後に、僕と相手の親が学校に呼び出された。
僕のところは母が来てくれたのだが、相手の方は父親が来ていて、僕は少し羨ましいと思った。
僕は母が学校に来たとき、真っ先に怒られると思っていたのだがそんなことはなく、母は終始穏やかで、相手の父親にも真摯な態度で接していた。
僕は再び母と一緒に相手に謝罪した。相手の父親も快く謝罪を受け入れてくれたし、「うちの子にも非はありましたので」と言って、相手からも僕に謝罪をしてくれた。
その日はそのまま母の車で帰宅した。車の中でも母は僕に何も言わず、僕は改めてほっとした。
しかし、問題は家に着いてからにあった。
母が先に通って閉められそうになったドアを慌てて通り、玄関でボロボロになった運動靴を脱いでいたときだった。僕はいきなり、母から床に突き倒された。
「…お母さ―」
ゴッ、ゴッ、ゴッ
僕が言いかけた言葉は、突き倒されて仰向けになった僕に馬乗りになった母が、僕を殴る音に掻き消された。
母が僕を殴る音は割とすぐに止んだ。母は息を切らし、肩を上下させながら何も言わずにゆっくりと立ち上がり、ヨロヨロとおぼつかない足取りで自室に向かっていった。
母は自室のドアを閉める直前、僕にこう言った。
「私に迷惑かけないで。あんたは私のおかげで生きてること、忘れないでね」
母は、外では家にいるときのような威圧的な態度や、暴力的な面は一切見せなかった。それは僕にとって不利に働いた。母の僕への虐待に、気付いてくれる人がいないのだ。いや、気付いてくれないと言えば語弊がある。僕が虐待を受けていることに気付かないはずがあるだろうか。僕が虐待を受けていることは、僕の身体の至るところにできた無数の痣、毎日着ているボロボロで汚れた服を見れば一目瞭然だった。
しかし、母の外面がいいせいで皆、それを理由に僕の虐待に気付かないふりをしているのだった。
「あの優しい母親が虐待なんかするはずがない」
皆無理やりそう思い込み、めんどくさいことに巻き込まれないよう、僕から目を逸らすことに必死なのだった。学校でさえそうだった。学校は子供を守るべきものではないのか。僕の学校の教師、いや、僕の周りを取り巻く大人たちは皆無能だった。しかしそれも、時間が経つにつれて僕にとってはどうでもいいことのように感じてきた。僕も、僕を助ける気のない人間から助けられることなんて望んでいなかった。
僕は小さい頃から罵詈雑言を浴びせられ、暴力を受け、痛くて、辛くて、苦しい思いをしてきた。母から愛された記憶などない。僕の記憶には、母に殴られた記憶、そればかりが脳裏にこびりついていた。実際そうなのだ。赤ちゃんのときはどうだったか分からないが、物心ついた時には既に僕は母の道具だった。
しかし周囲の大人にも、いじめっ子にも、母にさえ、復讐をしようなんて気にはならなかった。生きているだけで十分だ。世の中には、僕より何倍も辛い思いをしている人だっている。僕が大人になって独り立ちをすれば解放されるのだ。今はただ、耐えるしかない。そう自分に言い聞かせてきた。
しかし、その考えもすぐに変わることになった。
それはつい数ヶ月前、中学二年生の夏休みが明けてすぐのことだった。
いじめを受けていた僕は、その日も筆箱を隠されていた。
その日は週に一日の一時間短縮授業だったため、門限までには少し時間があった。そのため失くし物をしたことで母に怒られるのを恐れた僕は、筆箱を探すことにした。
ゴミ箱の中、傘立ての中、トイレの個室。思い当たる場所を手当り次第探した。
最終的に、僕の筆箱は飼育小屋の中で見つかった。
僕は今時飼育小屋なんて、と思っているのだが、先生曰く「命の大切さを学ぶため」らしい。僕の虐待を見て見ぬふりをしている人間が何を言っているのか。それに、僕は命の大切さなんて痛いほど分かっているのに。
この飼育小屋ではうさぎを五羽飼っている。僕の筆箱は、名前も知らない一番大きい黒いうさぎの下敷きになっていた。
僕は飼育小屋の扉を開けて中に入り、そのうさぎにそっと近付いた。そのまま筆箱を取ろうとしたが、うさぎが重くて取れなかった。
僕は少し力を入れて、うさぎの下からもぎ取るようにして筆箱を取った。
そのときだった。うさぎが僕の指に噛み付いた。
「痛っ―」
僕は噛み付いてきたうさぎを振り払い、逃げるようにして筆箱を手に飼育小屋から脱出しようとした。
そのとき、僕は体勢を崩して飼育小屋の中で転んでしまった。すぐに立ち上がって飼育小屋から出たが、服は床に敷かれていた敷き藁や泥で汚れてしまった。今日の飼育小屋の掃除当番がサボったのか、うさぎの糞まで付いてしまっていて、汚れや臭いがひどかった。このまま帰っては確実に母に叱られる。そう思った僕は、学校の帰りに、途中にある公園の蛇口で制服の汚れを落としてから家に帰った。
家に帰り、玄関のドアを開けるとそこには母が立っていた。
まさかこんなところにいるとは思っていなかったため、僕は母を見て少したじろいだ。
「…た、ただいま…」
大きすぎて「うるさい」と怒鳴られないような、しかし小さすぎて「無言で帰ってくるなんて有り得ない」と言われ殴られないような大きさの声で僕は言った。
「あんた、今何時だと思ってるの?」
母の後ろに見える壁掛け時計を見て、しまった、と思った。
今日は短縮授業だったため時間があると思っていたが、筆箱探しと制服を洗うのに時間をかけすぎていて、五時はとっくに過ぎていたようだった。
「それにあんた、いつにも増して臭くない?一体何をしてきたの?」
「それは…」
「…まあいいわ。来なさい」
そう言って母は僕を風呂場へ連れて行った。
風呂場に着くと、母は浴槽に栓をして、そこに水を溜め始めた。
そして水が浴槽を八割ほど埋めたとき、母が僕にこう言った。
「入りなさい」
「…え…」
「いいから早く入るのよ!」
母は僕の服を掴み、無理やり浴槽へ入らせた。そして僕の髪を掴み、頭を水へ沈めた。
「汚れたのなら綺麗にするのが決まりでしょ」
耳に水が入って綺麗には聞き取れなかったが、母の声は少し上ずっているように聞こえた。
僕は必死に水から顔を出そうとしたが、母の力は強く、僕では母の力には到底敵わなかった。
(死ぬ…)
息が苦しくなってきて、死を覚悟したとき、母がようやく手を離した。
「そんな薄汚い格好で帰ってくるんじゃないわよ。服、自分で綺麗に洗っておきなさい」
「…は、い…」
やっと呼吸ができるようになって途切れ途切れの声で、辛うじて僕は返事をした。
そして制服を洗い終え、小汚い敷布団だけが敷かれた狭い自室に戻った僕は思った。
殺されかけた。
あと少し母が僕を水から出すのが遅ければ、死んでいたかもしれない。死ななかったとしても、意識を失うくらいにはなっていただろう。
母の暴力が日に日に酷くなっているとは思っていた。しかし今までは殺されかけるようなことはなかった。死なないだけマシだ、なんて言っている場合ではなくなったのだ。 このままでは、僕の命が危ない。
殺される前に、殺さなければ。
本能的に、僕はそう思っていた。




