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4話 インフィニティ・オンライン(前編)

「ふあ~あ……っと」


手にはスーパーの軽い買い物袋。背伸びをした綺羅々を、隣で歩いている鵜久森が身を屈めて心配そうに覗きこんだ。


「大丈夫?綺羅々ちゃん、最近頻繁にあくびしてるけど」

「んー、ちょっとね……。試験と新作ゲームとで板挟みってゆーか、」

「なら、今日の買い出しも断ればよかったのに。時間、大切でしょ?」

「だいじょーぶい。買い出し人任せにしてるのも、なんだか悪いし」

「でも、したいんでしょ?ゲーム」

「う。それはそうだけど……」


鵜久森に指摘され、綺羅々はバツが悪そうな顔をする。

ーーそこへ、唐突なクラクション。


「危ない綺羅々ちゃんっ!!」

「へっ……?!」


綺羅々を庇って飛び出す鵜久森。2人の姿が眩いライトに照らされた。



◇◇◇



「ーー遅いね。鵜久森さんと綺羅々さん」

「もう夜8時を過ぎる頃ですけど……」


ましろが呟き、林檎が壁にかけられた時計を見る。


「2人が買い出しに出掛けたのはいつですの?」

「確か5時くらいだったかな」

「スマホも繋がらないねぇ……。どうしたものか」


アーバンが鵜久森に電話をかけても応答しない。珍しいことだった。


『ーー!アーバン・レジェンド内で物語ソネットの気配を感じる』

「え!?」

『ましろ、こっちだ』


食堂を飛び出すラプスにましろと林檎、来夢が続く。ラプスが辿り着いた先は綺羅々の部屋だった。


『この中だ』

「ほんとに……?勝手に入ったらまずい気がするけど……って、ラプス」


閉まっている扉に体当たりをするラプスを見て、やれやれとましろはため息を吐きながらドアノブを回す。鍵は掛かっていない。


「不用心だなぁ、綺羅々さん……」

「幾らましろさんと鵜久森さんが人畜無害そうでしても、部屋の鍵くらいは掛けておくべきですわ」


綺羅々の部屋の中央には液晶テレビがある。そのテレビ画面が電源が付けたままになっているようだ。テレビから伸びる幾つかのコンセントは、床に置かれたゲーム機に繋がっていた。ましろはふと画面を見る。


「インフィニティ……オンライン?わわっ!?」


ましろが画面に映っていたゲームタイトルを読み上げた途端、空間の歪みが発生した。歪みはまるで生きているかのようにうねり、ましろたちを包み込む。


『気を付けて!!いつもの物語ソネットの歪みとは違うみたいだ!!』

「そ、そんなこと言われましても!?」

「おおいーーどうしたんだい、ましろくん?」


階段に居るアーバンが声を上げる。


「アーバンさんーー」


手を伸ばすも虚しく、ましろたちは空間の歪みに呑み込まれ消えていった。



◇◇◇



『ーーご機嫌よう。現実リアル世界の方々』

「ーーはっ!?」


綺羅々を守るように覆い被さっていた鵜久森が意識を取り戻す。


「うー!おーもーいー、どいてー!」

「ご、ごめん綺羅々ちゃんっ!!」


鵜久森に押し潰されている綺羅々が唸っている。謝ると同時に鵜久森はその場から飛び退いた。


『危ないところでしたね。私が空間を歪め転移させてなければ、あなた方は死んでいたところです』

「だ、誰っ……!?」


声は届くが姿が見えない。光溢れる空間で鵜久森は声の主を探す。


「え……、この声、女神インフィニティじゃん!」

「綺羅々ちゃん知ってるの!?」


ほこりを払って起き上がった綺羅々は上空を見上げる。


「……うん。やっぱり女神インフィニティだよ。1番最初で有名声優キター!って思ったし。あたしが聞き間違える筈ないって」

『如何にも。私は女神インフィニティですが』

「え?空間転移ってことは、死後の世界からの転生でもなければ、もしかして物語ソネット案件?インフィニティ・オンライン、確かに発売前の期待値が高くて予約も殺到してたけど」

物語ソネット……?私は存じ上げませんが、私が空間転移を使えることは確かです。生命の危機が迫った現実リアル世界の人間をこちらの世界インフィニティに転移させ、救い上げる……。そして、この世界を魔王の手から救い出すことの出来る、真の勇者を見出すことを任務としています』

「勇者……魔王……。ははは、今回はゲームの物語ソネットが相手かぁ……」


鵜久森はどこか呆れてしまい、明後日の方向を見る。綺羅々は引き続きインフィニティとの会話を試みた。


「ねぇ、インフィニティ!ゲームの序盤であったみたいに、あたしたちに装備をくれないの?」

『装備の代わりに、この世界で使える通貨……ルピーをあげましょう』

「やったー!」


中くらいの袋に入った金貨の山が、綺羅々の両手にずっしりと乗る。


『ーーどうやら、貴方がたは既に固有の能力をお持ちの様子。いつかその手で魔王を倒す日が来るのを、心待ちにしております、勇者よ』

「ーーん?ちょっと待って!勇者ってもしかして、僕?」

『他にそれっぽい者が誰かいるのですか?』

「それっぽいって急に砕けたこと言われても!?」

『期待してますよ勇者』

「王子って言われるのも慣れないけど、勇者って言われるのも慣れないよ!!」

『こほん。私は忙しい身。次の転移パーティのところへ行かなくては……』


インフィニティの声は徐々に遠退き、眩い空間は一瞬で田舎村の夜空へと描き変わった。


「……あははー。本当にゲームの世界だぁ……」

「お金は貰ったから、宿屋に泊まろ♪」

「楽しそうだねー綺羅々ちゃん……」

「こうなったら楽しまなきゃゲーマーとして損じゃん。装備は明日の朝整えようねー勇者様♪」

「う、うん」


綺羅々と2人きりの冒険。ある意味まんざらでもない鵜久森であった。



◇◇◇



「もー!ここは何処ですのー!?出てきなさい駄女神ー!!」


インフィニティと名乗った女神が消えたと思えば暗がりの遺跡に放り出され、来夢が箒に乗り怒り散らしている様。


「お金だけ渡されても……こんな寂れた遺跡からスタートだなんて……」


世界観的に合わない制服姿の3人は途方にくれる。


「……とりあえず、近くに商人がいないか少し見てこよう。テントでも買えればいいけど……」

「ましろさん!あそこに怪しげなローブと荷物を背負った商人らしき人物がいますわ!」

「ナイス来夢!林檎、行こう」


箒に乗った来夢を先頭にし、ましろは逸れないように林檎の手を引いて走る。


「ーーあの、すみません。行商人さんですか?」

「あ?そうだが……。なんだい、珍しい格好した若者2人がこんな夜更けに」


箒に乗った来夢が異変がないか空で見守る中、ましろはキャンプ中の商人らしき人物に話しかける。


「あはは……。実は道に迷っちゃいまして。テントとついでに地図なんかあったら購入したいんですけど」

「ああ、いいぜ。全部で30ルピーだ」

「ありがとうございます」


林檎は手にしていた袋から金貨を30枚取り出す。


「ちなみに、ここから1番近い村は何処ですか?」

「西にあるアスクの村だが……。徒歩で行くと結構距離があるぞ。西はこの方角だな」

「ありがとうございます」


お礼に金貨をもう一枚追加し、テントと地図を貰いましろたちは西へと進路を取る。


『ふぅ……。近くに行商人が居てよかったね。僕はともかく、お金だけ手渡されたんじゃましろたちが大変だよ』

「それでも、何にもないよりは全然マシだよ」


野宿の用意をする為、ましろは買ったばかりのテント一式を広げ、添え付けの杭を持つ。手伝います、と駆け寄った林檎のお腹が鳴った。


「しまった……。食料を分けて貰えばよかったね」

「ええ……、そういえば夕飯前でした」

「仕方ありませんわ。今晩は我慢しましょう」


箒から降りてきた来夢もどうやらお腹が空いているようだ。ましろはポケットから綺羅々のポーションクッキーを二枚取り出す。


「2人で食べて。ボクはいいから」

「ましろさん……」


遠慮がちにだが、2人はクッキーを受け取り、口にした。


「ポケットにスマホを入れてたから、お菓子があまり入ってなかったんだよね」


ダメで元々。ましろが一か八かで鵜久森に電話してみると、意外にもあっさり通話が繋がった。一体どういう仕組みだろうか。


『あ!もしもし鵜久森さん、大丈夫ですか?今どちらに?』

『もしもしましろくん?今僕たち、どうやらゲームの世界に居るみたいでーー』



◇◇◇



「ーーんん、朝……」

「ーーおはよう、来夢」


来夢がテントから顔を出すと、ましろが振り返った。


「おはようって貴方、ずっと見張りで寝ていなくて?」

「うん。まぁ、そうだね……」


眠いけど仕方ないよ、小動物に見張りは任せられないし、とましろはうつらうつら状態で答える。


『ひどいなあ。僕がそんなに信用ないのかい?』

「うん」

『本当にひどいなあましろは』

「ーーさあ、林檎を起こして行こうか、アスクの村とやらへ。どうやら鵜久森さんたちもそこに居るみたいだし」

「ケータイが繋がるなんて、どうなってますの?」

「さあ……?でも、使えるに越したことはないよ」



◇◇◇



「ーーましろくん!!」

「うわっと!鵜久森さんどうしたんですかその格好……」


アスクの村に着くなり、ましろたちを出迎えたのは如何にも勇者な格好をした鵜久森だった。


「うーん。ふざけてうぐのこと勇者様ーって呼んでたらこうなってさー」

「綺羅々さん」


ローブに長い杖を持った、如何にも白魔道士的な格好をした綺羅々が、えへへと若干困った顔をして頬を掻いた。


「ましろたちも色々買い揃えたら?この村小さいけど、結構色んなものが揃ってるし」


◇◇◇


「うーん……。似合ってる、かな?」


部屋に立て掛けてある全身鏡を見て、ましろは顎を撫でる。ましろは王子と小鹿の物語で着ていたものと似たような、魔法使いルックになっていた。


「木の棒、というよりはステッキか。うん。悪くないね」

「ご用意できまして?ましろさん」


同じく魔法使いルック(女性用)になっている来夢が部屋の扉をノックしてから入ってきた。


「林檎は猟師姿かぁ。カッコイイね」

「え、そ、それほどでも……」


来夢の隣で女猟師姿の林檎が服装を気にしている。


「みんな着替えたー?お昼ご飯の用意出来たよー!」

「はーい!」


◇◇◇


宿屋の厨房を借りた鵜久森の特製料理で腹ごしらえをした5人と1匹は状況を整理する。


「この空間ーーインフィニティ・オンラインから出る方法として考えられるのは、魔王とやらを討伐することだと思うんだけど」

「魔王って何処に住んでいるんですの?」

「ここから南東に向かった方角、山道付近に魔王城があるらしい」


ましろたちが買った地図をテーブルの上に広げ、鵜久森が説明する。


「魔王を誰かが倒せばゲームクリアで、みんな現実に帰れるのかなぁ?」


確証がない為か、綺羅々は疑問系である。


「うーん……。ボクはあのインフィニティって女神がアヤシイと思ってるんだけどな。空間転移を使えるのは魔王じゃなくて彼女だろうし」

『ましろの言う事も一理あるね。僕もあの女神が所謂ラスボスというやつだと思う』

「綺羅々ちゃん、女神インフィニティには次いつ会えるかわかる?」


鵜久森に問い掛けられた綺羅々はふるふると首を振った。


「わかんない。まだ途中でクリアしてないゲームだし。ネタバレは見ない主義だけど……。大物声優使ってるから、魔王を倒したラストぐらいには出番があるんじゃないかなって思う!」

「うーん……。魔王の手下とか側近とか、魔王自身を倒さなきゃダメかなぁ」


ましろは壁に寄りかかり、顎に手を添えて考え込む。


「ーーあ。そうだ」


魔法使い用のコートのポケットに入れたスマホの存在を思い出した。



◆◆◆



「くっ……!!こ、ここまでか……!!」

「強すぎる!なんなのこいつ……!?」

「フン。話にならんな。出直してこい!!」


勇者とその仲間と思わしき人物たちが、退去用の魔法陣の光に包まれて消え失せる。魔王城の大広間に残っているのは、黒い2本の角を生やした魔王の姿だけだ。

拍手の音が近づいてくる。


「さっきの勇者御一行で100戦無敗。流石、コアゲーマーは一味違うわね」


同じく2本の角に黒いスーツのような衣装を身に纏った魔王の秘書官、赤羽根榴姫あかばねるきが魔王ーー夜闇鴉よやみあろうを絶賛した。


「当たり前だ。俺をそこらの冒険者ゲーマーと一緒にするな。エンハンスMAXまで上げたフル装備にレベルもカンストしてある。これで負けるわけがない」

「でも負けないとここから出られないんじゃない?魔王は勇者に倒されるものでしょ?」

「ぐっ……、この俺様が負けるわけにはいかない!負けることは俺のプライドが許さない!」

「もうプライドがどうとかそういう問題じゃないと思うけど」


片手で剣を握り締めるあろう。そこへ突然、ゲームのボス戦の着信音が鳴り響く。


「不在着信?誰からだ?」


あろうはこの異世界でスマホが使えることに驚きながらも電話に出た。


『あ、もしもし。ふふふ……久しぶりだね魔王』

「その声はーー月影ましろ!?」

『人気のゲームだって聞いたから、もしかしてそっちも物語ソネットの領域展開に巻き込まれているんじゃないかと思ってさ』

「待て。俺の番号をどうやって……」


あろうはっと気付いて赤羽根榴姫あかばねるきを睨みつける。榴姫るきは目線を逸らすことなくクスクスと笑った。


『番号?それなら赤羽根さんから聞いたよ』

「おい、勝手に教えるな!」

「いいじゃーん。ギルドは違えど物語ソネット狩りをする者同士。情報交換は出来た方がラクっしょ」


チェリーブロンドを靡かせ、赤羽根榴姫あかばねるき夜闇鴉よやみあろうに背を向ける。


『いやー、キミなら悪役サイドになってるかなぁって思ったけど、まさか魔王とはね。なら話が早いや』


一息間をおいて、ましろは囁くように告げた。


『……ねぇ、物語ソネット狩りを手際良く済ませる為に、潔く負けてくれないかな?』


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