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3話 キューピッドさん(後編)

「それじゃあ、行くよーー」


放課後ーー夕暮れ時に差し掛かってきた頃。人気のない校舎の裏通りに集合したましろ、来夢、林檎、鵜久森、綺羅々の5人は物語ソネットの領域展開内に向かう。

ましろが人差し指を何もない空間に向ける。スペルカードを顕にさせる要領で意識を人差し指に集中させると、何もない空間に波紋が広がった。

次の瞬間、ぶわりと視界と景色が変わる。


「何この感じー!?ゲームで見る魔界か何かー!?」


おどろおどろしい空と校舎の雰囲気を見た綺羅々が声を上げる。


「気を引き締めて進まないとね」


前衛の僕が先頭を切るよと、スペルカードを顕にして双剣を取り出した鵜久森が前に出た。


「ラプス、敵の気配はどういう感じかな?」

『オカルト研究会の部室と、屋上と、3-B組の教室が一際強い気配を感じるよ』

「3-Bってうちらの教室じゃん!?」

「どうします?ボクはオカルト研究会の方が気になるけど、鵜久森さんたちはそっちの方が気になるだろうし……」

「この人数だと、二手に分かれるにしては少々危険かもしれませんわ」

「それじゃあ、3-B組、屋上、オカルト研究会の順番で回ってみるのはどうでしょうか?」

「……ましろさん?」

「……仕方ない、それで行こう!」


焦る気持ちを抑え、ましろは始めに3-B組に行くことを決断する。



◇◇◇



「キューピッドさん、キューピッドさん、おいでませ……おいでませ……キューピッドさん、キューピッドさん……」

「なずなっち、早見さん!?」


ましろたちが3-B組を訪れると、教室の片隅でA4サイズの紙を机の上に広げ、10円玉に指を添えて言霊を唱える女子生徒2人を発見した。


「……ダメだ。意識が何処かに飛んでるみたい」


双剣を腰の鞘にしまった鵜久森が、彼女たちの目の前に手をかざすが反応がない。


「りえりーは?うぐ、りえりーが居ない!」

「屋上に行ってみよう!」



◇◇◇



「りえりー!!」


綺羅々にりえりーと呼ばれる女子生徒は屋上のフェンスの外に立っていた。女子生徒は、空中に浮かぶ少女の霊と話をしている。


『しぬのって、こわいのね。……いっしょにきてくれる?』

「い、いや……。私、まだ死にたくない……!」


身体が勝手に動く、と言った感じだろうか。女子生徒の言動と動きが一致していない。女子生徒はフェンスにしがみつく素振りもなく、屋上から飛び降りようとしている。


「ーーっ、来夢ちゃん!!」


鵜久森が双剣を抜き、フェンスの一部を薙ぎ払う。来夢はスペルカードを顕にし、箒に乗って屋上から飛び降りた女子生徒の手を掴んだ。


『ほんとのこと、いってくれて、ありがとう』

「……キミがキューピッドさんの正体かい?」


ましろが問い掛けると、少女の霊は左右に首を振る。


『わたしはキューピッドさんとはちがう……。ただ、こうれいじゅつによって、おびきよせられたそんざい……』

「コックリさんも、キューピッドさんも降霊術に分類されるとは知ってはいるものの、実際に呼ばれたものを目にしたのは初めてですわよ……っと!?」

「手伝うよ来夢ちゃん!」


よたよたとバランスが取れてない状態で来夢が上昇している。鵜久森が女子生徒を抱え上げ、フェンスの内側へと移動した。


「よかった……!無事でよかったよりえりー!!」


気を失っている女子生徒の身体を抱きしめる綺羅々。ましろは少女の霊へと話しかける。


「キミには悪いけど、その粒子、回収させてもらうよ」

『すきにして……、わたしもかえれなくてこまっていたところだから……』


ラプスが口を開けると、少女の霊は粒子状になり吸い込まれていった。


「しかし、少女の霊が黒幕でないなら、オカルト研究会には一体何が……?」


箒を手にし、考え込む来夢。ましろはすみれに危険が迫っていると思い、走り出していた。


「とにかく早くオカルト研究会に行ってみよう!」



◆◆◆



「……」

「ーーすみれちゃん!!」


締め切られた教室の戸を乱暴に開けるましろ。教室の中央の机の上に、すみれは足を組んで座っていた。


「待っていたわ。月影ましろ」

「……すみれちゃん……?」


普段のすみれとは違う。上からの威圧感がその小柄な身体から放たれていた。何よりもーーすみれの背中には天使の羽らしきものが生えている。上空には光る丸い輪も。


「コスプレ?」

「失礼な!!コスプレじゃありません!!私は降霊術で下界に舞い降りた本物の天使です!!」

「てんし……?」


パチンと天使と名乗った少女が指を鳴らすと、ぶわりとした威圧感が5人と1匹を襲った。


『うわわっ!!?すごい物語ソネットの反応だよ!?今まで回収してきたものとは比べ物にならない!!』

「下等生物め、神々しい天使の粒子をそんじょそこらの物語ソネットと食べ比べようとはなんて下品な」

「天使って……!キミは一体……」

「私の名はアムール。ローマ神話の愛の神。もっとも、本体ではなくその力を数段階下げた分霊と言ったほうが正しくてよ。ふふ、リトル・アムールとでも呼びなさい」

「その愛の神様が、下界に一体何の用があるのさ……!?」


鵜久森は双剣を構え、いつでも戦闘になってもいい体制で問い掛ける。


「愛の神として呼ばれたからには、その恋を成就させなくては天界に帰るに帰れません。私が関わり、成就させてない恋はあとひとつ……、この私の憑代、諸星すみれの恋です」

「ーー!?」


天使リトル・アムールの宣言に反応したのはましろではなく来夢だった。来夢はましろを庇うように前に出て箒を構える。


「来夢?」

「ましろさんは下がっていらして。天使の目的はましろさんだと判明したのですから」

「そういうわけにはいかないよ」

「ーー戦闘になる前にお聞きしますが、月影ましろ……、諸星すみれを好きになる可能性は?」

「ーーボクがすみれちゃんに抱いている想いは、そういう想いじゃないよ」

「ましろさん……!!」

「どうして来夢がそこで驚くの?」


ましろの返答に、来夢はホッと胸を撫で下ろす。


「そうですかーーでは、私の愛の矢を受けてもらいますね!!」


天使リトル・アムールが飛び上がり、無数の愛の矢を解き放つ。林檎はスペルカードを顕にし、マスケット銃で1番大きな愛の矢を正面から撃ち落とした。


「ましろさん!!」

フランメ!!」


無数に分かれた炎の矢が愛の矢を焼き、撃ち落とす。


「ほらほら、どうしました?そんな運動神経では、すぐに愛の矢に当たってしまいますよ?」


愛の矢の第二波が降り注ぎ、ましろは持ち前の運動神経をフル活用して避け切ってみせる。


「っ……!ダメだたんま!お菓子食べさせて」

「ま、ましろくん!!しっかり!!」

「ふふふ。やはり人間は弱いですね。分霊の足元にも及ばないなんて」


クスクスと笑う天使リトル・アムール。ましろは汗を拭い、リトル・アムールの憑代になっているすみれに呼びかける。


「っ……!すみれちゃん!!しっかりして!!キミはリトル・アムールの力でボクを好きにさせようなんて思っていない筈だ!!」

「……何の戯言を……う……、」


ましろの呼びかけにすみれが反応したのか、リトル・アムールが表情を歪め、頭を抱える。


「……ま……しろ……せんぱい……!」

「すみれちゃん!!」

『さっきは降霊術がどうのと言っていたね!憑代との接点を結びつける為に何処かに媒介がある筈だ!』

「怪しげに光を帯びたアレですわね!」


来夢はすみれの胸元に付けられたアメジスト色の振り子に狙いを定め星の矢を放つ。


「あ、あああっ!?」


脆いガラス玉で出来た振り子は最も簡単に砕け散った。


「や、やはり10円玉よりいいとはいえど、安物の媒介で降臨するべきではなかったわ!!」

「ははは、天使様が負け惜しみかい?」

「くっ!覚えてなさいよ人間ども!!次のチャンスで必ず恋の成就をさせてやるんだから!!」


捨て台詞を吐き、リトル・アムールの威圧感が消える。


「すみれちゃん!」


白い羽根が消え、空中に浮く力を失ったすみれの身体をましろが抱き止めた。


『天使の粒子なんて規格外を逃したのは惜しいけど、残り物には福があるかも、だね』


ラプスが口を開け、空間の綻びとなっていたガラスのような破片を吸い上げていく。


「……ましろ、せん、ぱい……」


意識が戻ったすみれの目尻に大粒の涙が浮かぶ。


「ご、ごめんなさい……、あたし、また……、せんぱいに、ごめいわくを……」

「ーー気にしないで、すみれちゃん……」


ましろはすみれの涙を指で拭った。



◇◇◇



「なによこれ、全く反応しないじゃない」

「そうだね……。ねー、カラオケでも行こ行こ」


かくして、キューピッドさんの広まりはこの日を区切りに収束していった。


「はあ……。僕としては本を読む安寧の地がまた取り戻せてよかったとして」


オカルト研究会で本を開く杉裏聡の視線の先には、ひとりで黙々とタロット占いをする諸星すみれの姿があった。

数日間続いた長蛇の列は何処へ消えたのやら。教室の静けさは保たれたままである。


ーー数分前。


『ごめんね、すみれちゃん。やっぱりオカルト研究会、ボクと来夢は幽霊部員ってことでいいかな?』


ましろに手を合わせてお願いされたら、諸星すみれとしては受け入れるしかなかった。


「……ましろ先輩……」


ふふふ、と諸星すみれは不敵に笑う。


「ましろ先輩に好きな人はいない……。なら、まだチャンスはある……!幼なじみがなによ……、一つ屋根の下がなによ……、逆に言えばそれだけ一緒に居ても、先輩のハートを掴めてないってことよ!先輩と居る時間が少なくなっても、めげずにアタックすれば……!」


不気味な恋のオーラを放つすみれに、杉裏聡はいつものことだとやれやれと肩を竦めた。



◇◇◇



『それにしても、今回はいつにも増して来夢がピンチだったね』

「あのさ、ラプス。ピンチだったのは殆どボクだったんだけど。なんで来夢がピンチだったのさ?」

「さ、さあ……?ラプスさんの気のせいではなくって?」


ギクシャクした動きで振り向く来夢。ラプスとの話しを打ち切って、ましろは背伸びした。


「さあて。学校はまた暫くお休みってことで、カフェの方でまた働いて、お小遣い稼がなくっちゃ」

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