2話 キューピッドさん(中編)
「あのー、オカルト研究会ってここですか?」
「そうだけど、部外者が何か用?」
「とっても良く当たる恋占いをしてくれる子が居るって聞いて……」
(……まさかメガネが……、いえ、ましろ先輩が……?)
部外者が来ても本を読んで知らんぷりを決め込んで居る杉裏聡を他所に、諸星すみれは出来る限り丁重に対応する。
「……それはたぶん、私のこと。いいわ。貴方のこと、占ってあげても……」
「本当!?」
はしゃぐ部外者をチラリと見て、杉裏聡は再び本に視線を戻す。
やっぱり、自分が占いが出来ると言い広めているのはメガネじゃない。
(ましろ先輩……。ありがとうございます……!)
趣味を今こそ生かすべきと考えたすみれは、喜んで部外者を教室の隅の席へ案内した。
◇◇◇
「うーん……」
『どうしたんだいましろ。そんな難しい顔をして』
晴れ渡る空。ましろは人気のない屋上で中庭の様子を見ていた。
中庭には恋を成就させるという噂のある大樹が存在している。その大樹の下で、ましろに挨拶をしてくれるあの男子クラスメイトが、今女子生徒に告白されている瞬間だった。
「いいんだか、悪いんだか、よくわからないや……」
フェンス越しにその様子を見ていたましろは、プリン味のチュッパチャプスを舐めて首を傾げる。
『仕方ないじゃないか。今回はまだ実体がない物語が相手なんだ。噂を広めて顕現する段階まで物語を育てないと』
「でも、昨日来夢が言っていたよ。キューピッドさんの正体が死んだ女の子の霊だったパターンもあるって。……すみれちゃんを危険な目に遭わせるのはダメだよ」
『それは……、顕現するまで敵の正体は僕にもわからないさ。そう心配しなくても、いざという時こそましろが彼女を守ればいいだけの話だろう?』
「簡単に言うけどさ、ボクは後方支援型の能力なんだけどな」
『またまた、そう言って。なんだかんだでやり過ごして来たのを幾度も見て来た僕が言うんだから少しは自分を信じなよ』
「はあ。今回は守り切れるか自信がないよ……」
クラスメイトの男子生徒の反応を遠目で見る限り、告白の返事はOKだったようだ。2人は手を繋いで校舎の方へ戻って行く。
「……やっぱり、手を繋ぐってそういう感じの時にすることなんだね」
『今更かい!?ましろ、この前してたじゃないか』
「なんでラプスがそれを知ってるのかなあ?」
『あっ……!痛い!やめて!動物虐待!』
ましろはラプスを拳で挟み、左右でぐりぐりと回して力を入れる。
「この前のすみれちゃんとのデート、ラプスだけでつけてたのかい?」
『いてて……、ら、来夢も一緒だったよ!』
「2人で……、いや1人と1匹でボクが擬似デートするところを見て楽しかった?」
『楽しむとかそういう目的じゃなく、僕らは物語が現れないか心配してこっそり後をつけていただけだよ!』
「本当にー?」
『本当だって!』
ましろのぐりぐり攻撃から、ラプスはようやく解放された。
『ひゅー。ましろは滅多に怒らないけど、怒ると怖いなぁ』
「別に怒ってないよ」
ラプスに言われ、ましろはすんっとそっぽを向く。
『来夢には僕が吐いたこと、黙っておいてよ』
「言われなくても。話がややこしくなるから言わないよ」
「来夢が諸星すみれの手をましろが握るのを羨ましがっていたよ?」
「昔は来夢の手を握っていた時もあったから、それででしょ」
ましろはコロコロとチュッパチャプスを口の中で転がす。来夢の件に関しては、あまり興味がないようだ。
『やっぱり、人間って僕が思ってるよりもずうっと複雑だなぁ』
◇◇◇
アーバン・レジェンドのみんなが諸星すみれの占いを広めてから、3日ほど経った頃。
「ねぇ!高坂さんもキューピッドさんやらない?」
「え?!」
放課後、クラスメイトの女子生徒に呼び止められ、林檎は驚きを隠せなかった。
「キューピッドさんって……」
「知らないの?今女子の間でめっちゃ流行っててー。オカルト研究会の子がキューピッドさん上手いらしいけど、かなり順番待ちになるから、みんな自分で試しにやってみようってなってさー!」
「ご、ごめんなさい。今日は用事があって」
「そっかー。残念。また今度ねー」
「は、はい!」
(ましろさんに伝えないと……!)
◇◇◇
「……どうやら、少し予想外の展開になってきてるみたいだね」
林檎と合流し、オカルト研究会の教室へと続く女子生徒の長蛇の列を見ながら、ましろは呟く。
「すみれちゃんだけじゃない。多くの生徒を巻き込むことになった」
「これほどオカルトなんてマイナージャンルに興味がある人が増えるなんて、流石の私も予想外ですわ」
「来夢」
来夢はお手上げといった状態でましろと林檎に合流する。
「しかも自分たちでそれをしようなんて」
「来夢さんも誘われたんですか?」
「ええ。もちろんお断りしましたわ」
「オカルトだから流行ってるって言うよりかは、恋のおまじないの延長って感じで女子に流行っているんだと思うよ。男子では率先してやろうってなってないし」
「……このままいくと、いつ行方不明者が出てもおかしくありませんわよ」
『たぶん、今晩くらいに行方不明者は出そうだね。物語の気配もだいぶ強まってきたことだし』
ラプスは能天気なことに、寧ろ嬉しそうにましろの鞄から首を出す。
『ふふふ。また今回もお腹いっぱいになるまで粒子回収が出来そうだ』
ペロリと舌舐めずりするラプスを、ましろは頭を押して鞄の中へと埋める。
「すみれちゃん……」
遠目だが、占っている最中のすみれの姿が目に入る。彼女が行方不明になるところを黙っていることしか出来ない自分たちに、歯痒い思いを感じるましろであった。
◆◆◆
(ましろ先輩には、夜中に出歩かないように言われてるけど……)
そろり、そろりと忍び足で、両親にバレずに家の中から外に出ようとするすみれ。
時刻は午前2時を過ぎたあたり。
昨日の放課後、杉裏聡に協力してもらい、占いの整理券を配った。その整理券に書いた待ち合わせの時刻は午前3時。
(スピリチュアルな力が強まる時刻……。ふふふ……これで、占えることも増える筈……)
ゴスロリ服に身を包んだすみれは、静かに家のドアから外に出て鍵を閉めた。
「月も綺麗ね……。占うには絶好の機会だわ……」
◆◆◆
翌朝。
「ーー諸星すみれ?そういや今日は来てないな」
「そう……。教えてくれてありがとう」
すみれのクラスを訪れたましろは、すみれが学校に来ているか確認をした。案の定、行方不明になっているようだ。
『うん。物語の領域展開を確認。ーー朝から昼は人の目につくから、動くなら放課後か夜だね』
「わかってるよ」
『随分と彼女のことを気にかけているじゃないか。心配なのかい?』
「当たり前だよ」
『心配もほどほどにしないと来夢が焼くよ』
「なんでそこで来夢が出てくるのさ」
ましろはガリッと口の中の飴玉を砕いた。すみれが行方不明になるのをただ待つことしか出来なかった自分に苛立ちを感じて。
『ましろにしては、随分と焦っているね』
「暫く放っておいてくれないかな?またぐりぐりされたい?」
『はいはい。わかったよ』
◇◇◇
「僕らのクラスの女子も、何人か行方不明になってる」
昼休み。屋上で鵜久森たちと合流したましろは情報交換をしていた。
「居なくなったのはなずなっち、早見さん、りえりーだよ」
行方不明になった女子生徒と仲が良い綺羅々があだ名で呼ぶ。
「そういやりえりーが言ってたっけ。整理券が配られたって」
「整理券?」
「そ。順番待ちに対応する為だってさ。でもその時刻が午前3時だっていう……。ほんとに行ったんだね。深夜の学校に。深夜の学校ってなんか怖くない?」
「学校じゃなくても深夜の建物は割と怖いです……」
黎明館で経験済みの林檎は語る。
「じゃあ物語の領域展開地点に向かうのは放課後にしようか」
「うぐに賛成ー。林檎もでしょ?」
「は、はい!まだ明るいうちに向かう方がいいかと!」
「じゃあ、アーバン・レジェンドに帰らずにこのまま向かうとしましょう。ましろさん、代表してアーバンさんには連絡を入れておいてくださいまし」
「はいはい。お菓子は鞄の中ので足りるかなぁ」
ましろはゴソゴソとスマホを探しながら鞄の中のお菓子のストックを数える。
「まぁ、今回はアーバン・レジェンド全員揃ってでの物語狩りですから、楽勝でしょう」
「慢心はよくないと思うよ来夢。まだ敵がなんなのかすらわからないんだから」
『ましろの言う通りだよ来夢?なんなら今回は来夢が1番苦戦するかもしれない』
「わ、私はそんなヘマするような真似は致しませんことよ!」
拗ねたようにふいっとそっぽを向く来夢に、やっぱりボクが頑張らないとダメかなぁ、と密かに思うましろであった。




