1話 キューピッドさん(前編)
「じゃあね。また明日……僕は行くかどうかはわからないけど、学校で」
「はい!お、おやすみなさいましろ先輩」
ましろに送ってもらい、自宅に帰った諸星すみれは、ましろに買ってもらったピンク色のうさぎのぬいぐるみを抱きしめて階段を駆け上がり、自室のベッドへダイブした。
「ましろ先輩……」
うさぎのぬいぐるみを抱いて、すみれは初めてのデートの余韻を噛み締めている。もう手は繋いでいないのに、まだ身体が熱い。心臓の音がドキドキする。
「……ましろ先輩は、あたしのことが……」
好き、と言いかけて言葉を飲み込む。ましろはあの動画を消すことを条件として今日一日付き合ってくれただけのこと。決してすみれが好きで付き合ったのではないことは、ましろを脅したすみれ自身が理解している。
「でも……、ましろ先輩、あんなことやこんなことをいっぱいしてくれた……」
すみれはにやりと笑う。ましろは幼なじみの望月来夢が好きなのではない、と予測して。
「……ましろ先輩、本当に好きな人がいないのかしら……?」
人の恋心がわかればいいのに……、と思いながらすみれは眠りについた。
◇◇◇
「おーい。ましろくん、お弁当持った?」
「ちゃんと持ちました!」
「あわわ、私のですごめんなさい!せっかく作ってもらったのに!」
鵜久森に言われ、ましろが鞄の中を確認すると、隣の林檎が慌ててお弁当箱を鞄の中へ入れる。
「こうしてあたし、ましろ、うぐ、来夢、林檎……5人揃って学校に登校するのって、もしかして初めて?」
坂道で振り返りながら、先頭を歩く綺羅々がにんまりと笑顔を作った。
「ましろくんが今まで自主学習だったり、テスト期間で誰かが早めに登校したりでなかなか揃わなかったもんね」
今日は5人揃っての初登校ということで、鵜久森は5人分のお弁当を早起きして用意していた。
「えへへ。お弁当サンキュー。うぐ」
「え、い、いや、それほどでも……」
綺羅々からお礼を言われ、鵜久森は照れくさそうに頭を掻く。
「はぁ……。今日も学校か……。自主学習していた分、登校するのってなんだかまだ慣れないなぁ……」
「ましろさんったら、クラスメイトの顔もろくに覚えてないみたいで。少しは私のようにクラスに馴染む努力をすれば良いものの」
ましろの横で来夢がさらりと金髪を靡かせながら愚痴を溢した。
『ましろが学校に行くのは反対だなぁ。僕をこんなところに閉じ込めて持ち歩かないといけないって……』
「ペットがOKな学校ってないから仕方ないね」
ましろが背中に背負った通学鞄の中からラプスの声が聞こえる。
「一応持ち歩くことにしたけど、学校で物語が顕現することってあるのかなぁ」
『学校じゃなくても帰り道にとか、あるかもしれないだろう?』
重いんだけど、と一言付け加えてましろはため息を吐く。
「ましろさん、朝からため息ばかりじゃダメですよ!もっと明るく元気に振る舞いましょう」
「林檎……」
「ほら。キャンディをどうぞ」
「ありがとう!」
林檎に塩キャラメル味の飴玉を貰い、ましろはすぐさま口に含む。
「学校じゃあ自分の好きなタイミングでお菓子が食べれないのも難点だよ」
口をもごもごさせながら不満を言うましろ。
「まあまあ。休憩時間はこまめにあるし、こまめにお菓子が食べられるだろ?」
『ましろったら教科書机の引き出しの中に置きっぱなしで、鞄の中身はお菓子だらけなんだけど』
「キャンディもいいけど、最近駄菓子にもハマってて」
「そういう問題じゃありませんわよ」
◇◇◇
「……こんにちは。あれ?すみれちゃん……」
放課後。ましろがオカルト研究会にあてがわれた教室を訪れると、諸星すみれと杉裏聡が教室の隅の席に向かい合わせで静かに座っているところを目撃した。
なにやらA4サイズほどの白い紙に複数の文字や数字を書いた用紙を机の上に広げている。その用紙の上で、すみれはアメジスト色のガラス玉の振り子を垂らしていた。
「貴方の好きな人は……もーー、……まさか。貴方、望月先輩のことが好きなの?!」
「ななななんでそうなるんだい!?」
杉裏聡は席を立ってバンッと机を叩いた。
「確かに望月先輩は金髪で綺麗な顔立ちで可愛いけど……、瓶底メガネの貴方には不釣り合いよ」
「瓶底メガネは関係ないだろう!?」
騒いでる2人に、ましろはそっと近付いて声をかける。
「ーー2人とも、何をしてるの?」
「ましろ先輩!?」「月影先輩!?」
ゴホンと咳払いし、杉裏聡がメガネをくいっと上げて説明する。
「この女が「キューピッドさん」をやりたいっていうから、協力していただけです」
「ああ……、こっくりさんの別バージョンだっけ」
「そう。それです!でも全然デタラメで当たらないです!」
「デタラメなんて失礼な……!貴方の好きな人は望月先輩で合っているはずだわ……!」
「ちーがーうー!!」
「ふふ……。本当だったら来夢、どうするんだろう?」
まるで他人事のようにましろは微笑み、手を顎に当てて不敵な笑みを溢す。
「……ま、ましろ先輩!!」
「なんだい、すみれちゃん」
「ま、ましろ先輩をその……、占ってみたいんですけど……、ダメ、ですか……?」
視線は手元に、もじもじとしながら諸星すみれはましろにお願いした。
「……うーん。前にも言ったけど、こういうの、あまり興味がないんだよね」
「うう……」
「でも、折角だし付き合おうか」
「!!あ、ありがとうございます!!」
すみれの表情がパッと明るくなり、ましろを見上げる。ましろは聡が座っていた椅子を引いて座った。
「ボクは座るだけでいいの?」
「はいっ!あとはあたしがやるので、見守っててくれれば……!」
すみれは意気込んで紙の上に再び振り子を垂らす。
もし、先輩に好きな人がいたらどうしよう。あたし以外の人だったらどうしよう。
そんな不安が残るまま、すみれは震えた声で問いかけた。
「キューピッドさん、キューピッドさん……。月影ましろ先輩の好きな人は誰かしら……?」
すると、直立不動だった振り子がゆらゆらと揺れ始める。
「……!?」
ましろは小さく息を呑み、すみれの様子を伺った。すみれは振り子の揺れに意識を集中させている。振り子は紙の上を移動し、文字を伝えた。
「……い……な……い……!」
すみれの表情が安堵に包まれると同時に、ましろは眉を顰めた。
「今の……、風で揺られた……、とかじゃないよね?」
「ええ!キューピッドさんのお導きです!」
「こんなのデタラメだって!さっきも自分で動かしていたに違いありません!」
「メガネ……。貴方、オカルト研究会のくせにやけに現実的よね……。違うって言ってるでしょ」
「あはは……。あの、僕、用事を思い出したから失礼するよ」
ましろは側に置いていた鞄を持ち上げ、すみれと聡に背を向ける。
「あっ……、ま、ましろ先輩……!!」
「また来るよ。明日かどうかはわからないけど」
◇◇◇
「ーー今の、どう思うラプス?何か気配を感じた?」
『ああ。微かだけど物語の気配を感じたよ』
人気のない屋上で、ラプスがましろの鞄の中から顔を出す。
「うーん。狩るにしても、姿が見えない。これは今のままじゃどうしようもないし……。困ったなぁ……」
『全く。ましろはすぐ物語が領域展開する前に狩りたがるんだから。今回は暫く流して成長してから狩る方向でいいと思うけど』
「やりたくないけど、そうなっちゃうか……」
◇◇◇
「ーーはい。ではキューピッドさんについてご説明いたしますわ」
アーバン・レジェンドの食堂。食後のガトーショコラをみんなで食べながら、来夢の説明を聞く。
「もともとはコックリさんから派生したもので、そのやり方はコックリさんとそっくりなものから全く別のものまで複数存在していますの」
来夢は白い紙にひらがなと数字が書かれた紙と、ハートが描かれた紙を用意している。
「コックリさんに似ているものは、白い紙にひらがな五十音と0から9までの数字、そしてハートが描かれた紙を用意し、部屋の窓を開けて紙の上の10円玉に指を置き「キューピッドさん、キューピッドさん、おいでください」と唱えてキューピッドさんを呼び出すと、キューピッドさんが10円玉を動かし、様々な質問に答えてくれるというものですわ。但し、本人が目の前にいないと質問には答えてくれませんの」
「なるほど……。すみれちゃんはキューピッドさんを更にアレンジしたもので占っているんだね」
ガトーショコラを一口食べて、ましろは占われた時のことを思い出す。
「好きな人を当てる占いかあ……。僕ならお断りするなぁ。好きな人って他人にあれこれ言うようなものじゃないし」
「?」
鵜久森がかちゃりとフォークを置いてチラリと綺羅々を見る。綺羅々は何のことか分からず、首を傾げた。
『まずその「キューピッドさん」が顕現するまで、噂を成長させないといけなくなるかもしれない』
「それって、すみれちゃんに占いをやれってこと?」
『そうなるね』
「恋占いなら、女子にはすぐに流行りそうな気がしますけど」
林檎がジュースのストローを摘みながら言う。
「それでは、私たちみんなで諸星さんの占いを広めてあげれば良いのではなくって?」
「うーん。僕としては面倒事になる前に、今すぐ狩りたいんだけど……」
「それは無理なのはわかっているでしょうに」
「だよねー……。とほほ」




