第9話
私はクーに連れられて、第7国にある月の女神ルーナの神殿に来ていた。
その神殿には、女神ルーナを描いたとされる絵の中で、もっとも有名だと言う絵が飾られているそうで、クーがどうしてもその絵を私に見せたかったらしい。
長い参道を抜け、神殿内も結構歩いて、とうとうその絵の飾られている部屋まで辿り着いた。
「お母さん・・・?」
事前に雰囲気は聞いていたが、実際に眼にしたルーナの絵は、私の母そのものだった。
あまりに似すぎた・・・いや、似ているどころか、母本人を描いたのではないかという絵を前にして、少し気持ち悪くも感じる。
知らずに、クーの手を掴む・・・
「リア姉?」
「もう少し近づいてよく見たいわ・・・」
「うん、行こう。 足元に気を付けてね・・・」
懐かしさと共に、言い知れない恐怖というのか、嫌悪感のようなものを感じているのに、近づかずにはいられない。
お祈りをする獣人たちを躱しながら、柵で仕切られた最前列を目指して進む。
美しい金髪、青い瞳、白い肌、大きな胸、見れば見るほど母そのものだ。 着ている衣服が青いのも、母が青い着物を好んで着ていたのを彷彿とさせる・・・
柵の前に到着した時、なにか風のようなものが通り抜けて行った。
その風(?)で、私の被っていたフードがずり落ちてしまった。
「うわ、何今の? どこから吹いて来たのよ・・・クー大丈夫だった?」
私は、急いでフードを被りなおそうとしながらも、クーに話しかける。
しかし、クーからの返答は無かった。
「クー? どうかした?」
クーを見ると、クーは時間が止まってしまったかのように微動だにしない。
それどころか、周りに多数いる獣人たちもピクリとも動かない。
「なによこれ? なんなの一体!?」
私は、ルーナの絵があった場所に目を移す。
ルーナの絵があった場所には、ぼんやりとしているが、青い衣を纏った白髪で痩身の人(?)が立っていた。
いつのまにか周囲は、真っ黒なのか、真っ白なのか・・・とにかく何も認識できないようになった感じだ。 握っていたはずのクーの手の感触もない。
唯一色のある存在は、目の前にいる白髪の人だけだ。
「ようやく声が届きましたね・・・」
白髪の人が言ったのか・・・頭に直接女性の声が響いた。
「誰よアナタ・・・私のクーをどこにやったの!?」
「ワタクシの事が分からないのかしら?」
目の前にいる白髪の人の姿が、段々と鮮明になって来る。
その顔は、先ほどまで見ていたルーナの絵にそっくりだった。 ただ、ところどころに違いがある。
髪は金色ではなく白く、瞳は青ではなく赤い、そして、豊満だった胸は、大分コンパクトになっている・・・って、これは母というよりむしろ・・・
「・・・私なの!?」
「・・・・・」
「ちょっと・・・何か言いなさいよ。」
「・・・何を言っているのですか? ワタクシとお前では胸の大きさがこんなにも違うではありませんか? 無礼にも程がありましてよ。」
「なっ・・・・!!!」
「お前は絶壁、ワタクシには明らかな膨らみがありますでしょう? 天と地ほど違うではありませんか。」
「た・・・確かに、小さいけれど・・・膨らみはあると言えばあるわね・・・」
「ワタクシは、人間たちから慈愛の女神と呼ばれていましてよ? この慈愛に満ちた胸の膨らみ・・・お前と比べるべくもないでしょう。 弁えなさい。」
「うっ・・・確かに・・・僅かとはいえ、ゼロと1では全く話が違うけど・・・って えっ? ちょっと待って・・・慈愛の女神ですって!? あなたが、月の女神ルーナだって言うの!?」
「そのとおりですわ。 ワタクシが女神ルーナですのよ。 ワタクシの事は『あなた』などではなく『ルーナさま』とお呼びなさい。」
「え!? サギじゃないのよ!?」
「は!? 何を詐欺だとおっしゃるのかしら? お前は・・・」
「だって・・・絵だとルーナは金髪で、青い目で・・・それに・・・胸がめちゃめちゃ大きいじゃないのよ!?」
「・・・・・」
「あなた・・・絵師を脅して、胸を大きく描かせたのね?」
「そんな事ワタクシは知らないわ。 絵だってワタクシを直接見て描いたものである訳がないでしょう?」
「だって、顔とかはソックリじゃないのよ!?」
「知らないわ。 顔が似ていると言うのなら、美人を描こうとしたらそうなったとか、ワタクシの血を分け与えた人間の子孫をモデルにして描いたのではなくて?」
「血を分け与えた・・・ですって!? ルーナと人間の間に子供がいたと言うの?」
「ええ、3,000年前ならワタクシ以外にも、人間との間に子を成した神は沢山いるのよ。 無知なお前でも知っている子はいるのではなくて?」
「・・・いや・・・確かに、そう嘯いている連中はいると言えばいるけど・・・」
「ほらね。」
「でも・・・そんなのは物語の中だけの話・・・でしょう?」
「現代に神の血を引いている者がどれだけ残っているのかは、ワタクシも存じていませんが、神の血を引く者は確かに存在しますのよ? もっとも、薄まりすぎて神の力の一端でも行使できる者はほとんどいないのでしょうけど。」
「そんな・・・バカな話が・・・物語の中だけのことじゃあないって言うの・・・?」
「現にお前もその1人ではありませんか。 ワタクシの血を引く人間よ。」
「なん・・・ですって?」
「お前のその姿、類まれな才能・・・ただの人間な訳が無いではありませんか。」
「・・・そんな・・・ことって・・・」
「あら、お前に合わせてバカな話をしている内に、もう時間がありませんわね。 ですが、お前とのパスは開きましたので、この神殿でなくともまたワタクシと会えますことよ。 感謝なさい。 今回は不問といたしますが、次からはワタクシの事は『ルーナさま』と呼ぶように・・・それでは、しばしのお別れです。 お前の時間にお戻りなさい。」
「ちょ・・・ちょっと待ってよ! 私があなたの血を引いているですって!? それじゃあ・・・」
「・・・ア姉・・・リア姉ってば、どうしたの? 早くフード被ってよ。 リア姉?」
「・・・え? あれ? 私・・・?」
「大丈夫ですか? 早くフード被ってください。」
「え? ああ・・・うん。」
「リア姉、髪の毛もなんか白くなっているよ?」
「え? そうなの? ホントだ・・・どうしちゃったんだろう? とりあえず、フード被ればいいか。」
「うん。 今ここで魔法は使わない方が良いと思うケド・・・」
「私、どの位ボーっとしてたの?」
「なんか絵の前にいったら、風が吹いて・・・リア姉のフードが外れて・・・そしたら髪が白くなっていてね? でも、声を掛けてから、ホンの数秒だったよ? 反応がなかったのは・・・」
「そう・・・」
「具合悪いの? 絵も見られたことだし、早く戻ろうっか?」
「大丈夫よクー。 具合悪いってことはないから・・・でも早くここから出るのは賛成だわ。」
「そう? じゃあ、行こう。」
「そうだね。 帰りにゲオルグにお土産買って行こうね。」
「はい。 あの・・・私・・・ルーナさまの杖を買いたいです。」
「え!? アレを?」
「ダメですか? 子供っぽいって思いますか?」
「ううん。 そんなことはないけど・・・今買い逃したら買えないかもだから、クーが欲しいなら買った方が良いんじゃない?」
「そう・・・ですよね。 うん。 やっぱり買います。」
「そうしなさい。 後悔先に立たずって言うしね。」
「?」
「ああ、私の国のことわざよ。」
「へぇ~。」
帰りの露店街では、クーは木の杖以外にもアクセサリーやらルーナグッズを色々買い込んでいた。
クーのルーナに対する信仰心は、思いのほか強いようだった。
本人(?)があんなだと知ったら・・・クーやその他の獣人たちはどう思うんだろう?
私は、ゲオルグの土産用に食べられる物をいくつか購入するが、どうも自分では食べる気がしなかった。
「色調変更っ!」
「リア姉・・・やっぱりあんまり青くなっていないよ?」
ゲオルグと合流した後、私は馬車の中で髪色を変える魔法を自分の髪に使用して見たが、私の髪の色は、何度やっても今までのような青色にはならなかった。
青と白の中間・・・水色みたいな色にしかならない。
金色なども試してみたが、いずれも想定していた色と白との中間色くらいにしか変えることができなかった。
クーにお願いして、クーの髪の色も変えてみたが、クーには正常に作用するので、魔法ではなく、私の方に何か問題が生じたのだろう。
ゲオルグは、私の髪が本当は白いことを知らなかったので、結構驚いていたようだ。
これは・・・まさか、あの「ルーナさま(仮)」の所為なのか? 確かパスを開いたとかなんとか言っていたが・・・
まあ、とりあえずは水色でもいいか。
中央大陸には銀髪もいるし、白髪もいない訳ではない。 この際だから、いっそ白髪で行こうかとも思ったが、しばらくはコレで行くことにした。
ただ、そう遠くない内に、自分の髪にはこの魔法が効かなくなるような予感はした。
しかし、ルーナさま(仮)め・・・夢・・・ではないわよね。 色々と弊害が出ているし・・・本当に女神さまだったのか?
あのルーナさま(仮)の姿が、本物の女神ルーナの姿だったとしたら・・・私は、同じ血を持っていた母よりも、ルーナに似てしまったということか?
だとしたら・・・この胸は、ルーナの血の所為だという事で良いのだろうか・・・もしそうなら・・・許せん!!
そして・・・女神の血を引いている私は、神の血の分だけ人としての部分が欠けているのだろうか?
「ねぇ、リア姉・・・なんかルーナさまの神殿に行ってから、リア姉が前よりももっと神々しく見えるの・・・」
頬を赤くしたクーが、私をうるんだ瞳で見つめながら言った。
ま、まあ・・・クーが、私の事を以前にも増して慕ってくれるようになったみたいだから、許してやらないでもないかな・・・ルーナさま(仮)・・・
「お願いリア姉・・・私のお願いきいてほしいの・・・」
「なに? クーのお願いなら何でも聞いてあげるわよ?」
「ホントに!? じゃあ、リア姉の杖の先にコレを付けて欲しいの。」
そう言ったクーは、神殿の土産物屋で購入したと思われる三日月型のアクセサリー(割と大きい)を差し出す。
私の背筋に悪寒が走った。
「クー、ごめんなさい。 それは無理だわ。」
「えっ? 何で~!? 何でも聞いてくれるって言ったじゃない~!!」
「本当にそれは無理だわ。 ごめんなさい。」
「え~? リア姉~お願いぃ~~!!」
「マジで無理だから・・・」
そんなやり取りが、しばらく続いた・・・
いつもは聞き分けの良いクーが、これほどまでに食い下がるとは・・・
獣人を狂気に誘う月の魔力・・・恐るべしだ。




