第9話
ホームに帰ると、真新しい冒険用の装備を纏った猫田さんがいた。
「ミオさん、クロエさ・・・もとい、ミオ、クロエお疲れ様です。」
お帰りなさいじゃあないんだね、猫田さん的には・・・。さん付けを止めるように言われた猫田さんは、私達を呼び捨てで言い直す。まだ慣れない様子だけど、すぐに慣れるよ。がんばれ猫田さん。
「お~ネコタ。 またソレ着ているんだナ。」
結局、私以外はみんな『猫田さん』ではなく『猫田』で定着したようだ。
「ああ、今日はクロエさ・・・クロエが来るって聞いたからね。 どうかな? 中々動きやすくて良いものが買えたと思っているんだが。」
全体的に黒っぽくシュッとした戦闘服だ。腕部と脛部分に金属製のパーツが付いているが、胴体部分は鎧がない。
「良くお似合いですよ。 でも一番肝心な心臓とかの守りが心もとないんですけど、良いのですか?」
「全体的な重量を考慮した結果こうなったんだ。 胴回りに鎧を付けると重さがね。 あと動きにくく感じたものでね。」
「猫田さんの武器はスピードですものね。」
「おぅ、クロエ戻ったか!! 猫田の獲物は出来たのか!?」
「お帰りなさいクローエ。 ミオもお使いご苦労様。」
グスタフとシンシアも玄関に出てきた。
「うん。 結構良いものが打てたと思う。」
皆で居間に集まり、早速成果をテーブルの上に広げる。
「槍はシンプルな素槍にしたよ。 とりあえずの名前は『丙の九式』。 柄の部分はかなり短めに見えると思うど、柄はこの追加パーツを付けることで、長さを変えられるんだ。 野戦ではロングスピアに、ダンジョンとか狭い場所ではショートスピアと使い分け可能っていうの面白いかと思って。」
「ほう。 それは面白いね。使い分ける技術も必要になるな。」
「猫田さんなら大丈夫かと思います。」
「穂先は結構短いね。」
「ええ。 あまり長いと刺した時抜けなくなることありますからね。」
「俺は、名前がとても気になるんだが・・・クロエのネーミングセンスって・・・」
「まぁ、猫田が気にしないなら、それで良いけどね。」
グスタフとシンシアは、銘が気に入らないのかな?
私のネーミングには自分ルールがある。刀なら『甲』、短刀には『乙』、槍などの長物は『丙』、それ以外は『丁』だ。〇〇式は、完成した順番の番号だ。
自分の使うものには、さらに名前を付けることもある。例えば、私自身が使っている短刀『乙の七式』には『閃電』という名前を付けている。
でも、まぁ猫田さんが乗り気に見えるのは良かった・・・猫田さんならきっと使いこなしてくれるはずだよね。
「次は、ショートソードです。 と言っても長いショートソードです。」
「なにを言っているんだお前は?」
「いや、一般的なものより刃渡りが長いってことだよグスタフ。 丁度私の刀と同じくらいの刃渡りがあります。 こっちは『丁の弐式』です。」
「これは分かりやすく良さげな剣だな。 うん。気に入りました。 もちろん、丙九式も自分は気に入っているよ。」
猫田さんは、丁の弐式を持ち軽く振ってみている。
「よし、明日ギルドで試し切りだな。」
「ただ、鞘までは用意できなかったから皮ベルト巻きだけど。 後でちゃんとした鞘を作ってもらいましょう。」
「う、うむ。 それは、報酬が入ってからだな。」
いつになく言い淀む猫田さん。
そうか、猫田さんお金がないどころか、今は借金になっているんだっけ・・・。
「あとはコレです。」
と、スローイングナイフ5本が刺してあるベルト型ホルスターを机の上に置いた。
「猫田さんならうまく使えると思って。」
「ありがとうクロエ、きっと役立てるよ。」
これで、猫田さん用に造った武器の披露は終わった。
「グスタフ、シンシアも剣を私に預けてよ、明日研いでおくから。 ミオさんの手甲とかも少し調整しましょう。」
「おう、助かる。 やはり本職に研いでもらうと違うからな。」
「ありがとうクロエ。 ぜひお願いするわ。 私は剣の手入れは下手だから助かるわ。」
「お願いするんだナ。」
その後、皆で食事をして(もちろんお酒付き)からそれぞれの部屋に戻っていく。
「猫田さん! ちょっと待ってください!」
私は、猫田さんだけを呼び止める。ほかの皆が自室のある2階に登ったのを確認して、例の槍を猫田さんに差し出す。
「猫田さん。この槍はやはり普通ではないです。 そもそも素材が分かりませんし、形状も変にハデ派手しく実用性からかけ離れています。 そしてこの埋め込まれている石。」
「うむ。宝石のようなものが埋め込んであるね。 そして確かにハデな形をしているな。 丙の九式を見た後だからなおさらそう感じる。」
「はい。 まるで絵物語の主人公が持つような格好重視の形です。 考えられそうなのは、何かの儀礼用とか? 宝石のことも踏まえると、魔剣とかの類かもしれません。」
魔剣の類は、意匠に凝ったものが多い。
命を預ける武器に凝ることは普通の戦士にもよくある話だ。でも多くは鞘や鍔や柄の部分だろう。刀身に模様を入れたり、文字を刻んだりもあるけどね。
でも、実際の刃が付いている部分の形状をイジることは、まずないのではないか? 変に凹凸があると、鞘の抜き差しから影響してしまう。
しかし魔剣は違う。魔剣は「斬る」ことを目的としていないものもあるが、斬る目的のものでも不要なでっぱりがあったりとか変なデザインのものが多いのだ。特に古いものは、今では逆に斬新に感じられるデザインのものが多い。
現在では魔剣を打てる者が殆どいないし、その魔剣自体昔の物よりも格段に効力は落ちているのだが、それでも稀に造られる魔剣は、金持ちが旗印として造らせるようなものなので、普通の剣よりは格好重視の派手なデザインになる傾向はある。宝石を散りばめたり、本当に斬れるの?といった形状をしていたりする。
「現にこの槍の宝石からは、闇の魔力が感じられます。」
「なんと!それは凄いのでは? 魔剣・・いや、魔槍か。 それを使わない手はないのではないか?」
「はい。でも変なんです。 私が最初に拾った時には魔力は感じませんでした。 でも、三日前に触ったときには微弱な闇の魔力を感じて・・・さらに、今は三日前より少し魔力が上がっていると感じます。」
「つまり・・・この槍が自力で魔力を回復している??」
「はい。その可能性はあると思います。 通常魔剣は使い切りなんですが、古い時代のものには、魔力を再チャージできるものがあるそうです。 魔力チャージは魔法士なんかがするんですけど、これは微量ながらも自己回復しているように思えます。 そんな魔剣があるとするなら・・・。 12勇者の・・・しかも、この槍だと『闇の12勇者』の使用していた魔導帝国の超兵器・・・って、さすがにそれは考えすぎだと思いますが、とにかく普通ではないので、やっぱり使うのは止しておいた方がいいと思います。」
これも例の昔話に出て来ることだが、魔導帝国とオーディア神の勢力の戦いの最終局面において、オーディアは、オーディア側についた人間たちから12人を選出し、神の加護と光の武器を与えた。これが『光の12勇者』だ。
ちなみに、中央大陸の12国はこの光の勇者たちの名前が付けられている。
対する魔導帝国は、自らが使役する人間たちに強化改造を施した上、秩序神と対極に位置する混沌神の力を借りて造った12の魔導兵器を与え、光の12勇者に対抗したって話。もし、闇の12勇者が持っていた魔導兵器が見つかったなんてことになれば、大変なことになる。
「了解したよクロエ。 どの道このままでは使えないしね。 お守りとでも思っておくよ。」
「はい、そうして下さい。 それでは我々も寝るとしましょう。」
「そうだね。」
私と猫田さんは、居間を出て2階に向かう階段を上がる。
(あれ? そう言えば、2階はグスタフ、シンシア、ミオさん、そして私の部屋しか無いのでは? 猫田さんは、1階の空きスペースで寝ていたんじゃなかったけ?)
「あれ? 猫田さんの部屋は・・・」
私が言いかけたところで、猫田さんは私の部屋に入ろうとしている。
「ね、猫田さん!? ダメですよ! パーティ内恋愛は・・・」
そこまで言うか言わないかというタイミングで、向かいの部屋からミオが顔を出す。
「クロエはこっちだナ。」
ミオが自分の部屋に手招きをしている。
「ミオ、クロエ。 それでは失礼するよ。 良い眠りを。」
ミオと、ポカんとしている私にそう声を掛けて、猫田さんは元私の部屋に消えていった。
元私の部屋は、他の3人の部屋に比べるととても狭い。逆に3人の部屋は、元々は2人用であったものらしく、1人で使う個室としてはかなり広い。
元々は物置だったところだが、私はまだ荷物が少なく、独自で鍛冶工房も借りているので、部屋には若干の着替えと少々の私物。あとはベッドくらいしかない。
だからって、勝手に猫田さんの部屋にされているとはちょっとショック。せめて、先に言っておいてよ。
ベッドはそのまま猫田さんの物になったみたいだが、他の荷物はミオの部屋に移してあった。
ミオの部屋は、可愛いもので溢れている。ヌイグルミとか小物とか。服はそれほど多くないが、ミオは片づけられない人なので床一面に服やらが散らばっている。
その部屋の一角に、私の少ない荷物が積んであった。
「えっと・・・私、どこで寝れば良いのでしょう?」
「クロエこっちだナ。」
ミオには大き過ぎるベッドの上で、いつも一緒に寝ているのだと思われる子供サイズくらいある大きな黒ネコのヌイグルミを抱えて寝転びつつ、私に手招きしている。
「このベッドは大きいからミオとクロエの2人位余裕だナ。」
(う~ん。 ミオさんが彼氏を作らないのって、実は女性が好きとか・・・? いやいや、まさかまさか・・・でも、姉妹や女友達で一緒に寝るってことはあるよね? あ、でも私、鍔姫姉さんと一緒に寝た記憶がないなぁ・・・別に仲は悪くなかったはずだけど? 姉さんは人を寄せ付けない雰囲気はあったけど、私は姉さんのこと尊敬していたし・・・。)色んなことが頭の中を駆け巡るが・・・やはり、最近はミオといると鍔姫のことを思い出すことが多くなっているかも。
(ミオさんと一緒に寝るのはイヤじゃないし、ま、いっか。)
ミオの隣に横になる。すぐにミオは私の頭を抱きしめてきた。痛くはない。(ミオさん、あったかいなぁ・・・)体温の高いミオにギュっとされると、途端に眠気に襲ってきた。
「クーニャ・・・。」
ミオは、私の知らない名前(?)を呟いた気がしたが、私は眠気に逆らえず眠りに落ちた。




