第8話
私は、10日間もの図書館通いを終え、今日の疲れをいやすために公衆浴場に来た。
湯船に浸かると、再び調べ物が終わった安堵感と慣れないことを続けて来た疲労感に襲われる。 ちょっと目を閉じただけのつもりだったが、少し眠ってしまったらしい。
湯船を上がり、ゆっくりと頭と体を洗ってから再度湯船に入る。 今度は眠らなかったけど、ゆったり浸かってからお風呂を上がり、服を着る前に涼んでみたりしている間に、辺りはすっかり暗くなっていた。
ちょっと、ゆっくりしすぎてしまったのか? それとも思っていたよりも眠ってしまっていたのか・・・数日前にグスタフに釘を刺されたばかりなのに、こんなに暗くなるなんて・・・
今は、グスタフたちがアローヘッド市にいないのが救いだ。
だけど、なるはやでホームに戻ろうと、急ぎ足で歩く。
真っ暗ではないまでも、暗い道を歩いている最中、ほぼ同時に私の左右を足早に追い越していく男性がいた。
その2人は、私を追い抜いた後に私の前を塞ぐように移動してきたかと思うと、同時に振り向いた。
私は思わず足を止め、立ち止まってしまった。
立ちふさがった男性は、やんちゃな格好をした20代位の人族と猫種獣人族だった。
私は、自然に後ずさってしまう・・・すると、ドンっと何かにぶつかった。
後ろにも人がいる。3人だ。 いつの間にか私は、5人の男に囲まれてしまった。
(まさか誘拐犯!? やはりアローヘッド市にも既に魔の手は伸びてきていたのか!?)
私は、彼らの右腕に視線を送るが、袖に隠れているため例の入れ墨があるかどうかは分からない。
今、私の持っている武器は、パッと見には分からないように、ブーツに括り付けている短刀が1本のみだ。
いくら相手が弱かったとしても、私では5人を相手に出来るはずもない・・・
どうしよう どうしよう どうしよう・・・グスタフとの約束を破ってしまった事へのバツなのか!? 誘拐!? ああ、どうしよう・・・考えがグルグル回って纏まらない。
そんな時、私の後ろにいた男が声を発した。
「ごめんネ~、驚かせちゃって。 危害を加える気は全然ないから警戒しないで。 ちょっとだけ話をしたくってさ~。」
えらく軽薄な声で、軽薄な言葉が聞こえた。
「はい?」
私が振り返ると、後ろにいた3人は皆、開いた両手を前にして武器等を持っていないことをアピールしている。
もう1度振り返ると、私を追い抜いた2人も同じポーズをしていた。
私は、三度振り返り、最初に声を掛けて来た男に向き直る。
「わ・・・私に何かご用ですか?」
私は、最初に声を掛けて来た男に問うた。 もちろん完全に警戒を解いたわけではない。
「いや、実はさ~、コイツ等がどうしてもキミと話したいことがあるってんでさ。 怖がらせちゃってゴメンね~。」
彼は、相も変らぬ軽薄なセリフを吐く。 しかし・・・
(私に話したい事・・・? まさか、現在ウチのパーティに巻き起こっているラブ旋風が、私にも吹いて来たとかか!? うそっ!? マジで? でも、こんな手で声を掛けて来るヤツになんかに、なびく訳がないですけどね!! ま、まあ、話だけは聞いてあげないことはナイですけど。)
「キミは、グスタフさんのところのパーティのメンバーだよね?」
今度は、最初に私を追い抜いた猫獣人が話始めた。 やはり軽薄だ。
「まあ・・・そうですけど・・・」
「あのさぁー・・・ちょっとハズかしいんだけど・・・」
「な・・・何でしょうか・・・?」
焦らされて、私の鼓動も高鳴ってきている。
「キミの所にいる『キュートラ』ちゃんの事なんだけど・・・」
「・・・はい?」
(え? え? えっ? 何だって? きゅ・・・きゅーとら? 何のことだ!? キュートラ? キュート・・・ら? きゅー・・・トラ? ま・・・まさか!! キュートなトラってことでは!? つまり、ミオさんの事を指しているのか!? そうだとしたら・・・なんてダサいネーミングセンスなの!!)
「おい、その呼び方じゃ分からないだろう? 彼女困っているじゃねぇか!」
「あ、悪い悪い・・・俺たちキミのところのミオちゃんのファンなんだけど・・・」
(うげっ・・・!! マジでミオさんの事だった・・・)
このクソダサいネーミングの由来に気付いてしまった自分がちょっとイヤになった。
「・・・それで・・・ミオさんがどうかしましたか?」
「ミオちゃんに彼氏が出来たって本当なのかい?」
「え? そんな事は・・・どうしてそんな話が?」
「いやね・・・最近、急にミオちゃんが女っぽくなったって、ミオちゃん非公認ファンクラブ『キュートランガード』内で話題になっているんだよねー。 キミなら何か知っているんじゃないか・・・ってね。」
(な・・・なんてことだ・・・『キュートラ』も大概だけど、ファンクラブのネーミングが輪をかけてヒドい・・・誰か指摘する人間はいなかったのだろうか?)
「いいえ、私は知りません。 すみませんが、私は帰らないといけないので失礼します。」
「ちょっと、待ってくれよ~。 何か知っているんだろう?」
「通してください。 私は何も知りません。」
人通りはあんまりなかったけど、見ていた人には私が5人のやんちゃな連中に絡まれているように見えたのだろう。
「お前たち何をしている!! 彼女から離れろっ!!」
どこかで聞いたような男性の声が聞こえた。
その声の主が、キュートラの連中をかき分けて、私を連中から守るように立ちふさがった。
「なんだてめぇっ!!」
「お前たちこそ何なんだ! 彼女はボクの友人だ! 用件ならボクも聞くよ!!」
「なんだ、この娘の男か? ちっ! 白けるぜ。」
「おい、こいつは何も知らないって言ってるし、もう行こうぜ。」
などと言いながら、キュートランガードの連中は去って行った。
「レンさん?」
声の主は、図書館司書のレンだった。
「クロエさん、大丈夫でしたか?」
「いえ、絡まれていた・・・とかじゃありませんでしたので。」
「あれ? そうなんですか? 余計な事しちゃいましたか?」
「いいえ、迷惑はしていたので・・・その・・・助けていただいてありがとうございました。」
「そうでしたか・・・それなら良かったです。 無い勇気を振り絞った甲斐はあったようです。」
「レンさんこそ、こんな時間にどうして?」
「ちょっと蔵書の整理をしていたら、いつの間にかこんな時間になっていました。 でも、クロエさんのお役に立てたのなら、サービス残業も無駄って訳じゃなかったですね。」
「あははは・・・本当にありがとうございました。 それではレンさん、今日はこれで失礼します。 このお返しは近いうちに必ず。」
「いえ、家まで送りますよ。 若い女性が1人歩きをして良い時間じゃありません。」
「いいえ・・・いや、やっぱりお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです。」
そうして、なんだかよく分からない状況に巻き込まれた私は、なんだかよく分からないまま、レンさんにホームまで送ってもらう事になった。
今後は、暗くなる前に帰ろうと、固く誓った。




