第7話
私は、数日は工房に籠るつもりだったので、途中で日持ちする食料なんかを買い込んで工房に入った。
「あっ、そう言えばあの槍は・・・っと。」
食料を倉庫にしまった後に、槍を求めて作業台の下を探っていると「ズキン!」と、私の左手に痛みが走った。
「あ痛ぁ~。 この感覚・・・久しぶりだな。 こっちに来てからは全然使っていなかったから。」
独り言を言いながら、左手の反応する方向を見ると、あの槍があった。
「この前は反応がなかったと思うけど・・・。」
常にグローブをしている自分の左手に眼をやり、またしても独り言を言う。
「よくよく見ると、闇の魔力が感じられるなぁ。 あまり強くはないけど・・・自然回復したの? だから最初は反応しなかったのかな? それにコレ、やはり金属素材ではないように思えるけど・・・?」
槍の穂先を拾い上げて、裏返したり横から見たりしながら思ったことを1人クチにする。
「でも重量は結構あるかな?」
一頻眺めた後、布でくるんで収納庫にしまい込む。
「さぁ、とりあえずはショートソードから行きますか。 両刃の剣は短剣以外あまり造ったことないけど、なんとかしましょう!!」
久しぶりの鍛冶なので、テンション高めだ。
近年は、炉の進化により鋳造方式が増えている。その方が同じ規格の武器を速く沢山造れるからだが、私は一本一本鍛造方式で造る。
だけど、私の鍛冶は特別だ。
素材を熱して、叩いて、冷やして・・・って言う鍛造方式は変わらないけど、左手に宿る『神様』の力を使えるからだ。
私の師である叔父から受け継いだのは、名前の『黒』の一字と、左手に宿る当主の証・・・神様の力だ。
黒の字は、初代当主から代々当主が受け継いできた。里の者は、当主以外黒を使った名前は許されない。
神様は、冥府の炎と鍛冶の神『カヅチ』様だと聞かされている。本当かは疑わしいが、仮に本当だったとしても神様そのものではなく、その分体か力の一端ってことだろう。
その神様の力は、様々な恩恵を与えてくれる。一番簡単に分かることは、見た目は変わらないのに左手が岩のように固く、握力が異様に高いことだ。また、熱耐性も高く、熱した鉄を直接持っても平気なくらいだ。
その代わりに欠点もある。常時軽い火傷の痛みのようなものがあるのと、神様に力を借りると寿命が減るってことだ。
最初は、手の甲に黒い炎のような形の痣がある程度だが、力を使用する度に痣は大きくなり、心臓まで達すると死に至る・・・ってことらしい。
他にも色々と長所短所はあるけど、とりあえずはこの辺で。
その力の一端である冥府の炎(?)『業火』を使うことで、素材を熱する時間が飛躍的に短くなる。炉もいらないし、熱した素材をそのまま左手で持つことができ(直接持つことはしないけど)、怪力なので叩いた衝撃でもブレはない。
業火(青黒い炎だ。地獄の業火って赤黒いイメージだったけど、私のは青黒い。)は、私が証を受継いだ時に発現した魔法だから、鍛冶に使っても寿命は減らない(と、思っている。)。熱耐性や怪力は、左手の特性なので使っても問題ないのだ。
カァン!カァン!!・・・・・・・・。
「よしよし。 こんな感じかな?」
初めて打ったわりには、上出来だろう。試し打ちだけど、刀造りのショートソードだ。
「これなら次はもっと良いのが打てそうだね。」
ほんの数時間で、中々良い出来の試作品が出来たので、気を良くした私は、早速真打の作成に取り掛かる。
「本当なら『玉鋼』があればいいんだけど、中央大陸では手に入らないのが残念だな。」
私の故郷では、刀の素材として玉鋼と呼ばれる素材が良く使われる。玉鋼を作るには結構な規模の炉に加え、炉を扱うための人数が必要なので私1人で作るのは無理だ。
しかし、私の左手の業火を使うことで、鉄鉱石などの素材を直接加工して、いい感じの鋼を造ることが可能だ。失敗することもあるけど・・・
多分だけど、鍛冶の神でもあるカヅチさまの力なのか、過去の当主たちの記憶というか経験が蓄積されているおかげなのではないかと思う。
結局、満足の行くショートソードが完成するまでには、もの凄い時間と素材と魔力を消費してしまった。
そして、槍が完成するまでには数日経っていた。
精魂尽きて、またも工房の床に倒れこんでいた私は、様子を見に来てくれたミオに起こされるまで、死んだように眠っていた。
「クロエ~っ! お姉ちゃんが来たんだナ~。」
何度か声を掛けるが返事がなかったので、ミオは工房の入り口の扉を押してみる。「ギイっ」と音がして扉は空いた。
「クロエ~? いないのかナ?」
ミオは首から上だけを室内に突っ込んで見回す。すぐに床に突っ伏しているクロエの足を発見した。
と、同時に・・・!!
「ウギャあああああああああああっ!! くっっっさっ!! 汗くっさ!!」
鼻の良い獣人の特性が災いし、ミオは鼻を押さえて外に転げ出る。
ハンカチで鼻を押さえながら、恐る恐る再度工房をのぞき込む。クロエは先ほどと全く同じ体勢で倒れたままだ。
「死んでいる訳じゃないよナ? ・・・クっ!鼻を押さえていても眼に来るナ!!」
眼に涙を浮かべながら、頑張ってクロエに声を掛け続ける。
「クロエ~! クロエッ!! 起きるのナ~!!」
しばらく声を掛けていると、クロエの体がビクっと反応した。
クロエの反応を見たミオは一旦外に出て、深呼吸で新鮮な空気を補充する。
「良かった・・・生きていたナぁ・・・。 でも、ミオの勇気を持ってしてもこれ以上中に踏み込めないナ・・・。」
三度入り口を開けてクロエに声を掛け続けた結果、ようやくクロエは起き上がった。
「んん・・・あれ? ミオさん? もう朝ですか?」
「クロエ。 クロエが工房に籠ってもう三日だナ。」
「三日~?」
「クロエ。 まずは風呂だナ。 オマエ凄い汗くさいんだナ。」
ハンカチで鼻を押さえ、涙目の顔だけ出してこちらを見ているミオが見えた。
私は、顔が真っ赤になるのを感じながら、自分の体のあちこちをクンクンしてみた。
「確かに、少し汗くさいかな? でもミオさん大げさすぎじゃないですか?」
「いや、臭い。 もっっの凄く臭い。」
(ミオさんが語尾に「ナ」を付けないで話している・・!? これは本当にマズそうだ。)
「フロに行くのナ。とりあえず何かお腹に入れて、着替えるのナ。」
「はい・・・。」
買い置きしていた乾パンをサッと食べたあと、着替えをするまえに体を濡れタオルで拭く。
(うん。 思っていたより汚かったみたいだナ。 煤汚れもだけど、私は若いから代謝が良いんだナ。 うん。若いからナ。)タオルを置き、新しい服に着替えをしながら自分を納得させる。なぜだか、頭の中の私はミオの口調みたいになっていた。
着替えが終わり、外に出るとミオがお饅頭を投げてよこした。
「それも食べておくナ。」
私は、ミオからもらった饅頭をパクつきながら、2人並んでお風呂場へ向かう。
「よく洗うんだナ。」
「はい・・・。」
私は、小さな声で返事を返すのが精一杯だった。




