第6話
兄と別れて『子うさぎ亭』に戻った私は、宿のフロントにいたウサギさんに「明朝に人が訪ねて来るので部屋に通してほしい」旨を伝える。
するとウサギさんから、先ほどまで連れの獣人が、私がいなくなったと大騒ぎをしていたことを伝えられた。
完全に私の所為なので、フロントウサギさんに平謝りした。
私は足音を立てないように、そろりそろりと2階に上がる。
階段から顔を出して、部屋へと続く廊下を見ると・・・ミオが私の部屋の前で膝を抱えて座り込んでいた。
私がのぞき込むとほぼ同時に、ミオの顔が私の方を向く。
ミオの口が私の名を大声で叫びそうだったので、私は大声を出さないように全力でジェスチャーで合図をした。
ミオも気付いてくれたようで、声を上げることは無かった。
そして今、猫田さんの部屋に全員が集合していた。
私の予想では、ミオがあれこれ聞いてくるものだと思っていたが、ミオは全然喋ってくれない。 代わりに、猫田さんが話を始める。
「クロエ・・・どうして勝手に1人で出かけたんだい?」
猫田さんの口調は普段通りだけど、いつもよりトーンが一段低いと感じる。
「すみません。 大通りはまだ明るかったので、大通りだけでも王都の街を見てみたいと思ってしまいました。 すぐに戻るつもりだったので、お2人にはなにも話さずに出かけてしまいました。」
「そうかい。 無事に戻って来たからいいようなものの・・・クロエのような若い娘が夜1人で知らない街を出歩くというのは、褒められたものでは無いと思うが・・・自分の言っていることはおかしいかな?」
「いいえ。 猫田さんの仰ることは当然のことだと思います。 猫田さん、ミオさん、ご心配お掛けして本当に申し訳ありませんでした。」
「過ちを認めてくれたのであればそれでいいよ。 しかし、大通りを少し歩くだけにしては時間がかかったのではないかな?」
「はい。 歩いているうちに、グスタフとシンシアの事(あと、ミオと猫田さんの事)を考えてしまって・・・気が付いたら大通りから外れてしまっていました。」
さすがに、女性が襲われていたところに出くわして、一戦やらかした事は言えない。
「そうか、クロエ・・・分かっていると思うが、ミオは言葉では言い表せない程に狼狽していたんだ、後でミオにこってりと絞られてから、きちんと謝るんだぞ。」
「はい。 ご心配お掛けして申し訳ありませんでした。」
私は、猫田さんとミオに深々と頭を下げる。
「それで・・・こんな時で申し訳ないのですが、その・・・途中で、故郷の知人と出会ったのです。 今日はもう遅いということもありまして・・・その人が、明日の朝にこの宿に尋ねてきてくれる事になりまして・・・少し出発が遅くなってしまうかもしれないんですが・・・」
「故郷の知人か・・・いつまた会えるか分からないし、それでは仕方ないね。 分かったよクロエ。 今日はもう部屋に戻りなさい。」
「はい、ありがとうございます。 猫田さん。」
「ミオ? クロエも反省しているようだし、明日もあるんだから程ほどにね。」
「分かった、ネコタ。」
言いながら猫田さんは、ミオにお湯の入ったポットを持たせる。
お仕置き用・・・? じゃなくって、多分寝る前に体を拭けるようにってことだろう。
私は、再度猫田さんに頭を下げて、猫田さんの部屋を後にする。
自分の部屋の鍵を開けて中に入ると、当然のようにミオも入って来た。
「ご心配お掛けしました。 本当にごめんなさい、ミオさん。」
「・・・・・」
ミオは、まだ口を利いてくれないが、私はそのまま話を続ける。
「着替えますので、少し待っていてください。」
私が装備を外して下着姿になると、肩の辺りにあたたかいタオルが載せられた。
「あ、ミオさんすみません。 すぐに拭きますので。」
そう言ったものの、ミオからの返事はなく、代わりに反対側の肩を手で押さえられ、同時にタオルが動き出す。
ミオが拭いてくれるって事らしい。 私は逆らわずに、ミオの成すがままになる。
拭きながら、時々クンクンされているような感覚がある・・・(嫌だな、また臭いって言われたらどうしよう?)なんて思っていると・・・
「クロエ、お前戦闘してきただろう?」
突然口を開いたミオにそう言われて、私の体が硬直する。
「やっぱりだナ・・・」
「ごめんなさい・・・」
「今日あった事、ちゃんと正直に話しなさい。」
「はい。 お話ししますので、タオル渡していただけますか? すぐに拭いちゃいます。」
「それはミオがやるから、クロエはそのまま大人しくしていなさい。」
「はい。」
ミオに体を拭いてもらい、部屋着を着る。
ベッドにミオと2人並んで腰かけた。
「さあ、話せ。」
「はい。 出かけた理由は、さっきお話しした通りです。 大通りを外れてしまった理由もそうです。」
「うん。」
「で、気が付いたら街灯の無い場所に来てしまっていて・・・急いで戻ろうとしたんですが、女性の悲鳴が聞こえたんです。」
「それで、助けに行ったのかナ?」
「はい。 すると、2人の女性が6人の男に襲われていまして・・・」
「6人もか?」
「はい、それで私よりも先に現場に着いていた1人の剣士が悪党相手に戦っていたんです。 その人は私が到着した時にはすでに2人を倒していました。」
「ふうん。」
「悪党の1人が女性の方に近寄ろうとしていたので、私はその間に入って悪党を止めたんです。 その間に、剣士は残りの3人を片付けていました。」
「1人で5人もか?」
「はい。 それで、女性の無事を確認した後に女性を現場から逃がして・・・私にも現場を去るようにって言ってくれたんですが・・・」
「それで?」
「はい、その剣士と少し話をした時に、その剣士が私の兄だって気が付いたんです。」
「は!? 兄ちゃん?? え? クロエの探している人は『カメの魔女』とか言う姉ちゃんじゃなかったか!?」
「え?『カメの魔女』?」
(ああ、分かった。 本気で言っているのか、ジョークなのか分からないけど・・・)
「いえ、姉かもしれないっていうのは『カメリア』さんで『氷嵐の魔女』ですよ。」
「そうだったかもナ。」
「兄の事は、探していたわけではないんです。 兄は、私の父母と一緒に亡くなったと聞かされていましたので。」
「そうなのか・・・ゾンビ?」
「いえいえ・・・間違いなく生きていて、本人でした。」
「え? 死んじゃったんだろ?」
「いえ、そういう風に聞かされていたんですが、実際は死んでいなかったんです。」
「なんでウソを教えられたんだろうナ?」
「そうですね・・・私はまだ小さかったので、兄が生きていることを伝えると不都合があった・・・とかですかね? もしすると、姉は両親たちを殺した犯人が兄だと思っていたってことも考えられるかもしれません。 だから、私には嘘を教えたのかも・・・」
「明日来る知人って、その兄ちゃんのことかナ?」
「はい、そうです。 でも、兄は犯人ではないと私は思っています。」
「そうか。 でも、万一ってこともあるから、ミオも一緒に会うけどいいナ?」
「そうですね。 ミオさんにも、猫田さんにも会ってもらっても良いんですが、猫田さんは眼のこともあるし、無理かな?」
「そうだナ。 ネコタはダメだナ。 ミオだけで十分だナ。」
「そうですね。」
「よし、じゃあ明日に備えて早く寝よう。」
「はい。そうしましょう。」
珍しく1人部屋だったのに、結局いつも同様にミオと一緒に寝ることになった。
私は眠れそうにないと思っていたが、ミオの温もりに包まれるとすぐに眠ってしまった。




