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鋼と虎  作者: 釘崎バット
第1章 クロエとミオ1

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第5話

 

 私たちは、アローヘッド市の冒険者ギルドに併設されている訓練場に来ていた。

 シンシアの魔法は有効に機能しているようで、私にも猫田さんの目は茶色っぽく見えており、ここまで特段猫田さんが注目されることはなかった。

 眼の周りに光の屈折率を変える魔法をかけて、外部からの見え方を変えているのだそうだ。

 それだと猫田さん側からの見え方も変になりそうだが、猫田さん曰く「問題ない。」とのことだ。さすが魔法だね。

 でも、シンシアが言うには、猫田さんには想定していたよりも光魔法の効き目が悪いとのことだったんだけど。


「それじゃあ、まずは剣から試してみるか?」

 そう言ってグスタフは猫田さんに木剣を投げる。


 クルクルと回転しながら飛んできた木剣を器用に掴んだ猫田さんは、その取り回しを確認するかのように何度か角度を変えて木剣を振ってから言葉を放つ。

「槍じゃなかったのか?」

「へっ! いきなり本命がダメだったら後がないだろう? まずは、無難に剣からにしておきなっ!」

 グスタフは、両手用の木剣を肩にトントンさせて、強者の余裕を出しているっぽい。


「了解した。」

 そう言って、猫田さんは再度剣を数回振って構えを取る。

 猫田さんが構えを取ったその時、何か空気が震えたような、そんな感じがした。


「では、開始だナ!!」

 ミオが戦闘開始を宣言する。


「おらっ! まずは打ってこ・・・!!」

 そう言っている途中で、グスタフはお腹を押さえながら崩れ落ちた。


「ナ!?」

「はぁっ!」

「えっ!?」

 ミオとシンシアと私は、呆気に取られてマヌケな声を上げる。

 向かい合っていたグスタフと猫田さんとの距離は5メートルほどだった。

 それなのに、膝をついたグスタフの5メートルほど後方に猫田さんはいた。


「こんな感じだろうか?」

 猫田さんは、なおも剣を振って感触を確かめているようだった。

 グスタフは、決して弱くない。というか結構強い。重い両手剣を軽々と操り、速く正確で、なおかつ重い剣戟を放つ。ましてや、今は木剣を使っているのだ。重さのハンデなどはない。


「おいおい、ちょっと様子見がすぎたか?」

 お腹をさすりつつ体を起こしながら、グスタフは言う。

「中々の速さじゃねぇかよ。」

 余裕を見せたいようだが、グスタフの顔には隠しきれない動揺が見える。


「ウソでしょう? あのグスタフが全然反応できていなかったわ。」

「ネコタ・・・何をしたのナ? ミオも良く見てなかったのナ。」

 シンシアもミオもかなり驚いた様子だ。

 私なんか言葉も出ない。


 その後、剣に続いて両手剣、槍と続けたが、猫田さんはどの武器の扱いにも長けていた。

 とにかく足が速いなんて次元ではない。分かった上でよく見ていれば瞬間移動している訳ではないことは分かったが、本当に目にも止まらずってレベルだ。

 魔法を使っているのかとも思ったが、シンシアも魔力の流れは感知できなかったそうだ。

 足を止めての打ち合いもやってみたが、眼の良さと、武器を操る速さと正確さが際立つ。打ち込みの重さだけはグスタフに軍配が上がるか?

 血が滾ったのか、鼻息も荒くミオが格闘戦を挑むが、格闘戦においても猫田さんは強かった。

 ついでに、射撃場で弓も試したが、これも凄い。弓の名手であるシンシアも驚いていた。


 私は、いつも猫田さんが最初に構えを取るときに感じる、空気の震えのようなものが気になっていたが、気配に敏感なミオでさえ感じていないようだったため、気のせいだったのかも。



「おい、猫田っ! お前スゲぇな!! 驚いたぜ!! まぁ、俺は本気を出しちゃぁいなかったんだがよ!」

 訓練施設を後にし、ギルドで猫田さんの冒険者登録と、星夜の灯火への加入手続きを済ませた後、例によって月の海亭に来ていた。

 グスタフは、強力な新人の加入を喜んでいるようだが、最後のは負け惜しみだよね。


「今日は、期待の新人猫田の加入祝いだ!! 大いに飲もうぜ!!」

「あんたは、大いに飲まない日があるの?」

「ナ~。 強いやつが仲間になってくれるのは心強いケド、ミオはとってもくやしいナ。」

 3人とも、猫田さんの強さを見て不審点よりも戦力増強の方向に頭が向かってしまっているらしい。

 金の猫目に記憶喪失、それにあの戦闘技術・・・むしろ、怪しさレベルはさらに上がったと思う。


「猫田。 お前どこで剣を習ったんだ?」

「いや分からないな。 自分には以前の記憶がないと話しただろう?」

「そういえばそうだったな!!」

 グスタフは、いつもよりハイテンションのようだ。パーティリーダーとして、強者の加入はもちろん嬉しいんだろうけど・・・なんて言うか、今までメンバーは女性ばかりだったから同性のメンバーの加入が嬉しいのだろうか?


 しばらくすると・・・

「ナ~。 クロエ~。 お姉ちゃんを慰めてくれナ~。」

 甘えた声を出して、ミオは私の膝の上に頭を滑り込ませて来る。

 私は右手でミオのくせっ毛を撫でながら、もう一方の手で肩の辺りをポンポンしてあげる。

 膝の上にいるミオの横顔はどこか不満げだ。ミオが格闘戦で、あそこまで手も足も出なかったことは今までに無かったのだろう。しかも、相手は記憶喪失の人族だ。


「冒険者登録も意外にすんなり行けて良かったわね。」

 シンシアの言うとおりだ。素性の明らかでない冒険者は多いが、猫田さんは特に色々と問題があったので、ギルドの受付嬢も必要以上に猫田さんのことを注視していたようだが、とりあえず冒険者登録等はうまく行った。

 シンシアの光魔法さまさまだね。さすが、ギャルエルフ!!


「素性の定かではない自分を仲間に迎えてくれて、本当にありがとう。 グスタフリーダー、シンシアさん、ミオさん、そしてクロエさん、これからよろしく頼みます。」

 お酒を飲んでも、こんな感じなんだな~猫田さんは。


「猫田、今後はさん付けとかはやめて頂戴。 呼び捨てでいいわよ。」

「おぅ。そうだぞ猫田。 クロエもさん付けはやめろよな。猫田と呼べ、猫田と。 そう言えば、以前からお前はミオだけはさん付けで呼ぶよな。」

 グスタフにそう言われて気づいた。そう言えば、グスタフもシンシアも遥かに年上なのに自然に敬称抜きで呼んでいた。ミオは、なんか『ミオ』って言うより『ミオさん』なんだよね。

「え~。 ミオさんはミオさんだからいいでしょ。」

「じゃあ、猫田のことは猫田って呼ぶんだな?」

「じゃあ、猫田のことは猫田って呼ぶのね?」

 グスタフとシンシアが同時に言う。

「いや、猫田さんは、『猫田さん』までが名前だよ? さん付けしたら、『猫田さんさん』になっちゃうでしょ? それは変だよ。」


「「「「えっ!?」」」」

 グスタフ、シンシア、ミオ、猫田さんの4人は、一斉に私の方に向き直り、一様に唖然とした顔をしていた。

「みんなが勝手に猫田さんの名前を略して呼んでいるんじゃない。」

「「「「・・・・・。」」」」

 程なくして、月の海亭においての猫田さん加入の宴は終了した。




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