第2話
ここは、秩序の神『オーディア』を信奉するオーディア教団が統治する中央大陸。
オーディア神の下、教団が中央大陸全土を統治した年から数えて3,000年以上が経っている。
現在は、中央大陸の暦『神暦』では3,172年の10月である。
中央大陸と呼ばれているが、実際にはものすごく大きい島と言った方が正しいのかも知れない。
オーディア教団は、中央大陸を12の地区に分けて、それぞれに統治機構である王家を置いた。要は、行政や治安維持、徴税なんかを王家に丸投げして、上りだけを教団に上納させるためのものだ。
私『クロエ』こと『金岡黒柄』は、ここ中央大陸の遥か北東にある島国『八州国』の出身で、とある目的のために単身中央大陸に渡って早1年半程になる。
黒柄という名前は、偶然にも中央大陸では良くある名前と響きが同じであったため、他者にも私自身にも違和感なく通用している。
現在、私が所属している冒険者パーティ『星夜の灯火』は、今回のクエストでも一緒だった『グスタフ』と『シンシア』の他、所要のため不在だった仲間がもう1人いて、私を入れて総勢4名となる。
星夜の灯火が活動しているのは、中央大陸12王国のひとつ、第9国サジタリウスである。
ちなみに、もともとは12の数字に序列はないとのことであるが、今では大陸中央部に位置する第5国から第8国の格が高いとされている。
さらに、オーディア教団の本拠地が置かれている第6国ヴァルゴが最高位とされている。
第9国サジタリウスは、中央大陸の南西部に位置する。
温暖な気候で、南側には穏やかな海が広がる。たまに水害が起こったりもするが、政治を含めて基本的に良い国だ。
星夜の灯火のホームがある城塞都市アローヘッドは、王都サジタリアの四方に造られた4つの城塞都市のひとつで、王都の東側にある。
アローヘッド市よりもさらに東に進むと、隣国となる第4国キャンサーとの国境にもなっているシザース高地がある。
このシザース高地には第9国と第4国を結ぶ街道が敷かれているが、魔物が多く生息しており、第4国との行き来は割と困難になっている。しかし、鉱石を始めとした良質な素材が採れる場所で、今回の鉱石採取クエストで向かった場所でもある。
グスタフがフラグを立ててしまったとおり、帰り道でも幾度か魔物に遭遇するが、なんなく撃退し、3日後にはアローヘッド市に帰り着いた。
アローヘッド市に戻って早々に、冒険者ギルドで依頼品の納品と魔物討伐報告を行い、報酬を受け取った私たちは、ほとんどの冒険者がそうであるように、酒場で酒盛りをすることになった。
冒険者ギルドからそう遠くないとことにある宿屋を兼ねた酒場『月の海亭』に入る。グスタフが以前から懇意にしている所だが、料理がおいしいのでパーティの酒席はここで行うことが多い。
未亡人である女将さんは、かなりの美人さんでもある。
「ミオの奴、もう3月は経っただろう? そろそろ戻って来るはずじゃなかったか?」
もう結構な量の酒を飲んでいるのに、顔色ひとつ変わらないグスタフが相も変わらずの大声で話す。
グスタフ=トーチは、40代の人族。背も高いけど声が非常に大きいヒゲのおじさんだ。彼が、冒険者パーティ『星夜の灯火』のリーダーである。
若い頃には、騎士団にいたこともあったらしいが、結局、自由気ままな冒険者稼業に戻った。お酒が大好きで女性にもだらしがないが、過去のニガイ経験があるらしく『パーティメンバーには絶対に手を出さない』と公言している。両手剣を筆頭に重量級武器を得意としているパワフルな戦士である。意外にも学もあり、火の魔法も使えるらしい。魔法を使っているところは見たことないけど。
「そうねぇ~。 もう戻ってきても良さそうなもんだけどねぇ~。」
意外にもお酒に強くないシンシアが、普段とは違った間延びした口調で返す。
シンシア=スターリングは、妖精族のエルフ種。エルフらしく弓と魔法が得意な「100才ちょっとのギャル」(本人談)。魔法は、光水風の3属性を使いこなすが、回復系の魔法は使えない。気位の高い人が多いエルフの中では、かなり気さくな人物。長寿種ゆえ知識も豊富である。なんでか私のことをクローエと呼ぶんだよね。まぁいいけど。
「ミオは、戦闘以外はザンネンな奴だからな。 案外、戻ってみたら実家生活が楽すぎて長居しているのかもな。」
「ミオさん、実家に帰っていたんだ。 しばらく留守にするとしか聞いてなかった。」
「ああ、お前に実家の話をするのを躊躇ったんだろうな。 ああ見えて、意外とそういうの気にするんだよな。」
「もう~。 せっかくミオが気をつかったってのに、あんたがバラしちゃったら意味ないじゃないのよ~~。」
「あ、そうだな・・・違いねぇ。 すまねぇ。」
ちなみに、話題に出ている『ミオ』とは、現在不在にしているもう1人のパーティメンバーのこと。獣人族の女の子だ。
ミオが私に気をつかった理由というのは、私の生まれ育った里が何者かの襲撃を受け、ほぼ全滅してしまったという事にある。
そのことは、パーティに加入する際にメンバー全員に話してある。
まぁ、まだ話していないこともあるんだけど・・・。
だから、今の私には帰るべき実家がないということになり、実家に帰ることとなっていたミオはそれを気にかけてくれたんだろう。
私は、15才となり成人したので、お酒も飲める。
飲んでみてわかったのだが、私、酒量は結構いけるクチのようだ。だがしかし、どうにもお酒の美味しさがわからないのだ。
グスタフやシンシアにそのことを告げると、家族が殺された話をしたときより、哀れみを帯びた眼で見られた・・・ような気がした。
それから1時間ほど飲んで食べた後ようやく宴が終わる。
「クローエ~。 ひとりで大丈夫かい~?」
グスタフに肩を担がれたシンシアが真っ赤な顔をして、明後日の方向に声を掛けている。
私とは逆で、シンシアはお酒強くないのに好きなんだよね。
「誰に言っているんだオマエは。 だが、シンシアの言うとおりではあるな。 クロエ、今日はもう遅いしホーム泊まれば良いだろう?」
「ありがとうグスタフ、シンシアも。 でも、今日は収穫もあるし。 私ほとんどお酒飲んでないから大丈夫。」
「そうか、まあお前がその辺のゴロツキなんぞに負けるとは思わんが、気をつけて帰れよ。」
「うん。 ありがとうグスタフ。 シンシアをよろしくね。」
「ああ、こっちは大丈夫だ。」
「グスタフ~。 おんぶして~。」
「シンシア、お前なあ・・・クロエも見ているんだから、しっかりしろよ。」
「歩けないぃ~~。」
私は、言い合いをしながらホームへ向かって行く2人を見送った後、2人とは反対方向に歩き出した。
私が向かったのは、アローヘッド市の北東側の城壁だ。
北東の城壁には、都市と外部との行き来を行う城門とは別の門がある。この門は、後から増築された工業区画への入り口である。
この工業区画は、アローヘッド市の人口増加に伴う住宅地不足の解消のため、新たに城壁を増築し、製造業者の工房を一か所に集めるために造られたものだ。
騒音問題や、火災が発生した場合なども考慮したものだろうが、工業区画からは、森が近く木材の調達もしやすい(伐採できる木は決められている。)。城塞都市内を走る川とは別の川から水路を引いて、生活用水とは別の水源も備えている。
今は冒険者となっている私だが、本業は刀鍛冶だ。
私の実家は、私の出身国『八州国』でも名の知られた鍛冶一族『金岡一族』の本家だった。私は幼い頃から、鍛冶と剣の修行の日々であった。
剣術は、優秀な兄や姉に負けじと頑張ったが、そっちの才能はあまりなかったようだ。その代わり、鍛冶についてはやる気を認められ、父から直接教えを受けていた。
しかし、私が9歳の時に何者かが里を襲撃、焼き討ちされ、里の長であった父や母を始め、一族の主要な人物の殆どが亡くなってしまった。
その日、私は朝早くから山奥に籠り鍛冶を行っていた叔父の所に行っていたため、叔父共々無事であった。
姉『鍔姫』は、鍛冶製品の納品に同行していたため不在にしており、里に戻ってきた時には、ほぼ全てが終わった後だったとのこと。里を去ろうとする襲撃者を目撃したようだが、多くは語らなかった。
兄『真鞘』は、里に居たはずだが、襲撃者と戦って亡くなったと聞かされている。
本家で生き残った姉と私のうち、私は叔父に引き取られ、叔父が亡くなるまでの5年間で、叔父から鍛冶の技術と戦闘技術を教わった。
姉は、亡くなった人たちの埋葬などが終わった日の夜に里からいなくなってしまった。書置きなどもなかったが、中央大陸に向かったのだと叔父は言っていた。
叔父が息を引き取る際に、本当の当主は父ではなく叔父であったことを打ち明けられた。そして、叔父が持っていた金岡の当主の証を受け継ぎ、私は金岡当主となる。
もっとも、鍛冶一族としての金岡は滅んでしまったので、一人親方みたいなものだ。
叔父は、その証(呪いとも言える)を私に受け継がせたくなかったようだが、この証は当主が次代に受け渡さないうちに死亡した場合、一族の中で最も相応しい者に発現するらしい。
1人になった私は里には戻らず、事件の後に単身国を出た姉を追って、自らも中央大陸に渡った。
叔父は、どこで習ったのか中央大陸の言葉の読み書きが出来た。知っていて損はないと、修行の合間にそっちも教わっていた。そのお陰で日常会話はできる位の語学力は身についていた。
第9国サジタリウスに来たのは、姉の情報らしきものを辿った結果である。
私は、現在冒険者として冒険者ギルドに登録しているが、鍛冶ギルドにも登録しており、工業地区に小さいながらも自分の工房を借りている。
普段は鉱石採取クエストなんかを受けつつ、自分用の鉱石も採取し、工房でナイフや包丁など小物を中心に打ち(販売目的だ)ながら刀の試作をしている。
姉を探すという目的を忘れたわけではないが、良い鉱石の採れるこの土地で鍛冶を行わないではいられなかった。
余談だけど、私の造るナイフや包丁は切れ味がいいと評判で、アローヘッド市の一部では密かな人気を博していると、製品を卸しているお店の店主から聞いている。
生産量は少ないので、1本1本が割高となるが、ありがたいことに、それでも欲しいと言ってくれる人がいるようだ。
本業の方は、まだ武器職人としての知名度がないので指名注文はこないけど、自分用の装備やパーティメンバーの装備を造ったり、短剣などを中心にいくつかは武器屋に売り込んだりもしている。
鍛冶をするには、時間もお金もかかるし、なにより素材も必要なので、お金を得られて素材も手に入る採取クエストを専門で受けていたところ、ミオに声を掛けられ、結果として星夜の灯火に加入することになったのだ。
それはさておき、工業区域の最も東側は、工業区域の中でも新興地域で、まだ空いているスペースが多い。
私が空き地の多い区画を通り過ぎ、自分の工房へ向かう少し上り傾斜の小径を歩いていたときだった。
ガサッ・・
登り道の脇から物音がした。同時にかすかに血の匂いがしたような気がする。
私は咄嗟に腰に差している2本の短刀の柄に手をかけて、音のした方向に気を配る。
「・・・・・」
微かに人のうめき声のようなものが聞こえた。
用心しながら道脇の茂みを捜索すると、血だらけの男性が倒れていた。
普段なら1人でなんて近寄らないところであるが、自分の工房の近くで(しかも周囲には他の人がいない)ケガ人を発見してしまったものだから見捨てる訳にもいかず、工房に連れ帰った。
工房に戻り、私が唯一使用できる土属性回復魔法を使い応急処置を行った。
衣服は血まみれであったため失血を危惧したが、意外なほど外傷は少なかった。
どちらかというと、四肢の内部の損傷の方がヒドかったが、なんとか治療できたと思う。
「ほとんどは返り血? この人以外の血だったみたいな・・・? それに、なんでこんな所で倒れていたんだろう?」
近くで一緒に拾った、槍の穂先を見ながら考えるでもなく呟く。
この穂先、見つけたときは折れた槍だったが、拾いあげた際に柄の部分が一気に風化したように崩れ去ってしまい穂先だけが残った。中央部に宝石が埋め込まれている上、実用性とはかけ離れたハデなデザインをしている。
「不思議と悪い人には思えないんだよね。」
そう感じたが念のために目隠しをし、両手と両足は拘束させてもらった。
そこまでやって、冒険の疲れと緊張からの解放による安堵感により急速な眠気に襲われる。もしかしたらお酒も影響したのかも知れない。
私は、床に倒れこむようにして眠ってしまった。




