第5話
一足先に宿に戻ったカメリアは、装備を解いて体を拭いてからベッドに腰掛ける。
いつも持ち歩いている白木の杖を手に取ると、その持ち手に巻いている布を外し柄を引き抜く。
すると、細身で真直ぐな刀身の刀が現れる。
しばらく放っておいていたにも関わらず、その刀『白鷺』の刀身は磨いたばかりのような輝きを放っている。
「国を出てもう3年・・・未沙柄は元気にしているかしら?」
私、カメリアこと鍔姫は、現在中央大陸の北西に位置する第11国アクエリアスの都市の1つ『フロー市』に来ている。フロー市では魔物による被害が頻発していたため、本日騎士団を動員した大規模な討伐作戦が行われた。
冒険者ギルドにも討伐作戦の支援要請がされたため、急遽参加することになったのが今日の戦いだ。
第11国に来たのが6月ほど前、それ以前は第9国サジタリウスで1年半ほど活動していた。
およそ3年前、私が故郷金岡の里を出た後、最初に向かったのは隣町のさらに隣町だ。万が一にも里の者に連れ戻されたりしないように、魔法を駆使しながら全速で向い、普通に走るよりもはるかに速く到着できた。それにその街であれば多少顔が利く。
顔馴染みの商店で、食料と衣服、髪を黒く染めるための染粉を購入し、さらに急いで港町に向かい、中央大陸行きの船に飛び乗った。
最後に兄を見たときに、その手には『黒刀夜露』が握られていたが、その手にはもう一つ「天を指し示す1本の槍」の紋章、すなわちオーディア教のシンボルである『秩序の槍』を象ったアクセサリが握られているのを見た。そのため、私には兄が中央大陸に向かったのだという確信があった。
2月近く船に揺られて、船が着いたのは第2国トーラス。到着した港町で聞き込みをする。初めは当然ながら言葉が通じないので中々進まなかったが、八州国語の分かる人と数多く話すことで、中央大陸の言語をざっくり習得。まずはオーディア教の総本山がある第6国ヴァルゴを目指すつもりだったが、第6国は通行許可のない者は入国できないらしい。
私は、第2国にいる間に、名をカメリア、髪の色は青く変えて、冒険者ギルドに登録する。なんで青髪になったかというと、私が独自に研究開発した髪の色を偽装する色調変更魔法では、青色が一番自然に見えたことと、私の得意とするのが水系魔法だったからだが、瞳の色までは考えが回らなかった。そのために、青髪赤眼という、別の意味で悪目立ちする組み合わせとなってしまっていた。そこに気が回っていたら瞳の色も変えるか、髪は赤とか茶にしたであろう。
冒険者の登録情報上、髪は『青』、眼は『赤』で登録されてしまっているので、もう簡単には変えられない。
その後は、単身で魔物討伐クエストをこなしてお金を稼ぎながら次々と街を移動し、兄の情報を探していた。
国を出て1年経とうかという頃、私は第9国サジタリウスの王都サジタリアに向かっていた。
サジタリアに向かう街道途中の森深い場所で、多数の魔物に対峙している私をエルザが見とめた。エルザ達は、私に助太刀しようとしたらしいが、助けに入る前に私があっさりと魔法で一掃してしまったところを見て、私はエルザのパーティに勧誘されたのだ。
中央大陸に来てからずっと1人で旅をしていたが、体力の無い私は、いつ体力切れを起こすか常時不安が付きまとう。そこで、他人の力も当てにしてみることにした。「ダメなら抜ければいいや。」ぐらいの考えでパーティ加入を承諾。以降、なんだかんだで現在まで行動を共にしている。
私も既に冒険者生活3年になり、最近は多少頑丈になったのか、カゼを引くことも無くなった。
深紅のメンバーを改めて紹介すると・・・・
エルザは、20代半ばくらいの人族で、日焼けした肌に燃えるような赤髪を持つ女戦士だ。『血塗れ斧』なんて2つ名が付くくらいに強い。普段はガサツに振る舞っているが、ああ見えて政治情勢とか礼儀作法なんかにも詳しいし、なにより顔が広い。貴族か相当裕福な家の出身ではないかと思っている。
パトリックは、妖魔族の鬼人種で、鬼人種らしくかなり体格の良い30代くらいの男性。鬼人種なので角はあるが、髪に隠れてしまうほど小さく、本人は気にしているらしいが、そのせいで見た目はかなり人間っぽい。まあ、体は人間とは思えない程ゴツイけど。極端にクチ数の少ない男だが、鉄壁の防御力は頼りになる。たまに垣間見せるエルザへの接し方を見ると、彼女のお付きとか執事だとかそんな風に見えなくもない。
ゲオルグは、かなりやせ形の人族の男性。歳はよく分からない人だが30位だろうか?元盗賊なので独自の情報網を持つ情報通である。私は彼の情報網に少し期待しているところだ。変装が得意で、意外にも学があったりもする。この男は、エルザの子分といった感じだ。
と言った感じで、3人とも役に立ちそうだとの打算から始まった関係だが、気づけばもう2年以上も一緒にいる。
(他人に興味を持てなかったこの私が、家族以外の人とこんなに長く一緒に居ることになるなんてね。)
白鷺を元に戻して、ベッドに横になる。
「次か・・・次はどこに向かうのかな・・?」
エルザ達はまだ戻ってこないようだが、私はもう眠ることにした。
翌朝、私が眼を覚ました時にも隣のベッドにエルザの姿はなかった。
「まさか、なにかあった訳じゃないでしょうね?」
部屋を出てゲオルグ達の部屋に向かってみる。
やはりというか、何度ノックしても反応がない。
階段を下りて、受付にいた宿の主人に聞いてみたが、3人とも戻っていないそうだ。
(まさか、本当に何かあったの? まだ酒場に居たりしないわよね?)
色んな意味で不安を覚えた私は、身支度をしてからとりあえず酒場に向かうことにする。
酒場に着くと、昨晩の宴会中に見かけたと思う従業員の女性が、店の前の清掃を行っていた。彼女は私に気づくと、にこやかに(?)微笑みながら近づいてきた。
「あなたは確か・・昨晩、血塗れ斧様と一緒にいらした方ですよね?」
「ええ、そうですけど・・・なにか?」
「申し訳ありません。 ここではなんですので、店内にどうぞ。」
「あ、いえ・・・。」
「どうぞどうぞ。」
と、彼女は私の背中を押して、強引に店内に押し込んだ。
「なによコレ・・・!!」
店内に入ると、まず吐き気を催す異様な臭気を感じた。続いて凄惨な光景が目に入る。
店内のテーブルやイスは無残に破壊され、人数は半分ぐらいに減ってはいるが、昨日一緒に戦った連中がそこかしこに倒れている。
「エ、エルザっ! ゲオルグ! パトリック!?」
辺りを見回すと、すぐに倒れている3人は見つけられた。
私は、エルザに駆け寄る。俯せに倒れていたエルザをなんとか仰向けにひっくり返すと・・・
「う、うぅぅ・・・。」
反応があった。
(良かった。 生きてる。)
エルザの頭を抱え、頬を何度か叩く・・・。
「んん・・・うぅ・・・。」
苦しそうな唸り声の後に、ようやく眼を開いてキョロキョロした後、私に気づいた。
「カメ・・リア・・か? すまん、どうやらやっちまったらしい・・・。」
「エルザ! しっかりしなさい!!」
「うぅぅ・・・カメ・・・リア・・・うっ!!」
エルザは、言い終わるか終わらないかというところで、突然口ごもり私を強く掴んだ。
「エル・・・」
エルザの名前を言い終わる前に、私の体の上に熱いものが押し寄せる。同時に強烈な匂いが襲ってきた。
「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
私は、エルザを床に投げ捨てながら、生まれて此の方出したことが無い大声で叫んだ。




