第4話
小高い丘の上に、冒険者風の2人の女性が立って、眼下に広がる荒地を見下ろしている。
1人は、赤く塗られた大きな斧を肩に担いだ赤髪の戦士。
もう1人は、白木の杖を持った青髪の魔法使い。
2人が見下ろす荒地の奥に見える岩場には魔物の住処があるようで、ゴブリンらしき生き物が出入りしている。
その手前には、哨戒用なのかスケルトンが数体右往左往している。
「おい、見ろよ。 スケルトンがいるぞ。 ゴブリンがスケルトンを使役することなんてあんのかね?」
赤い戦士の方が言う。
「そうね。 魔法を使えるゴブリンメイジがいるんでしょうね。」
青い魔法使いが答える。
「そうか、魔法は厄介だな。 ゴブリンのくせに。」
「見つけたら、最優先で狙うわよ。」
「頼んだぞ。」
2人は仲間の待機する後方に戻っていった。
少し経った頃、先ほど赤と青の女性がいた場所には、40人程の戦士達が集まっていた。
「お、出てきた出てきた。 カメリア、行けるかい?」
丘からゴブリンの巣の方を見ていた赤い戦士が、再度青い魔法使いに声をかける。
「もちろんよエルザ。 任せなさい。」
カメリアと呼ばれた青い魔法使いが赤い戦士に返す。
「頼んだぜ。 『氷嵐の魔女』さん!」
赤い戦士はそう言うと振り返って、後ろに控える戦士たちに向けて声を掛ける。
「それじゃぁ行くぞ! みんなっ!!」
両手持ちの赤い斧を持って一番に駆けていくのは、この傭兵部隊のリーダーである「エルザ」だ。男顔負けの度胸と確かな実力を持つ彼女は、女ながらにこの急造の傭兵部隊を指揮している。
エルザに続いて、部隊の皆が突撃していく。
「氷嵐の魔女って呼び名、好きじゃないのよね。」
カメリアはそう言いながら、巣を出て集結しているゴブリン達の中に居るはずの目標を探す。
「見つけた。」
ゴブリンメイジと思しき、他よりも豪華な装飾を身に着け、杖を手にするゴブリンを目標に定めたカメリアは、白木の杖を掲げて2つ名の元となった魔法を唱える。
「白刃氷嵐っ!!」
轟々と、ゴブリンメイジを中心とした一帯に光輝く吹雪が吹き荒れる。
ゴブリン達の叫び声が上がる。
ゴブリンメイジを中心に、周りにいた10数体のゴブリンが凍り付きバラバラと砕ける。
この魔法『白刃氷嵐』は、この国の魔法士が使用する吹雪を起こす魔法『アイスストーム』に光の刃がプラスされたような光と水の混合魔法だ。
「「「「「ウオォォ~~~!!」」」」」
荒れ狂う輝く吹雪が吹き止んだタイミングで、走りこんできた突撃部隊が一斉に声を上げながらゴブリンの群れに飛びかかった。
「カメリアだけに良いかっこさせられないぜっ!!」
先頭を行くエルザが大声で叫び、深紅の両手斧を右に左にと振り回す。その一振りごとに数匹の魔物が吹っ飛んでいく。
「オラオラァッ!!」
エルザはゴブリンを吹き飛ばしながらドンドン先行していく。
他のメンバーもエルザに遅れまいと奮闘している。
「エルザ・・また突っ走って・・・突撃バカね。」
高台から戦場を見ていたカメリアには、ゴブリンに囲まれつつあるエルザの姿が見える。
「白光!!」
カメリアの持つ白木の杖から一条の白い光線が走り、エルザの周りの敵を減らす。
「突破して来るのがいるわね。」
続けて、包囲網から抜け出たゴブリンに対して、白光をお見舞いする。その後も随時高台から支援攻撃を行っていく。
「やっぱり、氷嵐の魔女ってのはすげぇんだな。」
後方に控える魔法部隊の護衛として高台に残っていた戦士も、カメリアの横で戦局を眺めながら賞賛した。
「氷嵐の魔女さんがいると私達のやる事が無くなっちゃいますね。」
「本当に凄いですね。これならケガ人も多くはなさそうです。」
カメリアと共に傭兵団の後方部隊として、高台で待機していた魔法士と治癒士も戦場をのぞき込んで言う。
「おい、仕事しねぇんなら報酬はねぇぞ。」
先ほどの戦士が、魔法士に言う。
「あなたも何もしていないじゃないですか。」
魔法士が返す。
「ちょっと、まだ終わっていないんですから。」
治癒士が2人を制した。
「圧勝じゃねぇか。 こちらもさすがの『血塗れ斧』だな。」
戦況もすでに終局に向かっていると見える頃に、また戦士が言った。
戦士が言った血塗れ斧とは、エルザの2つ名だ。今の戦いを見てもエルザにピッタリな2つ名だと思う。
「そう? 1人で突っ走っていたけどね。」
カメリアが短くそう言った直後、傭兵団の勝鬨が戦場となった荒野に響いた。
カメリアは、エルザ達がいる戦場からずっと右方向に視線を移す。ぴかぴかした鎧を着た騎士団が別の魔物の集団と戦っている様子が彼方に見える。戦いは続いているが、大勢は騎士団有利のようだ。
少しすると、突撃部隊の皆が戻ってきた。こちらの圧勝であったが、さすがにケガ人ゼロとまでは行かない。早速、治癒士がケガ人の治療に当たる。
「私も手伝うわ。」
カメリアもケガ人の治療に当たる。
「氷嵐の魔女さんは、回復魔法も使うんですね!?」
「ああっ。 カメリアは水と光の攻撃魔法が有名だが、回復魔法も得意だからな。 そっちも数種類を使い分けるんだぜ。」
カメリアの回復魔法を見ていた魔法士の独り言にエルザが答える。
「あっ! 団長さん。」
「エルザで良いよ。 あいつは目立たない様にしているつもりらしいが、どうしたって目立っちまうからな。 あの魔法の才能にはな。 それにあの見た目がね。」
「あの顔立ちに加えて、目が覚めるような青髪に、鮮やかな赤い瞳ですものね。 何もしていなくても目立ちますね。 でも中央大陸の人ではない様な気がしますが・・・。」
「そうだな。 顔立ちはこっちの人間っぽい造りしているけど、所作とかいろんな所でそんな感じが見えるんだよな。」
「そうですよね。」
「まぁ、あいつが他国の人間だろうが、そんなことはどうでもいいだろう。 これが終わったら街で宴会だぜ。 もちろん来るだろ?」
「はい。エルザさん。」
「すまん。 いまさらだが、お前さんの名前は?」
「あ、すみません。 私は『アリエッタ』です。 『エッタ』って呼んでください。」
「そうか、エッタ。 また宴会でな。」
「はい。」
(赤い髪の『血塗れ斧』と、青い髪の『氷嵐の魔女』か。 噂にたがわないどころか、それ以上の実力の人達だったな。)エッタはそう思いながらエルザの後ろ姿を見送った。
街に戻った一行は、街の中で一番大きな酒場でそれぞれジョッキを片手に団長であるエルザの口上を待ち構えていた。
「みんな!! またせたな!! 今日はみんなの奮闘のお陰で大勝利だった!! 急場しのぎの部隊だったが、騎士団なんかよりもでかい成果を上げることが出来たぜ!! 今日の払いは街が出してくれるそうだから、日が変わるまで好きなだけ飲んで食ってくれよ!!!」
「「「「「「お~っ!!!」」」」」
「んじゃ、アタシらの勝利に乾杯だ~!!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
酒場に歓声が広がる。それからしばらくエルザは皆のところに声を掛けながら回っていたが、一回りし終えて酒場の隅のテーブルに向かっていく。
「よっ!お疲れさん。」
エルザは、自らも隅のテーブルの空いている席に座り、先に座っていた3人に声を掛ける。
「団長さんも大変ね。」
カメリアがエルザにそう声をかける。
「そうだな。さすがリーダー様だ。俺はゴメンだがね。」
軽装の戦士がカメリアに続いて声を上げる。
「・・・・」
もう1人の厳つい体格の戦士は、言葉を発しないが、ジョッキを掲げてエルザを称える。
軽装の方は『ゲオルグ』。元盗賊で、身のこなしが軽く探索に役立つスキルを色々持っている。
厳つい方は『パトリック』。騎士崩れで、金属鎧に大楯を持ち、戦鎚を獲物としている重戦士だ。
元々は、エルザ、ゲオルグ、パトリックとカメリアの4人で『深紅』というパーティを組み活動している。今回のような大規模クエストに参加することは珍しい。
「次の仕事なんだけどな」
エルザが、パーティメンバーに向けて話し出す。
「もう次の仕事の話かよ。」
ゲオルグが、ウンザリした顔をして見せる。
「次は、ちょっと厄介そうなんだが・・・」
普段、人のことなど気にせずにズバズバと言うエルザにしては、歯切れが悪い。
「ふん。 どうせ貴族がらみでしょう?」
「おっ!さすがカメリアちゃんはお察しが良くて助かるわぁ。」
「変な呼び方は止めて。」
「スマンスマン。 詳しくは明日話すよ。 とりあえず、今日は払いの心配もないから好きなだけ飲んでくれよっ!!」
そう言い残し、エルザは宴会の中心に戻っていった。
「はぁ~。 だったら今言うなよな。 なぁ、パトリックよぉ。」
「あまりハメを外し過ぎるなという忠告も込みなんだろう。」
「ゲオルグ、パトリック。 先に宿に戻るわ。 2人はゆっくりしていって。」
2人にそう伝えて、カメリアは席を立ち酒場を後にした。




