第3話
里が燃えた翌日、何も知らなかった未沙柄が叔父と一緒に戻ってきた。
里の有様を見た未沙柄は、おかしくなってしまったのではないかと心配するくらいに泣き喚いたが、泣いたのを見たのはその時だけだった。
叔父は、なにか気まずそうな顔をしていた。
叔父と私が2人きりの時に里の住民の1人が、叔父に布で巻いた棒のようなものを差し出した。
「これは! 『白鷺』か?」
「はい、拵えは燃えてしまいましたが、刀身はこの通りです。」
叔父が受け取った包みの中身は、金岡一族の宝刀のひとつ『直刀白鷺』の刀身だったようだ。
「わかった。 これは俺が一旦預かっておく。」
そう言って、叔父はすぐに布を巻きなおした。
それから、数日かけて亡くなった里の住民の亡骸の埋葬を終えた。身元不明の遺体も何体かあった。恐らくは襲撃者のものなのだろう。
その日の夜、長の弟である叔父を交えて、残った里の皆で今後のことを話し合う。
里の主要な人物はすでに他界してしまい、鍛冶師と言えるのも最早叔父のみだ。皆が叔父に長を務めるように懇願したが、叔父は鍛冶一族としての金岡はもう終わったとして、長になることは断固として承知しなかった。
「里を去りたい者を止めはしない。 残りたい者は残ればよい。 畑などは残った者で使ってくれ。 ただし、未沙柄は俺が引き取らせてもらう。 もし里に残りたい者がいなかったとしても、墓は俺が生きている限りは守るので心配するな。」
叔父は、そんなことを言って去って行った。
里の家という家は全て燃えてしまったが、畑などはほとんど無傷であったし、逃げていた家畜もかなり戻ってきていたため、生き残りが生活することは出来そうだった。
残った住人は、皆で話し合っていたが、私は話には加わらずその場を後にする。
「私は、どうするべきなんだろう?」
1人歩きながら、独り言を口にする。すると後ろから
「鍔姫、お前はどうしたいのだ?」
はっとして声のした方向を振り返ると、白い木の棒を持った叔父が立っていた。
「未沙柄と一緒に俺の所に来るか?」
叔父が私にそんなことを言ったことに対して驚いた。
「・・・・」
私が黙っていると・・
「これをお前にやろう。」
そう言って、手に持っていた白木の棒を私に渡してきた。思わず受け取ってしまったが、(重い・・・?)棒は見かけよりもはるかに重かった。
「これは・・?」
「お前にくれてやる。 お前にこそ必要なものだろう。」
叔父はそう言うと、さらに袋一つと折りたたんだ布を渡してきた。
「未沙柄の事は心配するな、俺がちゃんと育ててやる。 明日未沙柄を迎えに来るから、今日は未沙柄と一緒に居てやってくれ。」
私の答えを聞かずに、叔父はそう言って1人自分の工房に帰っていった。
叔父から渡されたものを改めて確認する
白木の棒は、新しい拵えの『直刀白鷺』だった。あえて一見刀には見えないようにしたのだろう。長さも杖にするにはちょうどいい。
袋にはお金が入っていた。八州国のお金の他に、どこで手に入れたのか他国のお金と思われるものも見受けられる。
布は、私がすっぽりと被れる様なフード付きの外套のようなものだった。
「叔父さまはいつもそうだったな。」
叔父は、私には全く関わろうとしなかったのに、何故だか私の事を見透かしているような事を言う。そうだ、私が叔父に苦手意識を持ったのもそれが最初だったと思い出した。
有り合わせの木材で急造した小屋に戻ると、里の皆がまだ話をしている。
一応長の娘だと言うことで、私には囲いのついた個室のようなところが与えられていた。
話をしている皆にお辞儀をして個室に入る。そこには、未沙柄が丸くなって眠っている。
不意に涙が込み上げて来た。私は、未沙柄の頭を撫でてから旅支度を始めた。涙が流れるのは放っておいたが、声は出ないように我慢した。荷物なんて殆ど無いけど、ゆっくり時間をかけて準備をする。
その内に皆の話し声が聞こえなくなった。
考えが纏まったのかは分からないけど、皆眠ったのだろう。
私は、もう少しだけ眠る未沙柄の顔を眺めていたが、良い頃合いだと立ち上がる。
「未沙柄、お姉ちゃん行くね。 きっと真実を掴んで見せるからね。」
眠る未沙柄にそう声を掛けて部屋を出る。
皆が集まっていた部屋には既に誰もいない。
私の手には、白木の棒だけ。腰には小分けにしたこの国の通貨を入れた財布。叔父からもらった外套を羽織り、肩にかけた袋には残りのお金と、わずかな着替え。それだけ持って私は故郷から旅立った。




