第2話
私『金岡鍔姫』の生まれ育ったこの里は、刀鍛冶で名を上げた『金岡一族』の里である。
金岡の刀は、ここ『八州国』では誰もが知る知名度がある。
私の父『金岡黒鎚』は、金岡の里の長であった。
父黒鎚とその正室『峰』との間には、私の兄に当たる長男『真鞘』と妹である次女『未沙柄』の2人の子供がいる。
私の母は峰ではなく、里外の出身の側室で『鳴』という。
一族は皆、黒髪黒眼(この国の人はほぼ全員がそうだ。)なのだが、私は白髪赤眼だった。生まれつきの体内の色素異常によるものらしい。
母鳴は、八州国では珍しい金髪碧眼の持ち主で(これも色素異常によるものだったのだろうか)、とても理知的で美しい女性だった。八州国人だと聞かされていたが、もしかすると本当は異国の人だったのかもしれない。
鍛冶で名を上げた金岡一族ではあったが、文武両道を旨とするこの国において、武も文も疎かにできないと、私たち兄妹は皆幼い頃から学問、剣術を必須として習わされた。
兄真鞘は、剣の才に恵まれ、剣術大会でも負けなしであった。この国の正統剣術『鳳流』の皆伝を史上最年少で得るほどの腕を持っていた。学業においてもかなり優秀であったが、鍛冶の方には興味がないようだった。
兄は、日々刀を振るって訓練を欠かさず、いつかこの国を出て刀一本でのし上がるのが夢だと話していた。
妹未沙柄は、剣術の才能は今一つであったらしい。道場では、当主の娘なのに剣が下手なのを馬鹿にされたりもして、道場から足が遠ざかっていった(家族は知らないと思うが、妹を馬鹿にした輩は私が後で1発ボコった。)しかし、鍛冶には才能があったようで、本人のやる気もあり当主である父自らが指導をしていた。また、鍛冶の腕だけは超一流であった叔父にも見込まれ、叔父からも教えを受けていた。
妹は、意外にも叔父に懐いており、父にお願いをしては叔父の元に通っていた。父も叔父の技術は高く評価しており、それを止めることはしなかった。
私は叔父のことがあまり好きではなかった。
大好きな妹との時間が減ってしまうということもあるが、叔父の真っ黒に変色した左腕を見てしまったことも要因のひとつだ。
その黒い腕に、言い知れぬ不気味さを感じたのだが、一方で何か惹かれるような感覚もあった。自分でもよく分からない。
母が亡くなり、私は1人ぼっちになってしまったと考えていた時期もあったが、義理の母である峰も良くしてくれたし、父は子供には厳しかったが、皆平等に扱ってくれた。兄とは、あることがあってから少し距離が開いたと感じられたが、特に何かされたわけでもなく、私は兄のことは変わらず尊敬していた。
なぜだか、妹への愛が強すぎた私は、妹を前にするとおかしくなってしまうため、常に冷静さを保つのに苦労していた。その態度が妹には逆に取られてしまっていたようで、私は物心ついてからの妹には手さえ繋いでもらったことがない。
私は、色こそ違うが外見も中身も母によく似たようだ。
自分で言うのもなんだが、幼かった私から見ても母は飛びぬけて美人であった。しかし、体はあまり強くはなかった。病気がちだったがよく働く女性で、光と水系統の魔法が得意だった。
よく魔法で、輝く氷の彫像なんかを作って見せてくれたりした。
私も生まれたときから凄い魔力があったらしく、小さい頃には魔力の暴走を抑えるための呪符が縫い込まれた変な服を着せられていた。
魔法が使えるほどの魔力がある人族は、全体では3割ほどいるが、普通は1つの属性で初級程度の魔法しか使うことができない。2属性だとそこからさらに3割に減り、3属性以上使えるのはほんの一握りだ。
そんな中で私は、闇属性を除く光火水風土の5つの属性に適正があった。中でも母譲りの水と光は他に類を見ないほどの高い適正があったみたい。
そのためか、一時期、天子さまの住まう都の学校に入れられてしまう。
魔法を勉強するために入学させられた学校であったが、剣術の授業もある。私は剣術にはあまり興味はなかったが、里でも習っていたし、一度見た技は覚えて誰よりもうまく扱えた。立ち合いだって1対1なら誰にも負けなかった。だって、私には相手の動きが隙だらけに見えるし、私が剣を振るうと皆一撃で倒れてしまうもの。
私は都の学校でも、外見・魔力・剣術において目立ちまくり、初めは近寄って来る者も多かったが、私は結局誰とも親しくはならなかった。
私は、一般生徒よりも早くにカリキュラムを終えてしまったため、特例で1年早くに卒業し、妹の待つ里に戻ることになる。
ここまで聞くと超人類のように思われるかもしれないが、私にも弱点はある。
1つは、先にも少し触れたが、人付き合いが下手なこと。どうにも他人と仲良くすることができない・・・と言うか、興味がない。露骨に嫌がる素振りをしているつもりはないが、やはり伝わるのだろう。学校で私に近寄ってきた者も最終的には皆離れていき、友人と呼べる者はついぞ出来なかった。
2つ目は、筋力がかなり劣ることだ。脚力は人並み以下というところだが、腕力が無い。人が普通に持てる重さの物が持ち上げられない。刀は両手でならなんとか振れたが・・実は連続では5回も振れない。そんな私が剣術でも強かったというのは、私の剣が速さと正確さ、そしてタイミングで急所を狙う一撃必殺のものだったからだ。だからあまり腕力が無くても戦えた。人間相手ならなおさらだ。
3つ目は、かなり致命的なものだが、体力がないのだ。体の頑丈さという意味でも生命力という観点からも、人としては最低クラスのさらに下と言っていい。なので、多人数を相手にする場合や連続稽古のようなものに弱い。剣を習う上で、最も困ったのは剣術の基本とされる素振りだった。
剣の打ち合いではすぐに体力が尽きてしまうので、一撃必殺の剣は私にとっては必須だった。もし躱されたら私の負けだ。
また、すぐに病気にかかるし、気温などにも左右されて具合が悪くなることもしょっちゅうだ。致死率の高い病気にも何度も罹り、家族や私自身ももうダメだと思ったことも一度や二度ではないが、何故か生き延びてきたし、生命力の上限が低いからなのか回復のスピードは早い。
そんな弱点を人に知られるとまずい(3人がかりで襲われたらまず勝てない)ので、学校では「一見華奢だが、手出しできないくらいに強い」くらいには思われるよう振る舞っていた。
都から里に戻った私は、就学前くらいの小さい子供たちに勉強を教えたり、用心棒のつもりで、街へ商品の納品に行く者たちに同行させてもらい、周囲の街に行ったりしていた。
里に戻って少し経った頃、父から言われて兄真鞘と一度だけ立ち会ったことがある。
結果は私の勝ちであったが、その時以降真鞘との距離が開いた感じはしていた。
妹未沙柄は、私が頑張って声を掛けると笑顔で挨拶を返してくれるが、何故だか全然近寄ってきてくれない。それでも、都にいた頃よりは近くに居られるのが嬉しかった。
私は、この先どうするべきか迷っていた。兄のように剣で身を立てるなんて考えは毛頭なかったし、だからといって、この里で鍛冶師になるだとか鍛冶師の妻になるつもりもなかった。つまり、結局は里にも居場所がなくなることは目に見えていた。
未沙柄と一緒に居られなくなるのはさみしいが、里・・いや、この国を出て世界を回ってみたいとは思う。しかし、私の体力で旅など出来るのかが心配ではあった。




