2-6 物語創作論・最初の一歩・具体例
──物語の心の深度とは何かを、最もわかりやすく描く
ここでは、同じ場面(=お昼休みの教室で立花という少女が席を立つ)を使って、
深度0 → 深度1 → 深度2
と、心の描写がどう変わるのかを示す。
主人公は少年だ。
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■深度0(=情報の羅列・純説明。小説とは呼べない)
お昼休みの教室。
教室の中央付近の席に立花が座っていた。
やがて立花は椅子を引いて席を立った。
廊下に向かって駆け、教室から出ていった。
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●解説(深度0)
深度0とは、世界に心が存在していない状態だ。
・起きたこと
・見えるもの
・聞こえる音
・場所の情報
・動作の羅列
これしかない。
誰がどう思ったか
なぜそうしたか
心が動いたのか
──すべて欠落している。
深度0の文章は、小説ではなく《観察記録》だ。
ここには「人間」がいない。
ただ「何が起きたか」だけが並んでいる。
まず、深度0で書いてしまうのが最初の罠だと理解してほしい。
よく目にする深度0小説の例を書く。
読んでみてくれ。読めるところまで。
※読み飛ばしても何ら問題ない。
*
【深度0偽小説:異世界大陸記】
アルメリア大陸は東西に長い。
北には雪原地帯が広がり、南には砂漠が続く。
中央部には王国が七つ、帝国が一つ存在する。
海には無数の島が点在し、港湾都市が交易を担っている。
大陸中央のラインベル王国は麦の産地で、
隣国アザン帝国とは国境線で争いが続く。
帝国軍は鋼鉄の騎士団を持ち、
王国側は魔法師団を配備している。
魔法は火・水・風・土の四属性に分かれる。
高度な使い手は上位魔法を扱う。
魔力は体内に宿る。
魔法学校が存在し、六年制で教育が行われる。
北方には竜の巣があり、
古代種の竜が眠っている。
竜討伐のための騎士団がいる。
騎士団は王都に本部を置く。
街は石畳の道路で作られ、
中央には噴水広場がある。
商店街には鍛冶屋、薬屋、宿屋が立ち並ぶ。
市場では果物と肉が売られ、
旅人が行き交う。
南方の砂漠一帯にはスフィラ族が住む。
耳が長く、身体能力が高い。
砂の民は水を精製する技術を持つ。
彼らの集落は砂岩でできている。
大陸西方には瘴気の森が広がり、
魔獣が生息している。
侵入すると戻れないという噂がある。
探索ギルドが討伐依頼を出す。
大陸東方の沿岸部には
三つの都市国家がある。
海軍が海路の治安を守る。
そこから南方諸国へ航路が伸びる。
王都には城があり、
白い城壁が街全体を囲む。
城の内部には国王と王妃が暮らす。
その周囲には貴族の館が並び、
一般市民の区画とは区別されている。
時刻は朝で、
太陽が東から昇る。
街の門が開く。
衛兵が見張りを行う。
農民は畑に向かい、
商人は荷車を引き、
旅人は宿を出て道を歩く。
馬車が荷物を運ぶ。
*
読めただろうか。君が読み飛ばしてくれたことを願う。
これが深度0の小説だ。設定小説などと揶揄される。
見たことがあるんじゃないかな?
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■深度1(=外側だけの物語。人間はいる心がない)
※《見えること》だけで構成される。
お昼休みの教室。立花が席についている。
彼女は今日も元気そうに笑っていた。
ギッ、と椅子が鳴った。
立花が急に立ち上がる。
周りの生徒が振り返った。
立花はそのまま走るように教室を出ていった。
●解説(深度1)
深度1は、人間の外側だけが書かれた物語だ。
・笑っている
・座っている
・立った
・走った
など、目に見える現象だけが並ぶ。
でも、
・主人公はどう思ったのか
が、欠けている。
キャラクターは《人に見えるだけの紙人形》であり、
読者は心に触れることができない。
こういう小説も多い。
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■深度2(=外+浅い内面。ここから《物語》になる)
※君が最初に到達すべきライン。
※「見えること」+「その瞬間の気持ち」が共存している。
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お昼休みの教室。
残念なことに(内面)もうすぐ昼休みが終わる。
隣の席の立花は今日も笑っている。
ほんと、いつも明るい子だ。(内面)
(元気だなぁ……)
そう思いながら、俺はノートを閉じた。
ギッ、椅子の音が突然響いた。
反射的にそちらを向く。
立花が勢いよく立ち上がっていた。
しかも、なぜか顔が強張っている。(内面)
そして、そのまま急ぎ足で教室を出ていった。
(な、なんだ……? 授業、始まっちゃうよ!?)
席に着いたまま、俺は胸の中にさざなみが走るのを感じていた。(内面)。
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●解説(深度2)
深度2で、
【外】見える事実
+
【内】その瞬間の感情・思考
が、初めてつながる。
・元気そうに見える
・明るい
・不安になる
・気にかかる
この程度の浅いものでいい。
しかし、これだけで
キャラは初めて《人》になり、物語が発生する。
君がまず辿り着くべき最初の階層がここだ。
深度2ができれば、すでに《書けている作家》と同じ地平に立っている。
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■深度2の少年へ
深度0には物語がない。
深度1には人間がいない。
深度2からようやく心が現れる。
君が描くべきは、見える世界の裏で動いている、心の揺れだ。
それが書ければ、
どんな物語でも必ず生き始める。
これで登場人物の外と内を理解できたと思う。
絶対に分かるはずだ。
深度1で灯火を守った。あれは《内》の話だった。
深度2で外に出て、比較という敵と戦った。《外》
そのとき、君は胸が痛んだ、辛かった、苦しかった。《内》
物語の世界だけじゃなく、現実の世界にも外と内がある。
内側とは君の心の中。
もう分かるよね。
僕が言う深度とは──
どれだけ心に潜れるか・・・の尺度だよ!
物語を書くとは、心を見つめることだ。
深度2まで理解した君は、もう作家になれる。
■次への案内──君が学ぶべき創作論は、たった一つだった
ここまで読み進めた君なら、もう気づいていると思う。
僕が伝える創作論は、たった一つ。
《心を書け》
それだけだ。
世の中には創作本がたくさんある。
プロット、三幕構成、魅力的なキャラ作り、テンプレの型……
どれも悪くないし、練習として読むのはとても良いことだ。
でも、注意してほしい。
それらは
心を書くための道具であって、
心の空虚を埋める代わりにはならない。
だから君に、ひとつだけ約束してほしい。
プロットやネタを先に置いて、
そこにキャラを当てはめて書く──これはしないでほしい。
心が先。
技術は後。
これだけは、絶対に逆にしないでくれ。
■心を書ける作家は後でいくらでも強くなれる
物語は心から生まれる。
技法は心を書くために自然と必要になる。
心を書く力がついた作家は、
技術書を読めば一瞬で《使い方》を理解できる。
心を描くために、こういう技術を使うのかと1本に体系化していけるからだ。
逆に、心を書けない作家は、
どれだけ技法を学んでも
薄く、軽く、空洞のままだ。
全ての技術が並列かつ難解に見えて、その膨大さに絶望することになる。
■じゃあ、心の学び方はどうする?
それについては安心してほしい。
君はいま、まさにその学びの真ん中にいる。
この本が扱っているのは、
《心の構造理解》
そのものだからだ。
深度1で灯を守る方法を学び、
深度2で外界に触れて心が揺れた。
深度が増える程に、君は自分の心を知り、心の理解が深くなる。
それ自体が、《筆を折らない》ことに繋がっていくんだ。
この本を読み進めるだけで、
君は少しずつ心を見る力を身につけていく。
だから、今はただこのまま進めばいい。
■さて──次は最悪の甘い罠だ。
比較は外から刺してくる敵だった。
だが次に現れるのは、
内側から灯を食い破る甘い毒だ。
承認欲求。
これは、敵の顔をして現れない。
甘い声で近づき、
「もっと評価されようよ」
「もっと伸びようよ」
「みんなに認めてもらおうよ」
そう囁いて、君の灯をねじ曲げ、
本来描くべき小説を奪ってしまう。
君の灯を守るためには、
この甘くて危険な罠を知っておく必要がある。
多くの作家を芯から腐らせる甘い毒。
それに、君の灯が侵食されないように、
次のページではその正体をすべて語ろう。




