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deaf

〈晩秋や肉食ふ朝は寒々と 涙次〉



【ⅰ】


此井です。悦美の腹は膨れ、月滿ちれば* 息子- 私から見れば孫、の翔吉を産む事になる。君繪が云ふ-(おぢいちやん、翔吉が産まれても、わたしのおぢいちやんでゐてくれる?)-君繪は實の孫ではない自分の立場が氣になるやうだつた。自分は母・悦美が實際に腹を痛めて産んだ子ではない、と云ふのがインフェリオリティ・コンプレックスになつてゐたのだ。(莫迦だな、そんな事当たり前ぢやないか。君繪は俺の可愛い孫だよ)。また、これは少々手嚴しいやうだが、翔吉は君繪程のエスパーではない。君繪拔きのカンテラ一味など、今では考へられないのだ。



* 当該シリーズ第92話參照。



【ⅱ】


野方の公民館を借りて、* 君繪のボーイフレンド・** 三笑亭POMの助の髙坐を送る、然も聴覺障碍者向けに、と云ふ催事があつた。POMの助はだうせテレパシーで咄すので、手話通譯は必要ない。*** 田咲志彦氏が所長を勤める、福祉作業所の利用者が主な客筋である。POMの助の變幻自在・当意即妙の話術に、観客は魅了され、げらげら笑ひが催事場に木霊した。然し、POMの助にとつては肝腎の、九官鳥の物眞似の箇所では全く笑ひは取れなかつた。理由は簡單である。手話通譯の付く九官鳥なんてゐない。お客の殆どが九官鳥の吐く言葉を聴いた事がなかつたのだ。



* 当該シリーズ第127話參照。

** 当該シリーズ第130話參照。

*** 当該シリーズ第68話參照。



【ⅲ】


會の後、志彦氏と暫し歓談。「九官鳥の部分、惜しかつたですね」-「何、POMの助の勉強不足ですよ」

私は兼ねてから氣になつてゐた事を志彦氏に云つた。「英語でdeafつて言葉があるでせう。あの語は要するに『聾』と云ふのに變はりがない。その點日本語には『聴覺障碍者』と云ふ、配慮の行き届いた言葉がある。流石文學の國なだけある事です」-志彦氏、「言葉の配慮だけではなく、障碍者の社會進出も、歐米並みに進むといゝのですが-」



※※※※


〈10月はちよつとの雨で寒くなり俺に添ひ寢の(ひと)偲ばせる 平手みき〉



【ⅳ】


POMの助の髙坐には、聴覺障碍を持つた【魔】も観客として紛れてゐたやうだ。「ほお、魔界にも障碍者がねえ」と私が云ふと、何処で聞いてゐたのか「シュー・シャイン」が、「魔界にも様々なパーソナリティを持つ面子が揃つてゐるつて事ですよ」

その聴覺障碍者【魔】は、POMの助の咄しを聴きに來るぐらゐだから、よほど人間界に興味があるのだらう、と思ひ、* 涙坐に面談でもどお? と私は輕く振つた。「是非!」との答へだつたが、涙坐は流石に手話は出來ない(今は健常者でも趣味で習つてゐる人もゐるやうだが)。君繪のテレパシーで翻譯すればいゝ、と私は入れ知惠した。



* 当該シリーズ第34話參照。



【ⅴ】


と云ふ譯で、涙坐、君繪、そして護衛のぴゆうちやんの3者が魔界に降りた。だが、ぴゆうちやんがとんぼ返りで事務所に戻り(大變ダ。涙坐ネエチャント君繪チャン、攫ハレチャッタ)ぴゆうちやんは自分の護衛が役に立たなかつた事がショックで、めそめそしてゐたが、私を魔界のその現場まで連れて行つてくれた。



【ⅵ】


(おぢいちやん、この【魔】さんを退治しないで)-と云ふ君繪。魔界でも障碍者の社會進出は滞りがちで、この聴覺障碍の【魔】、つひ出來心で涙坐・君繪を攫つたのだと云ふ。自分が何でも人並みにこなすところを見せつけたかつたのだらう。魔界には、よく云はれるやうに、出世しか樂しみがない。

こんな場面で、對【魔】的にタカ派のカンテラなら、「おのれ【魔】め、許さん」と直ちに斬るだらうが、ハト派を以て任じてゐる私は、今すぐ涙坐と君繪を返せば、罪一等を減ずる事を約し、その結果、彼女らは私逹の許に帰つて來た。



※※※※


〈或る(ひと)の手紙訴ふ秋なのよ 涙次〉



【ⅶ】


私は志彦氏の言葉を反芻してゐた、ばかりか、この一件、障碍者のプライドを傷つけず私が処理した、と云ふ事で、彼が仕事のギャランティを支拂つてくれた。志彦氏には感謝、の一言である。光流くんも良く出來た父を持つたものだ。そんなこんなで、お仕舞ひとしやう。此井でした。

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