憲兵殿こいつです! ぽんちょ令嬢は職質令息を逃がさない
「あっ、おい、ぽんちょ! ちょっと待ってくれ! オレの身の潔白を証明してくれ!」
街角で偶然貴族学院の知り合いを見つけた。
ぽんちょのやつ、露骨に嫌そうな顔していやがるけど、オレは必死なんだよ!
何故って憲兵に任意同行を求められているから。
オレの身分を証明してくれ!
ぽんちょはその名の通り、自領でメジャーなファッションらしい『ポンチョ』という、貫頭衣とマントのハーフみたいなやつをいつも着てるんだ。
産業として確立したい思惑があるのではないかな。
王都でポンチョを人気にしたいようで。
他に誰も着てないけどな。
あっ、めんどくさそうにしながらもこっち来てくれた。
ぽんちょはこういうところが好感持てる。
他の女子だと関わり合いはごめんだとばかり放っておかれそう。
憲兵が言う。
「これはこれは。貴族の御令嬢ですな?」
「ウィッティ男爵家当代の長女コハルと申しますです」
「コハル嬢はこやつと知り合いなのですかな?」
「知り合いかどうかはこれから決めるです。こいつの心がけ次第です」
「おうい!」
知らんぷりする気かよ!
後生だから助けてくれ!
「ぽんちょとオレの仲じゃねえか。見捨てないでくれ!」
「仲がどうしましたですか。人聞きが悪いですね。身の潔白なんか証明できませんが、言い分だけは聞いてやるです」
「ふむ、知り合いであることは間違いない、ですか?」
「その問いに答える前に憲兵殿に伺いたいことがあるです。この不審者は一体何をやらかしたですか?」
「おい、ぽんちょ。不審者とは何だ! オレは何もしてないぞ!」
「うるさいですね。何もしていない者が捕まるわけないです。そんなに憲兵殿が暇じゃないことくらい知ってるです」
マジで何もしてないんだって!
「で、どんな凶悪なことをしたですか?」
「いや、何をしたというわけではないのですよ。しかし過去に職務質問を何度か無視されたことがございましてな。いかにも怪しい風体なので任意同行を求めたということです」
「黒ずくめで確かに怪しく見えますね」
「えっ? シックじゃねえか?」
オレの感覚、他人と違う?
「自分ではシックと思っていたですか。それはともかく、どうして職質を無視したですか?」
「我が国の法律で職質は規定されていないからな。無視したって構わんのだ」
「ムダによく知ってるですね」
「怪しいでしょう?」
「怪しくないわ! しかし任意同行は話が別なんだ。その時断ることはできるが、後になって逮捕令状が出る場合があるの」
「本当にムダな知識があるですね」
ムダじゃないわ!
身を守るための重要な知識だわ!
「任意同行に応じると、身元を証明するまで解放されないだろう?」
「知らないですよ。身元を証明すればいいじゃないですか」
「オレは寮生だから、証明が案外難しくて。家族も王都にいないしな?」
「なるほど。あっ、学院の生徒手帳を見せればいいのでは?」
「街をぶらつくのに、そんなもの持ち歩くか?」
「ダメなやつですね。家族が王都にいないなら、誰が保証人になってるですか?」
「宮廷魔道士長のクソジジイだよ」
オレの魔道の基礎はあのクソジジイに教わったんだよ。
あれ? 宮廷魔道士長って言ったら憲兵がビビってるわ。
「こんなことでクソジジイを呼びつけると、忙しいのに何してるってメッチャ叱られるんだよ」
「叱られりゃいいです」
「頼むから助けてくれ!」
「コハル嬢、些事で宮廷魔道士長殿に御足労いただいても申し訳ないのですよ。こやつを引き取ってもらえませんかな?」
そうそう、よろしく頼むよ。
しかし?
「ところでどうしてぽんちょは憲兵に信用されてるんだ?」
「わたしを疑うのは神を疑うに等しいからです」
「コハル嬢の格好は目立ちますので。普段から御老人に親切にしたり、迷子を憲兵詰め所まで連れてきてくださったりしますしな。憲兵の間ではよく知られているのです。小官、名前は存じませんでしたが」
「偽善者め!」
「もうわたし帰るです」
「うそうそ! 神様聖者様ぽんちょ様! どうぞオレをお助けください!」
「仕方ないですね。まずわたしの身分証明です。貴族学院の生徒手帳です」
「ふむ、確かに」
あれ? 簡単に済むんだな。
思ったより生徒手帳の効果が絶大だ。
というか貴族学院に信用があるんだな?
オレも今度から携帯しよう。
「こいつはわたしの同級生イノセント・サムナー男爵令息に間違いないです。コハル・ウィッティが保証しますです」
「イノセント? 結構な名前ですが、看板に偽りがあり過ぎませんかな?」
「完全に同意です。目が邪悪です。エビルとかデストロイのがいいと思うであります」
「おいこら。目は慢性的に寝不足なだけなんだよ!」
毎晩魔道具の研究をしてるからな。
名前で文句言われるとは。
今日は厄日だ。
「ここでイノセントに提案です。わたしに協力してください」
「は? 何でぽんちょに協力しなきゃいけないんだ?」
「憲兵殿。こいつは学院で怪しい魔道の研究をしているです。将来犯罪を起こすに違いないで……」
「うそうそ! 協力するから!」
何て恐ろしいやつだ。
少なくとも憲兵から解放されるまではこいつに逆らってはいけない。
「ではポンチョを着てください」
「は?」
「我が領の名物ファッションであるポンチョの普及に協力するです」
「……」
危ない危ない。
誰が着るかクソがと、反射的に言いそうになってしまった。
ここは従っておかねば。
ぽんちょの侍女が一着取り出した。
どうして今こんなもの持ってるんだよ。
「黒ずくめの格好をしているから不審がられるです。これを着てみるです」
「頭っから被りゃいいんだな……どうだ?」
「ほう、悪くないですな」
「……悔しいけど似合っているです」
「そ、そうかい?」
ぽんちょだけなら協力させたいがためにお世辞言ってるだけかもしれんが、憲兵が悪くないって呟いたしな?
いや、オレもえんじと黒の配色はよさげだと思う。
「長身と合うではないですか」
「ガリガリで頼りないところが隠れるです」
「この洒落た格好ならば不審者に見えないのですがね」
「目付きさえよければハンサムと言っていいです」
おいおい、絶賛じゃねえか。
どうなってるんだ?
照れるぜ。
「イノセント、そのポンチョはあげるです。それを着ていれば職質を受ける確率はぐんと減ると思うです」
「間違いないですな」
「そうか。すまんな」
「そしてポンチョの普及に貢献するです!」
着て歩いて宣伝しろってことか。
まったくしっかりしていやがるな。
しかし職質が減るのはありがたい。
オレにジャストフィットのようだし。
いいものを手に入れたぜ。
「では憲兵殿。失礼するです」
「うむ、気をつけて」
「おい、ぽんちょ。今日はすまなかったな。『パティスリーキキ』のスイーツ食べ放題行かねえか? 奢るぜ」
「えっ? 大人気で入場制限のあるスイーツショップですよね。いいのですか?」
「ああ。入場チケットもらったんで、今から行くところだったんだ」
「……男一人黒ずくめの格好でスイーツ食べ放題行くつもりだったですか? 絶対通報されるですよ?」
やっぱり。
オレもそんな気がしてたわ。
ぽんちょを誘ってよかったわ。
「まあいいじゃねえか。三人まで通用するからよ」
「ありがたくゴチになるです」
「決まった。行こうぜ」
侍女も含めてポンチョ三人の一行だ。
ハハッ、ちょっと目立って愉快だな。
「この上着、思ったよりいいじゃねえか。お前が着てるのを見てたら子供服にしか見えなかったけどよ。マントより威圧感がなくて優雅だわ」
「以前からポンチョは長身の男性に似合うと思ってたです。でもこの手のファッション性重視のタイプは、領でも女ものないし子供服の扱いなのですよ」
「おい、女子供向けって一般認識のものをオレに着せたのかよ」
「流行の最先端です」
ああ言えばこう言うんだから。
――――――――――ぽんちょことコハル視点。
イノセント・サムナー男爵令息にポンチョを着せて広告塔にすることに成功した上、スイーツを奢ってもらえるです。
今日はいい日ですね。
ちらちらと道行く人に見られています。
ほぼ視線がイノセントに向かっています。
わかりますです。
ポンチョ効果で相当格好良く見えているですから。
宣伝効果としてはバッチリです。
でも面白くないですね。
イノセントなんかのイメージアップに貢献していると思うと。
「この上着、思ったよりいいじゃねえか。お前が着てるのを見てたら子供服にしか見えなかったけどよ。マントより威圧感がなくて優雅だわ」
「以前からポンチョは長身の男性に似合うと思ってたです。でもこの手のファッション性重視のタイプは、領でも女ものないし子供服の扱いなのですよ」
「おい、女子供向けって一般認識のものをオレに着せたのかよ」
「流行の最先端です」
本当に最先端ですよ?
わたしの頭の中では。
ポンチョが王都で流行るといいですねえ。
似たものも出回ると思いますけれど、我が領のポンチョは技術・歴史・多様性において負けはしないですから。
「フード付きのものもあるですよ。被っていると怪しく見えるのでイノセントには勧めないですけれども」
「おいこら」
「雨具として使えるです」
「おう、なるほどな」
しかしイノセントがこれほどポンチョを気に入ってくれるとは思いませんでした。
嬉しいですね。
「ウィッティ男爵家の領地って、山岳地方なんだろ?」
「山ですね」
「あれか、山の変わりやすい気候に対応するため、ポンチョが発明されたってことか」
「そういう側面はあると思いますです」
「山だから、農業で産業振興というのは難しい。で、ポンチョを流行らせて一儲けって腹だな?」
「わかりますですか?」
イノセントはポンチョに興味があるようです。
侍女に目をやると頷いています。
魔道士のローブに通ずるところがありますし、馴染みやすいのかもしれませんです。
ポンチョ普及の推進力になるかも。
「面白いじゃねえか」
「イノセントはポンチョのどの辺がいいと思いますですか?」
「お前は普通に可愛いだろ。頭もいいし」
「え?」
「今日通りがかったのが、正義感のあるぽんちょで助かったわ。他の誰かだったら素通りされてたんじゃねえか? 本当に感謝してるんだぜ」
「いや、わたしではなく、着る方のポンチョのことで」
「ぽんちょ違いか。ややこしいな」
わたしのことも肯定的評価ではないですか。
恥ずかしいです。
不意打ちはやめてくださいです。
「まず真夏以外はオールオッケーだろ? 今着てるやつはファッション性を重視してると言ってたが、もちろん防寒性を重視したものもあるんだろうし」
「当然ですね」
「マントって肩に重く感じるんだよ」
「そうなのですか?」
「おう。ポンチョをメジャーにしたい目論見があるなら、女子供向けに可愛さを追うだけじゃなくてよ。男向けにマント需要を食うことを考えた方がいいぜ」
わあ、随分参考になる意見です。
ありがたいですねえ。
「イノセントはなかなかやるですね」
「ハハッ、考えることは楽しいよな」
「見直したです。ただの不審者かと思ってたです」
「ひでえな。夜着とか部屋着はあるんだろ?」
「ポンチョのですか? ……見たことありませんです。元々外套用途のものですから」
「マジかよ。ソフトな布地に変えりゃすぐできるだろ。作れよ。オレが買うわ」
どんどん新しいアイデアが出るです。
目から鱗です。
イノセントは固定観念に捉われていないせいですかね?
あるいは魔道の研究に慣れていると、頭が柔らかくなるですか。
有用な人材ですね。
欲しいです。
「だ、誰か捕まえてくれえ! ひったくりだあ!」
む?
振り返ると二人組の男が逃げてくるです。
「刃物を持ってるですよ! イノセントは逃げるです!」
「ぽんちょこそ逃げろよ!」
むかっ。
誰に向かって言ってるですか!
ウィッティ男爵家では皆厳しい武術の訓練を受けるですよ!
ひょろガリのイノセントとは違うのです!
走ってくる男達の一人の、刃物を持ってる腕を抱え込んで背負い投げ!
思い切り地面に叩きつけてやったです!
「もう一人は……」
あれ?
もう一人も倒れていますね。
イノセントが倒したですか?
ひょろガリのクセにどうやって?
「おう、ぽんちょ。すげえじゃねえか。武道の心得があったのか」
「あるのですよ」
「可愛いだけじゃねえんだな」
「えへへ。イノセントこそどうやってそいつを倒したのです?」
イノセントはどう見ても武道の心得のある足捌きや体つきじゃないのですが。
「これさ」
「何ですか? それは」
「接触させて電撃を放つ魔道具『スタンガン』だ。オレの発明品」
「そんな危ないものを……憲兵殿こいつです!」
「おいこら、物騒なこと言うんじゃねえよ!」
「自分が物騒なことを理解してないですね。職質されて当然ではないですか。あっ、だから宮廷魔道士長を呼ばれると都合が悪いのです?」
「よくわかってるじゃねえか。正義の行いに使う分には問題ねえだろ。ポンチョ着ていればいくらでも隠すところあるしな」
そんなことでポンチョに利点を見出されても。
悪事の片棒を担いだ気分です。
「内側にポケットをいくつかつけたやつを作ってくれ。オレも欲しいし、旅装としてやフィールドワークにいいと思うぜ」
「了解であります」
本当にアイデアは次々と出しますですね。
ありがたいですけれども。
ひったくりの被害に遭った壮年の男性が追いついてきました。
「あ、あんた方すまねえ! 大した腕だな!」
「おう、これくらいどうってことねえよ」
「ぜひ礼をしたいが」
「いらないです。今からスイーツ食べ放題に行くのです」
「スイーツ食べ放題? 『パティスリーキキ』か?」
「そうだぜ」
「わしの店だ! タダでいいから好きなだけ食べていってくれ。お土産もつけよう」
「やったです!」
イノセントといるといいことありますですねえ。
色々アイデアを出してくれますし、かしこまらず気楽に喋れますし。
魔道に詳しく、宮廷魔道士に伝手があるというのも将来性を感じますです。
……これは狙い目なのでは?
わたしはウィッティ男爵家の長女で、婿を取らねばならぬ身です。
ポンチョに理解のあるイノセントはベストな気がします。
せ、背が高くてポンチョを着るとちょっと格好良く見えますしっ!
「ツイてたな。おう、ぽんちょ、行こうぜ」
「はい。つかぬことを聞くですが、イノセントにはお兄さんがいますですか?」
「あ? オレは三男だぜ」
「よしっ!」
「?」
首をかしげてりゃいいです。
わたしは狙った獲物を逃がさんです。
侍女と視線を合わせ、頷き合います。
「……これから楽しみですね」
「おう、腹一杯食おうぜ」
もう、この男は食い気ばかりなのですから。
絶対こっちを振り向かせてやるです!
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