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銅像ロード

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おお、つぶらやくん。珍しいな、君が質問してくるとは。いったい、どのようなことだい?


 ――像、像とよく聞きますが、なぜ銅像は銅を使うんですか? 鉄とかじゃいけないんですか?


 ふむ、確かに鉄以外にも銀像とか、金像とかは、銅像に比べるとあまり耳にしないよね。それだけ銅の使用率が高いわけだ。

 で、銅を使う理由としては、ひとくちでいうと楽だからだ。

 銅像は銅100%ということは少なく、たいていはスズを混ぜた「青銅」を用いる。こいつは銅単体に比べて融点が低く、加工がしやすくて、サビづらい。

 その点、鉄はサビやすいし、銀や金は貴重品だからコストがかかると来ている。長く残すこと考えたら、青銅にアドバンテージがあるわけだ。


 でもね、ひょっとしたら。

 ひょっとしたら、青銅を多く使うことには別の意味があるのかもしれない。

 先生も以前に、銅像をめぐって少し不思議なことを体験してね。そのときの話、聞いてみないか?



 先生が小さいころに暮らしていた実家の近辺には、「銅像ロード」がある。

 地元出身の高名な美術家の名を冠し、その作品のレプリカたちが並んでいる道だ。

 歩道と各建物の間に設けられた専用のスペースに、等間隔で置かれている作品たち。訪れる人は、毎日でもその美術家の個展を訪れることができるようなものだ。

 人物像が多いんだけど、動物らしきものをかたどったものも、いくつか混じっている。

 先生の家の出口側も、その人間じゃない像のひとつがたたずんでいるから、ちょっとなじみ深い。

 玄関前に立つのは、大蛇を思わせるような太い綱のような胴体が、とぐろを巻いてうずくまっている姿の銅像。

 そのとぐろの下には、海の波か、あるいは開いた蓮の花を思わせるような座が据えられていてね。神様、仏様を感じさせるそのたたずまいに、どこかの偉い神様をイメージしたものなのかな……とぼんやり考えていたよ。


 ある日、いつも通りに学校へ向かおうと家を出た時だ。

 例の蛇さんの座の部分が、うっすら汚れているのを先生は見て取った。

 像は、1メートルくらいの高さの石柱の上に設置されている。その柱との接地面とほんの数ミリ上まで、緑青の色をした汚れがこびりついていたんだ。

 サビとかが銅にも浮くのかな? とこのときの先生は、ちょびっと考えた程度だった。

 自分の生まれるより前から、ずっと置かれているもの。そりゃどこか、ガタとか来てもおかしくないよね、と。


 けれども下校時間になって、あらためて銅像ロードをたどり、先生は確認する。

 ここにある像のことごとく、足元部分にあの緑青に覆われたような色合いがうずくまっていることを。

 もし雨とかに打たれたのが原因ならば、これより上の部分にも同じように傷んだ部分がありそうなものだけど、それがなかった。

 ひたすら足元ばかり。そうなると石柱のほうに原因があるのだろうか?

 作品名つきのプレートが埋め込まれた柱を、先生はつぶさに観察してみる。

 色は道路のアスファルトのそれと、大差ない灰色。素人目に見る限りでは、おかしいところは見当たらない。

 でも、この銅像たちがそろいもそろって、同じところばかり汚しているのには、何か理由がありそうな気がするのだけど……。


 そう考えながら、銅像のひとつ。サッカーボールを蹴り出すのような、躍動感あふれるスタイルを表現する像の前を通り過ぎたとき。

 すぐ後ろで、肉が思い切りぶつけられるような音が響いた。棒で肉を叩くときに出る音と、よく似ていた。

 振り返ってみる。

 歩道と車道を隔てるガードレール。普段ならばほぼ白一色のその身体の一部が、緑青の色にたっぷり汚れていたんだ。

 ほんの数秒前、先生が通り過ぎるときにはなんともなかったはず。それがこのほんのわずかな間で、こうも色を変えてしまうなんて……。


 ふっと、例の銅像へ目を移す。

 像の振り上げるつま先から、ぽたりぽたりと真新しく垂れ落ちるしずくの存在を、先生は認めた。ガードレールを汚すのと同じ色合いのね。


 ――足元の汚れと同じ。まさか、像が汚れを蹴り出して、汚したのか?


 その予想、半分ほどは正解だったらしいが、もう半分は違ったみたいだ。


 あらためて、進行方向に向き直った先生が見たのは、緑青の世界。

 本来、あるべき道も景色も、あの像の足やガードレールを汚す緑青一色に、視界がふさがれていたんだ。

 理解が追い付かず、てっきり緑青に意識が向き続けていたがために、ちょっと見えるものを誤認してしまっていると思ったよ。

 けれども目の前からどっと、つばを吐きかけられたように、無数に浴びせられる緑青のかたまりを、先生は受けた。

 思わず、飛びずさるようにして尻もちをつく。その際、周囲の景色がほんのわずか見えて、それらがすぐ緑青の景色に塗り潰されるのを見たことで、分かったよ。


 先生の目がおかしいんじゃない。

 この目の前に立ちはだかっているのは、緑青の色をした、でかいでかい何者かの図体だということがね。景色がまた閉ざされた、というのは先生との間合いを詰めてきたことに他ならない。


 ――逃げないと……!


 先生が起き上がりかけたところで、とうとつにその緑青の図体は消えた。

 いや、厳密には車道側へ吹き飛ばされたんだ。実際に飛び出すことはなく、ガードレールにでかい図体がぶつかり、たちどころに霧散。

 先に見たのと同じ、いくらかの緑青の色を表面に塗りたくるのにとどまった。

 そして今度は、蹴り上げる像よりもひとつ先。先生の家の前にある像とよく似た、蛇のような像の足元部分が、また真新しく緑青のしずくを垂らしていたんだ。


 家に帰って鏡を見ると、服も肌も、ところどころに例の緑青のしずくが飛んでいたよ。

 すぐに洗ったけれど、皮膚の触れた部分は数日間かぶれてしまった。が、あの図体に迫られて、触れられていたならばどうなっていたことか。

 あの銅像ロード。

 単なる個展気分じゃなく、この地元の守り神的な意味合いも込めて置かれているんじゃないか……などと先生は考えてしまうんだよ。

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