第2話 初めまして、先生
こんにちは。第2話です。新キャラの先生が出ます。
病院内に入ると建物に年季は入っているものの、内装は病院らしく清潔にされていた。ルガーノさんがスマートウォッチのようなもの(以下、スマートウォッチ)を受付の電子板にかざした。
「もう一度聞くけど、本当に情報チップも保険証もないんだね?」
改めて確認され、一応体やポケットを見ることにした。ポケットにはいつもの診察券とおくすり手帳、そして保険証の代わりに、見たことのない保険証のようなものが入っていた。
「あの、ルガーノさん、これって使えますか?」
「なんだ。保険証持っていたんだね。それでいいんだよ。」
ルガーノさんは私の保険証を受け取ると先ほどの電子板にかざした。すると受付番号が書いてある紙が発行された。それをルガーノさんが取り、私に渡してきた。よく見るとこの紙は竹から作られた物だとわかった。
「SDGs……」
「ん?どうかしたかい?」
「いえ!何も。」
待合室の椅子に座り、私は落ち着きなく周りをキョロキョロと見た。ふむ、腰痛に効く魔法、膝関節に効く魔法薬、薬局からのお知らせ、健康診断のお知らせ、か。私のいた世界も異世界も、あまり変わらないのかもしれない。強いて言えば魔法があることくらいかもしれないな。しばらくすると私の番号が呼ばれた。当然のようにルガーノさんが付いてくる。
「やぁ、初めまして、アガサさん。こちらに掛けて。」
先生は思ったよりも若かった。耳が尖っている、もしかしてエルフとかなのかもしれない。長髪の銀髪に紫の瞳、眼鏡をかけた美丈夫。先生もモテそうだ。
「ふふ、ルガーノが付き添いだなんて、珍しいこともあるもんだ。」
「…早くアガサさんを診てくれ。」
「全く、せっかちな男だね。」
先生もルガーノさんと知り合いのようだ。イーサンが言っていたように、ここは田舎なのだな。さて、私はその後、問診と触診を受け、精密検査をしたが、異常がないことがわかっただけだった。他の世界から来ただけなので、何も出てこないのが当たり前だ。先生も頭を捻っていた。
「脳波に異常は…ないね。記憶喪失というのは通常、名前、家族や友人、住所等のことを忘れる。生活に関わる物事を忘れる事例はとても少ない。貴方は、この世界のことをすっかり忘れてしまっているようだね。まるで別の世界から来たかのように。」
「!」
「別の世界?他の世界線から来たということか?」
「そうだね。他のバースから飛んできたってところかな?見たことのない免疫が付いているし、逆にこの年で魔力症の免疫がないのはおかしい。」
知らない言葉も出てきたが、この先生はすごいな。私が他の世界から来たとすぐに推理した。先生からの視線に耐え切れず、ルガーノさんを見ると、目を見開いていた。
「先生、あの、魔力症とは何でしょうか。」
「あぁ、説明してあげましょう。魔力の説明から必要かな。」
先生からの説明によると、この世界の魔力とは血液のように体を巡っているものであり、脳から供給されているようだ。また、魔力症とは、魔力の制御ができていない一歳から五歳までに、ウイルスに感染して起こる魔力の暴走のことを言う。症状としては発熱が主で、酷い時には熱暴走を起こす命に係わる病気だそうだ。念のため、私はこの病気の予防注射を受けることになった。
「しかし、本当に異世界から来たのなら帰る方法も分からなくて不安だろう。しばらく、この病院で過ごすかい?」
「え、いいん、」
「それなら僕の家に来るといいよ。使っていない部屋があるから、そこを自由に使いなよ。」
私の返事に被せるようにルガーノさんが部屋を提供してくれた。まぁ、病院の方が情報も入りやすくていいと思うのだけど。
「ルガーノ。君がアガサさんを気に入ったのは分かるが、慣れない土地で過ごすには病院の方が、」
「お前は他の世界から来た人間を研究したいだけだろう。それなら僕の家の方がよっぽど安全だ。」
「私、実験動物になるんですか?」
「このままだとね。だから僕と一緒に来た方がいいよ。」
さすがに実験されるのは困る。それなら多少は知っているルガーノさんの家にお世話になる方が安全な気がする。何かとお世話になって申し訳ないが、ルガーノさんについていこう。
「ルガーノさん、よろしくお願いします。」
「あらら、振られちゃった。」
「当然だろう。」
診察を終えるとルガーノさんが診察代を払ってくれた。例のスマートウォッチで。私はアナログな人間なので、そういったものには馴染みがないが、これからここで過ごすには慣れていかなくてはならないだろう。ルガーノさんの後に続いて道を歩く。先程は見なかったが、もう日が沈もうとしていた。赤く燃えるような夕日を眺めながら、私の異世界での生活が始まろうとしていた。
物語内では名前が出てきませんが、先生の名前は「クリス・アンバー」です。エルフと人間の両親から生まれ、生まれ育ったボルトフで医者をしています。実験が好きで、見知らぬ物にとても興味を示します。