第2話 遺書1+遺書2
僕は“母さんの姿”をしていたのだった。驚くのも束の間、とても強い尿意が襲ってきた。とりあえず女子トイレに入って用を足しに行った。致し方がない。
僕は女子トイレの個室で今の状況を整理した。不可思議なことが今起こっているが冷静でいられた。なぜなら今はあの化物に追われているわけではないからだ。正直、自分の今の冷静さに驚いている。
僕はIQ180オーバーで某有名東京大学を首席で合格している。論理的思考は得意だ。
まずは、母の腕時計を見てみる。時刻は2024/6/13 10時15分だ。そしてこの時間は以前、警察の人に伝えられた母親が死んだ時刻のちょうど9時間前だ。
そして、さらに冷静に状況を整理する。
状況はこうだ。
僕には2つの能力がある。
1.危機に陥ると世界が遅く見えて、自分が少し速く動くことができる能力(人知を超えた速度ではない)
2.おそらくだが、今の状況から鑑みるに
死ぬとタイムリープして“他者に憑依する”能力を持っている。
そして、現在は母親の死の9時間前やってきて来ている。
状況を整理した後、僕はオフィスの自分の席に戻り、今後の自分の取る行動について考察した。しかし、やっかいなことに母は警察の警部をしている。なので、デスクには次々と書類が積み重なっていく。もちろん与えられた仕事は一切しない。(てゆうか、仕事の仕方がわからない。)
仕事仲間に職務放棄していると思われるって?
そんなのどうでもいい何故なら僕(母の体)は9時間後死ぬかもしれないんだからそんなことする義理がない。
これから僕がする行動を考える。
「警察にこれから起こること」と「僕が持っている能力のこと」を僕の記憶を頼りに正直に話す?
無理だ、まず誰がこのSF話を信じる?
絶対にないと言い切れるが、万が一この話をして信用されたとしても
警察はほとんどの場合、事件後に動くから
正直に話すというこの行動が不毛である。
僕にはあと9時間しかないので意味のない行動はなるべく避けたい。
とりあえず「これからすること」を整理も兼ねて
紙とメモを用意し、まとめた。
メモの内容は以下の通りだ。
これからすること1.
「僕の異能力が2つあること」と「僕の死の時刻と母の死の時刻を“分単位まで”」と「顔が蓮の葉の形状をしていて液体金属素材の触手を持った化物が存在すること」を"遺書1"に書き記しておく。そしてこの”遺書1”をオフィスの机引き出しの中にしまっておく。(机の上にあるとイタズラだと思われて捨てられてしまうから)
これからすること2.
「田んぼ」と「親の寝室」を避けるようにして、母が死んだ事実を改変できるかを確かめる。これは母の遺体が「田んぼ」にあったという事実と「親の寝室」に血痕が残っていたという事実を吉田刑事から伝えられていたため、はじめからそこに一切近づかなければ母が死ぬことはない。未来を改変できる可能性があるからだ。
これからすること3.
化物の情報を集める。なんなら化物を撃退する。
母の胸に開いた大穴はおそらく現時点の僕の知識で知り得る限り、あの化物による攻撃である可能性が一番濃厚だ。
「田んぼ」や「親の寝室」に近づくことはしないが、
もし化物と“屋外”で相対したときは僕の世界がスローになる異能力を使い今度は逃げずにその場で攻撃を交わし続け、その間に化物の情報を知りえる限り獲得していく。
そして野次馬が集まるまで攻撃を交わし切る。(絶対に一撃ももらわない自信がある。)
その後、野次馬の通報を受けた警察の一斉射撃で化物を倒して一件落着だ。
そして、僕は事後に警察に化物の特徴について分かったことを提供してあげる。
これからすること4.
「『電話で母の死を伝えられた時』から『今、遺書を書いているこの時』までの僕のストーリー」とそれに追加して「僕がこれから『母が死んだ事実の改変ができるかの検証』と『化物の情報集め』を行うこと」など
これまでの出来事とこれからの僕の行動を洗いざらい打ち明けた遺書2(日記形式)を残す。そして“遺書1”と一緒に机の引き出しの中にしまっておく。
僕はこれら4つのことをこれから行う。
そしてこの“遺書1”と遺書2は母が死んだ後、確実に警察に渡り、SFのような内容の遺書を信じてくれると確信している。(というか母の死後に遺書の内容は効力を発揮する)
確信できる理由は2つある。
1つ目:母の不可解な死は一般論では説明出来ないが僕の書いたまるでSFのような遺書の内容はこの不可解な死の状況の一つである「心臓から肺にかけて大きな穴が空いていたこと」を立証できるため。
2つ目:
電話と取調室で吉田刑事にこう言われたからだ。
「2024/6/13 19時34分に母親が死にました。」と。
その時はショックで何も考えられなかったが今思えば、検死が“分単位まで”ドンピシャで当てられるのはおかしいと思う。
おそらく吉田刑事は遺書が衝撃的な内容すぎて印象に残っていたため、自分でも気づかずに”分単位まで”口に出してしまったのだろう。
僕はそのミスを見逃していない。
しかし疑問点が2つ思い浮かんだ。
1つ目:警察側は母の遺書の内容を取調室で僕に伝えればよかったのに...(この時の僕は遺書の内容を知らない、もし知っていれば警察に協力できたかもしれない)
2つ目:遺書は本来遺族宛てに書くもので、警察側はそれを遺族に届けなくてはならないという義務がある。しかし、以前の僕に届けられることはなかった。
これら2つの疑問点から、おそらく僕に遺書の内容を伝えることを禁止されていたと結論づけた。(なにか大人の事情があるのだろう)
警察側が僕に“遺書1”と遺書2の内容を伝えられなかった事情については追々考えるとしよう。現時点では何故かはわからない。
僕は約9時間後に死ぬ可能性高い。それまでに僕の出来得る限りのすべてをこの世に残しておこう。
しかし、死ぬ可能性があると分かっていると涙が込み上がってきた。そんな自分にムチを打ち、気合いを入れた。
「よし、早速遺書を書き始めようか!」
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“遺書1”を3時間かけて書き終え、それを机の引き出しの中にしまった。
その直後また、“誰かに睨まれている感覚”に陥った。
そして母の電話が鳴った。スマホの画面には“非通知”と書いてあった。
今はどうでもいい。
誰だかわからないので着信拒否のボタンを押した。2度目がなった、3度目がなった。
状況が状況だ。僕はイライラしていた。
流石にうざったいので、「もうなんなんだよ!電話してくんな!迷惑だ」と言い、すぐに電話を切ることを決心し、3度目の着信に出た。
このときの僕は冷静ではなかった。普段であればこんな悪手な行動はしない。
「もうなんなんだよ!電話してくんな!め...」と言ったのと同時に電話越しに「『“にゅーたばるは動き出す”』」と女性の声が聞こえた。すると体がビリビリっと震えて麻痺した。
僕はすぐに電話を切るという準備をしていたのですぐに電話を切ることができ、何とか電話を終わらせることができた。
(なんだったんださっきの雷に打たれたような感覚は?)
怖くなったのでスマホを機内モードに変えた。
機内モードに設定を変更したと同時に
「キーンコーンカーンコーン♪」
お昼の時間を伝えるチャイムが鳴った。
そして、吉田刑事が目の前に現れた。
「希望さんお昼一緒に行きましょうよ。」
と誘われた。(母の後輩だったんだこの人)
と心の中で思った。
「頭を使っていたから、そういえばお腹が空いたな...」
一緒に近くの牛丼屋さんに行くことにした。
吉田刑事は牛丼を食べながら僕に話をかけてきた。
「てゆーか、希望さん本当美人ですよね!見た目が”20歳後半”ですよ!」
僕の母さんの見た目が若く美魔女なことには僕も同感だ。
「もう冗談言っちゃってw」
僕は母の口調を真似した。(IQの高い僕にとっては口調をマネることは朝飯前だ)
そして、どうでもいい話が進んでいった。
2人が牛丼を食べ終えた後に、先ほどの電話のことを思い出して吉田刑事に問いかけてみた。
「『にゅーたばる』って聞いたことある?」
吉田刑事が面白おかしく答えた。
「なんスかそれ、新しいポメモンすか?それともスライムクエストの新しいモンスターすか?w」
この人に聞いたのが間違いだった、、と後悔する。
そして僕はお昼ご飯を終えてオフィスに戻った。
午後は遺書2の作成をしたり、仕事の書類を処理している風を装ったりした。
完成した遺書2は引き出しを開け、“遺書1”の横に置いた。
そして時間は流れ勝負の時はやってきた。
母が死ぬ時刻の15分前に署内の女子トイレの個室に入った。
僕はLIMEで吉田刑事に
「私が殉職したら、私のデスクの引き出しの中にある“遺書1”と遺書2を読んで。」
とチャットを残した。
トイレの個室に居れば絶対に母の死体が横たわっていた「田んぼ」に居る。なんてことは起こり得ない。このままトイレの個室に籠っていればこれから起こる事実を変えられる。そう確信した。
それでも、死亡時刻をただ待つのは怖かった。この後なにが起こるかわからないからだ。
そしてトイレに籠りながら「田んぼ」についてずっと考えていた。というか畏怖の場所であるため考えられずにはいられない。
「田んぼ」の風景が頭によぎった次の瞬間に
突然、轟という音が響きわたった。
そして、僕の目の前に「田んぼ」が広がっていた
「何が起こったんだ?」
辺りを見渡す、周りは「田んぼ」だらけだった。
僕は確信した。
これはアニメで見たことがある。
「ワープしたのか?」と思った。それと同時に「体の震えが止まらない」
震えが止まらない理由は2つあった。
1つ目は恐怖で震えているからだ。今あの「田んぼ」に居る。無理もない。
2つ目は自分は全裸になっており、寒いからだ。
おそらく衣服等は警察署内のトイレにあるのだろう。体だけがワープしたのだ。
僕は必死で走りこの場所から離れようとした。しかし、どこまで走っても「田んぼ」が広がっている。
全速力で走ったところでどこの「田んぼ」で死ぬのかわからない。
まずいこのままだと死ぬ。と思った矢先、
「いや、待てよ...またワープすればいいんじゃない?」僕はその場で考え得る最善の案を思いついた。
そして僕は
「田んぼ」とは全く無縁な場所の「浜辺」をイメージして「跳べ」と念じた。
轟という音がした。
すると目の前には
海が広がっていた。
「よし成功した。これで一安心だ。このまま死亡時刻までこの浜辺で過ごそう。」
そう考えた。たまたま浜辺には大きな時計灯が設置してあった。
それを見続けて母の死亡時刻を過ぎるのを待った。
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「5、4、3、2、1、0よっしゃー生きてる」
伝えられていた死亡時刻を過ぎたが死んでいない。とても安堵した。しかし、念には念を!
「もう15分この浜辺で過ごそう。」
その後何もすることなくただ浜辺に全裸で突っ立っていた。
そして15分が経った。安堵した気持ちになった。
そして、大学受験を受けた後に家に帰宅した時のあの独特の眠気さに似たものが突然僕に襲いかかってきた。それもそのはず、死の恐怖から解放されたから眠気が襲い掛かるのも当然だ。
「今日は疲れた。家に帰って寝よう。」
そう思い、大学で一人暮らししている“ダブルベッド”を思い出しながら「跳べ!」と念じた。
轟という音を発し
そのまま、ベッドの上にワープした。それと同時に僕は眠りに落ちようとした。
すると床のキーキーとなる音が聞こえた。
誰かの足音だ。
「誰だ!」
僕はそう叫び飛び起きた。
僕は一人暮らしのはず
そしてドア付近のコンセントの近くの“黒いガラパゴスケータイ”がなぜか目に入った。
「えっ?なんでこんなものが僕の部屋に置いてあるんだ?」
そう思ったのも束の間、寝室のドアがガチャりと開く。
そこには蓮の葉の形状の液体金属素材の触手が伸びた“怪物”が立っていた。そしてその怪物が着ている衣服には見覚えがあった。それは父の部屋着だ。間違いない。小さい頃から見慣れている。
そして周りを見回してみるとあることに気がつく
「あれ?ここって親の寝室だ。」
僕は即座に臨戦体制をとった。
そして、臨戦体制をとった僕はこう考えた。この場所は僕にとって分が悪い、なぜなら
“屋内”には野次馬が集まってこないからだ。
僕がたてた事前の作戦は“屋外”でこの怪物と対峙し野次馬を集めるというものだ。
僕は怪物と対峙する機会を改めようと思い、
僕は「どこでもいい『跳べ』」と念じた。
今は臨戦体制に入っているため場所を指定しているほど僕には余裕がなかった。
もし仮に、今この時に攻撃されてもその攻撃を交わし、その後、悠々とワープをすることができる。なぜなら僕には危機を察知すると世界がスローになり自分だけが速い速度で動ける(人知を超えた速度ではない)異能力を有しているからだ。
僕の作戦は完璧だ。
そして、僕は轟という音とともにワープした。
辺りを見渡すとどうやら“さっきとは違う「田んぼ」”にワープしてきたようだ。
何とか逃げ切れた。と思ったのも一瞬。
呼吸ができない...
理由はすぐに分かった。
胸を見てみると大穴が空いていた。
心臓から肺にかけて液体金属のドリルで貫かれていたのだ。
僕の危機を察知すると世界がスローになる異能力は発動しなかったのだ。
僕は倒れた。
僕は薄れゆく意識の中、たまたま目の前にあった。
公園の大きな時計を見た。
"19時32分"を刻んでいた。
「あれ?母の死期が17分も遅い...」
僕はそう思いながら死んでいった。
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僕は目覚めた。
場所は実家だ。
そして目の前にはチータラが乗ったビーフシチューと角ハイが食卓に並べてある。
これはコンビニのお惣菜などを買ってレンジでチンして作ったものだ。
この独特な献立には覚えがある。父の晩酌のメニューだ。今は日が出ているので昼酌と言った方が適切なのか?
とりあえず、これは父の体であると確信した。
【作者コメント】
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