診察2人目 その2
「何杯いれますー?」
「いやいや、なんで味噌なのよ!」
「じゃあマヨネーズですねぇ」
「ちょーーっ」
コーヒーにマヨネーズを絞り入れようとするシュガーローフを、ストレイシープは慌てて止めに入った。
「なんで邪魔すんの? あーっ、わかった、オイスターソースだっ!」
「わーお、違うだろ! 砂糖でしょうよ、ふつう入れるんなら!」
「砂糖……? おっちゃんって顔に似合わずスイーツ系だったんかぁ。今はデザートよりもメインディッシュがよかったなぁ。ねぇ、ワール様!」
シュガーローフはがっくりと肩を落として、砂糖を取りにその場を去った。
その様子を訝しく見送りながら。
「なんなんだよ、スイーツ系って。あちっ」
ストレイシープが熱々のブラックコーヒーをすすり飲む。
ひと段落がついたであろうストレイシープを察して、ワールはフリヤンディーズに声をかけた。
「いつものを準備をせい!」
「はぁい」
フリヤンディーズは空中にディスプレイを映し出し、宇宙ステーションのグラトニーズから憎悪検知アプリでスキャンした、ストレイシープにまつわる情報をダウンロードした。
「この方は勤め先でいじめに遭ってらっしゃるようですわ」
まだひと言も事情を伝えていないのに、フリヤンディーズが真相をズバリと的中させたものだから。
「えっ、わかるんですかっ?」
ストレイシープは途端に肩を揺らして興奮し始めた。
「実はですねっ……」
「まあ、待たれよ!」
それを、ワールが手をかざして抑止する。
フリヤンディーズはワールにちょこんとお辞儀して、続きの情報を読み上げた。
「この方がお勤めの部署に新しい上司が転属して以来、何か失態がある度に全部この方のせいにされているようですわ」
「それだけじゃないんだ! あのクソ上司、俺を平に降格した上に、1度盾突いたら、いじめが始まったんだ!」
ワールの制止を振り払い、ストレイシープが食い気味に割り込んでくる。
フリヤンディーズは少し辟易したが、構わず読み立てを続けることにした。
「この方が近くに寄るだけで、同僚たちが赤いパトランプを『近寄るな』と警告のようにつけてみせたり、まともな仕事を与えない集団ネグレクトの状態が何ヶ月も続いているようですの」
「あいつら、あの上司が来るまでは俺におべんちゃらを言っていたんだ。それなのに手のひらを返すようにのけ者扱いしやがって。絶対に許せねえ!」
ストレイシープから激しい憎悪が膨張していくのを、ワールたちは見逃さなかった。
「なかなか熟成しておるのう! そちの疾患がわかったぞ!」
大いに得心がいったような顔をワールがしているので。
「疾患? そういえば、あんた医者だったな。どんな病気だと言うんです?」
ストレイシープが興味を示すと。
「ずばり、難病よな!」
ワールの発言に、ストレイシープがおののいた。
「難病っ? わ、わたしゃ難病なんですかっ?」
「うむ。その名も、カキ尽くしの災難病よぉ!」
「カキ尽くしって! なんすか、その居酒屋みたいな病名はーーっ?」
「カキと言えば牡蠣酢が大好物でのう! そちも好きか? 気が合うのう! はーっはっはっは!」
「ちょっと、聞いとりますーーっ?」
「では早速、精密検査をしてやろう! シュガーローフよ、フリヤンディーズよ、この者を丸裸にせい!」
「はぁい」「はぁい」
ストレイシープの目の前に、ヴァーミリオンとブラックで彩られたゴスロリ・ファッションのナースがふたり現れたかと思えば。
「大丈夫ですよー」
「痛くありませわ」
服の袖を掴んで引っ張ると、コントのようにペロリと脱がされた。
「いや、どういうことですーーーっ?」
素っ裸になったストレイシープは宙へ浮かび上がって、手品で見る空中浮遊のように仰向けに寝かされて。
「これからうちらが触診するねー」
「もし変な気を起こしたら、即刻去勢ですわよ!」
「ひいっ」
シュガーローフが右半身を、フリヤンディーズが左半身を、足先から頭に向かって揉みしだいていく。
ストレイシープの胸の辺りにさしかかったとき、ふたりは指先に違和感を感じ取った。
その患部を注意深くまさぐってゆくと、テニスボール大の赤い玉が浮かび上がってきた。
「ワール様、元凶出ました!」
「これまた立派な憎悪ですわ」
シュガーローフとフリヤンディーズがその場を下がって、ワールがストレイシープの前に立つ。
そして合成ゴム手袋を両手にしながら、赤い玉を見定めた。
「どうしてこんなになるまで放っておいたのだ!」
「まったくですね、ワール様!」
シュガーローフがわくわくと見守るさなか、ワールは両手を患部に突っ込んで、赤い玉をガシリと掴んだ。
そして慎重に揺り動かしつつ。
引っ張り。
引き抜き。
投げ飛ばす!
「摘出成功!」
「お見事ですわ!」
フリヤンディーズの頭上を通り抜けて行った赤い玉は、床や壁を激しく弾け回ったのちに、床にピタリと止まって、もこもこと変形し始めた。
それはやがて人身大と同じくらいの背丈になって。
楕円形で細長い2枚貝に変貌する。
殻には海藻やらいろんな物が付着していて。
分厚い上殻と下殻の合間から、つぶらな目玉がふたつ、こちらをギロリと睨みつけた。
その様相は、まさしく海に生息する2枚貝のカキそのものだ。