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診察2人目「あなたはアレルギーじゃないですよー、アレルギーじゃないですよー……」「いや、催眠じゃなくて、ちゃんと治療しなさいよ!」

「ワール様ぁ、うちらもうダメですぅ」


「肝臓に蓄えられたエネルギー(グリコーゲン)はもうゼロですわ……」


 都会にぽつんと取り残された小さな小さな森の中に、小さな小さな館があった。


 昼間でさえ光の届かぬその場所は、地上にいくつか存在しているワールたちの隠れアジトになっていて。


 その古びた洋館は表玄関を入るとすぐに、20畳ほどの応接間になっていた。


 クラシカルで品のある調度品や装飾は、宇宙ステーション・グラトニーズのインテリアにそっくりで。


 室内は小綺麗に手入れがされているため、さぞかし上品な貴婦人が住んでいるのだろうと夢見がちだが。


 ここに潜む者たちの不健康な顔色と言ったら、医者がさじを投げるほどの不養生である。


 例えばシュガーローフとフリヤンディーズというふたりの少女が、フランスでモデルの仕事をしようものなら、ルッキズムの観点から痩せすぎの法律違反になってしまうことだろう。


 そんな彼女たちは今、お互いを抱き合ったまま、ソファーにふにゃりと倒れ込んで、生死の狭間をさまよっていた。


 あまりの空腹感で目に映る物すべてがおいしそうなご飯に見えてくる。


「うはあ、ふりやんでぃ~ずぅ、ここは天国らよぉ」


「しゅがあろ~ふぅ、しっかりして、これは幻覚よ……。でもとんでもなくおいしそうね。うえっへっへ」


 ふたりの少女は手近にあったアンティークのコップやお皿にかぶりついて、うまうまと不気味にほほえんだ。


「待て待て! おまえたち、何をやっておる。このティーカップはな、生で食べるより、ハチミツを入れて煮込んだ方が美味なのだぞ! ぐひっひっひ……」


 ワールがふたりの口から食器を取り上げ、華麗なポーズを決めたとき、訪問客のチャイムが鳴った。


 ワールはハッと我に返って。


「ふたりとも仕事の時間であるぞ! 客人を迎え入れい!」


「はぁい」「はぁい」


 シュガーローフとフリヤンディーズが観音開きの重厚なドアへ駆け寄り、ストレイシープを恭しく歓迎する。


「ようこそ、グラトニーズ万事(よろずごと)引き受け組合へ!」


 この度のふたりはゴスロリ風のナース衣装ではなく、プレタポルテの黒い事務服を着用していて。


 アクセントに付け加えられたヴァーミリオンが、より一層ブラックの気品を引き立てている。


 ワールはというと、ディースバッハブルーのオーダースーツに、ガンメタルグレイのドクターコートといった、おなじみの勝負衣装に。


 相も変わらずアイマスクの特殊メイクを顔に施している。


 ワールたちを訪ねてきたストレイシープは、頭や顔がとがったような相貌で、やけに平べったい体つきをした中年風の男である。


 着古したビジネススーツは所々が綻んでいて、少ない給与の大半が生活費に消えているといったところだろうか。


「ワケアリの人生を解決できると聞いて、やってきたんですが……、本当ですか?」


 隈の上に乗った目玉を、ストレイシープがぎょろぎょろと動かした。


「もちろん解決しちゃうよー。ね、ワール様!」


「でもその価値があるかどうか、ちょっと調べさせていただきますわ!」


 シュガーローフとフリヤンディーズはストレイシープの体に飛びついて、ふんふんと全身の匂いを嗅いで回った。


「わっ、ちょっと、なんなんですっ?」


「レディたち、客人に失礼ぞよ!」


 ワールにたしなめられて、シュガーローフとフリヤンディーズはストレイシープから飛び退いた。


 そしてストレイシープに聞こえるくらいのヒソヒソ話で。


「ねえ、フリヤンディーズ、どう思う?」

「お腹が空き過ぎてよくわからないわ。でも食べられそうね」


 舌なめずりをしてみせると。


「食べるって、まさか私をっ? ひええっ」


 ストレイシープが慌てて逃げ出したものだから。


 ワールが名刺を差し出して。


「自己紹介が遅れたな。闇医者ワールとは余のことよぉ!」


 すかさず逃亡の阻止を図ると。


「こ、これはどうもご丁寧に……」


 サラリーマンの悲しい性なのか、ストレイシープは思わず名刺を受け取り立ち止まる。


 なぜここに医者が?それも闇とは……とでも言いたそうな表情のストレイシープだが。


 この機会を逃してはなるまいと、シュガーローフとフリヤンディーズはストレイシープの背中に手を押し当てて、半ば強引にソファーへと導いてゆく。


「さあ、ご飯さん……じゃなかった、こちらのソファーへおかけください」


「ご遠慮なさらないでっ」


 シュガーローフとフリヤンディーズに力任せに突き飛ばされて、ストレイシープはソファーへどかっと反っくり返った。


 さらには背もたれがバタンと倒れて、そのまま後ろへずっこけてゆく。


「うほおっ!」


 ストレイシープが勢いよく転がり落ちてゆく様を、シュガーローフとフリヤンディーズは中腰になって覗き見た。


「わあ、リクライニングの留め金が緩くなっていたみたいですよ、ワール様!」


「素晴らしいでんぐり返りですわね! 10点を差し上げますわ!」


 ストレイシープはたまげた様子でソファーによじ登ってくるなり。


「もう帰らせてくれっ!」


「そう()くでない。コーヒーでも飲んで落ち着くがよかろう」


 ワールがそう言って手を2度打つと。


 用心深く座り直すストレイシープの前に、シュガーローフがすっとコーヒーカップを差し置いた。


 そしてなぜだか味噌が入った袋を取り出して、ティースプーンを差し込み、ストレイシープの顔色を窺い見る。

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