診察1人目 その4
「では精密検査をしてやろう! シュガーローフよ、フリヤンディーズよ、ストレイシープを丸裸にせい!」
「はぁい」「はぁい」
シュガーローフとフリヤンディーズがストレイシープの服を掴んで。
「なっ、なによ、あんたらーーーっ!」
両端から一気に引っ張ると、早着替えのショーのように、ストレイシープの服が真ん中から裂けて引っぺがされた。
素っ裸にされたストレイシープが宙に浮いて横たわる。
そこへ煌びやかな漆黒の輪が現れた。
幾つもの輪の中をストレイシープが通り抜けては、頭からつま先までスキャンされてゆく。
漆黒の輪がストレイシープのみぞおち辺りにさしかかったとき、輪が激しく振動し出して花火のように飛散した直後。
ストレイシープのみぞおちに、テニスボール大の赤い玉が現れた。
ワールが合成ゴム手袋を装着し、ストレイシープの腹の中へ手を突っ込むと。
赤い玉を鷲掴みにして。
巧みに引っ張り。
引き抜き。
投げ飛ばす!
「摘出成功!」
投げ飛ばされた赤い玉は、床や壁を激しく弾け回ったのちに、床にピタリと止まって、もこもこと変形し始めた!
それはやがて人身大と同じくらいの背丈になって。
ハサミになった腕が2本生え、長い足が脇腹から8本伸びてゆく。
表面は茶色くて、硬い甲殻で覆われていて。
目玉がぴょこんとふたつ飛び出した、泡を吹いてるその顔は、まさしくカニそのものの様相だ。
「これがそちの体に取り憑いていた病魔、異世界カニ怪物ぞ!」
「い、異世界っ? カニ怪物ーーーっ?」
ちなみにストレイシープの服は元通りになっている。
カニ怪物がストレイシープに鋭い目を向けた。
「この女……、ボクを生きたまま冷凍庫に入れて殺した上に、3年間も放置して、結局食べずに捨てたんだ……!」
怒りに震える少年のような声。
「そのような不摂生をっ?」
ワールの怒声に、ストレイシープの目が泳ぐ。
「と、友達から貰ったのよ! でも、いびつな形をしていたものだから、食べる気がしなかったの! 異世界から来たカニだったなんて、どおりで……」
「聞いたか! だからこいつを一生祟ってやるって決めたのさ! ボクの呪いを邪魔する奴は、誰であろうと許さないっ!」
顔から突き出た目玉がふたつ、ぎょろりと見据えてワールを睨んだ。
茶褐色の身体が、茹で上がったように真っ赤になって。
鋭くとがった大きなハサミが、ワールたちに向けられる。
「この子が憎悪の原因ですね、ワール様!」
「今ならまだ、ストレイシープを救えますわ!」
シュガーローフとフリヤンディーズを抱き寄せて、ワールがふたりのおつむに慈しみのキスをする。
「これよりオペラチオンを執り行う!」
ワールが両手を広げて指を鳴らすと、ストレイシープの部屋がぐにゃりと場面転換した。
茫漠たる宇宙空間が現れて、異世界へと通じる巨大なブラックホールを背景に、煌びやかな漆黒のバトルフィールドが足下に広がっていく。
「はぁい」「はぁい」
従順な返事と共に、シュガーローフとフリヤンディーズは、ワールに手先を預けて前へ出た。
「うちはシュガーローフ。ワール様の電気メスだよ」
「わたくしはフリヤンディーズ。邪魔な汗を拭き消すだけのお仕事ですの」
西洋式にちょこんとお辞儀して、かかっておいでと身構える。
「メスはまだしも、汗を拭き消すだけってなんなのさ。そんなんじゃボクを倒すことなんかできないぞっ!」
カニ怪物は雄叫びを上げ、むくむくと巨大化してみせた。
身の丈3メートルほどの高さから、シュガーローフとフリヤンディーズを睨んで見下ろし威嚇する。
最初に行動したのはシュガーローフ。
両腕を振り下ろし、稲妻の束を放電してみせた。
それは1本の雷火に纏まって、自由自在に空をしなったかと思えば、剣のように固まりもした。
シュガーローフが雷火の鞭を地に打ち鳴らしたのをきっかけに、カニ怪物が咆哮しながら突進してきた!
「真っ二つにちょん切ってやる!」
猛烈に繰り出される巨大なハサミを、シュガーローフは身を翻して華麗に躱した。
それは新体操のリボンがスパークしているかのような、美しい稲妻の弧を描く。
宙空を舞うシュガーローフに、カニ怪物の腕が突き上げられる。
しかしシュガーローフは、ハサミの先端にひらりと舞い降りると。
両腕から放つ雷火の鞭を、カニ怪物の右腕と左腕に巻き付けて。
「危ないから切っちゃうね」
腕を軽く引き上げ。
まるで豆腐を断ち切るように、カニ怪物の堅い甲羅を割いたかと思えば。
次の瞬間、両腕が根元から吹き飛んだ!
「それ、もう一丁!」
カウボーイが輪投げをするかのごとく、カニ怪物の両足に雷火の鞭を巻き付けるや否や。
シュガーローフはくるりと飛び降りながら、カニ怪物の脚を根元から、いとも容易く切り落としてしまったのだった。