診察1人目 その3
空中ディスプレイに巨大な反応が現れた!
「見て、見て! 大物、大物!」
「ぎゃっ、ワール様にお知らせしなくちゃー!」
フリヤンディーズの叫び声を聞きつけて、ワールは玉座からすっくと立った。
サーチルームの入り口で、ストレイシープの反応が間違いないのを確認すると。
「参るぞ! 支度せい!」
両手を広げて、ガンメタルグレイのドクターコートを翻す。
「はぁい」「はぁい」
シュガーローフとフリヤンディーズは淑やかな声で返事をし、ワールの傍に寄り添った。
どこからともなく漆黒のベールが降りてきて、それは煌びやかに3人を取り巻いた。
そして放たれた矢のごとく、ストレイシープの元まで一直線に飛翔してゆく――。
時刻は夜のとばりが降りた頃。
場所は築30年ほどの昔ながらの家屋が立ち並ぶ郊外の住宅街。
その路地裏を、スーツ姿の若い女が何者かに追われるように早足で歩いていた。
勤め先から帰宅した女は、取り急ぐように玄関を解錠し、ドアの隙間から自宅の中へ滑り込んだ。
そして部屋の明かりが窓から周囲に漏れた途端、近所という近所が一斉に雨戸をダンッ、ダダンッと閉め始めたのだった。
それは雨戸が壊れんばかりの激しい閉め様で、明らかに女への敵意が感じて取れた。
どうやらこの女が巨大な憎悪を発信している今回のストレイシープのようである。
ワールたちは中空からその様子を見下ろして、ストレイシープの身に起こっている出来事を詳しく探ってみることにした。
「フリヤンディーズよ、この者のカルテを用意せい!」
「はぁい」
ワールの呼びかけに恭しく応え、フリヤンディーズは空中ディスプレイを開いてみせた。
そして宇宙ステーションのグラトニーズから、憎悪検知アプリでスキャンしたストレイシープのカルテをロードする。
「この方は近所に住まう主婦から嫌がらせの標的になっているようですわ。この近辺を束ねている主婦が周りの家の車に傷をつけたり、生ゴミを巻き散らかしたりして、それをあたかもストレイシープがやったかのように吹聴しているようですの。そうやって近所の主婦を扇動し、罪をなすりつけることで日頃のストレスを発散しているようですわ」
「騙したご近所を利用して、嫌がらせを楽しんでいるなんて、悪質な主婦がいるもんですね! ねぇ、ワール様!」
シュガーローフが空中で地団駄を踏む。
「それだけではありませんわ。ストレイシープの周りの家々にカメラがたくさん取り付けられているのが見えまして? 暗視カメラにサーモカメラ……。これじゃ暗闇でもカーテンをしていても部屋の様子が丸見えですわね」
「ストレイシープの行動を集団で監視して、事あるごとに嫌がらせをしているんだよ! こんなの軟禁と同じですよね! ねぇ、ワール様!」
「このような状況が1年以上も続いているようですの。これではストレイシープの気がふれて、いつ人殺しをしてもおかしくない状態ですわ」
フリヤンディーズの概説を聞き受けて、ワールは顎に手を当てた――。
「ふむ……。これは至急、手術が必要かもしれぬ」
ワールはシュガーローフとフリヤンディーズを優しく抱き寄せ、ふっと闇の中に姿を消した。
そして次の瞬間、ストレイシープの部屋へと現れる。
そこは壁一面が穴だらけになっていた。
恐らく刃物で切りつけた跡だろう。
洋箪笥やカーテンや絨毯も、傷だらけになっている。
ストレイシープは包丁を握りしめ、憎しみの念をつぶやきながら、嫌がらせをしている連中の名前が書かれた人形を、何度も何度も突き刺していた。
その度に、ストレイシープから憎悪のオーラが爆発的に膨れあがってゆく。
「あいつらみんな殺ちゃんよっ! わたしが何をしたっていうのっ!」
「そなた、熟成しておるのう!」
「だ、誰っ」
煌びやかな漆黒に包まれながら、ワールとシュガーローフとフリヤンディーズの3人が、ストレイシープの前に現れた。
「人はみな、余のことを闇医者ワールと呼びおるわ!」
ワールはガンメタルグレイのドクターコートを翻し、ストレイシープを睥睨した。
「勝手に入ってきて何よ、偉そうに! 闇医者風情が何の用っ!」
「こちらでそちを検査してみたところ、重篤な疾患が見つかってな。わざわざ出向いてやったのよ」
思いがけないことを告げられたのか、ストレイシープはぽかんとなった。
「えっ……、わたし病気なの?」
「ああ、それも質の悪い難病ぞよ」
「難病ですって?」
「その病気の名は……」
「その病気の名は……?」
「カニづくしの災難病だーーっ!」
「カニづくしの災難病ーーっ? それって、どういう病気にゃのーーーっ?」
「カニは鍋に限るわな! はっはっはーーっ!」
「ちょっ、聞いてますーーっ?」