診察1人目「今日からカニは控えちゃダメですよー」「そうよ。自粛しなさ……えっ、食べちゃっていいのっ?」
ぐきゅうるるるるるるる!
特大の腹の虫である。
「ひええーーーっ!」
シュガーローフとフリヤンディーズは慌てて互いの腹を押さえ合った。
そしてすぐさまワールを見返して。
「よかった、まだ目が覚めてない。やるなら今だよ!」
「そうね、今こそ、あしたちに食料を!」
アンティークの豪華な椅子に浅く腰掛け、すらりとした足をテーブルの上に組み上げて、アイマスクをしながら眠っているこの青年の名は、ワール・D・ワールディ。
髪はさらさらのプラチナで、肩までの長さで切りそろえており。
ディースバッハブルーのオーダースーツに、ガンメタルグレイのドクターコートを着崩している風体は、まるで無法地帯に暗躍するゴシック・ファッションの闇医者を連想させるようだ。
このような美しくも妖しい風采をしたワールだが、ここグラトニーズと呼ばれる宇宙ステーションの主である。
ステーションとは言うものの、どの国家にも属さない未確認の存在で、運用を終えた人工衛星などの宇宙ゴミと一緒に、衛星軌道上に浮かんでいるだけの秘密基地のようなものだった。
そこは古風な洋館風のプレハブを、いくつも連結したような建物で。
ビンテージの花柄が描かれた壁紙には、眷属を描いた風格ある油絵が飾ってあったり。
小さくても品の好いシャンデリアがある向こう側には、窓に重厚なワインレッドのカーテンが備え付けられている。
大きな振り子が揺れる古時計の隣では、古美術品の食器棚に、王室御用達のティーセットや銀食器が几帳面に並べられていた。
宮殿を匂わせるようなインテリアアーキテクチャと、クラシックな調度品の数々。
それはまるで王家の縁者が住む邸宅を、非常にコンパクトにまとめ上げたかのような居住空間であり、不思議なことに地球と同じ重力が働いてる。
そのため、窓の外に青い地球と宇宙が広がっていることを除けば、地上の家屋で暮らしているのと変わりは無かった。
そんな天空の隠れ家では今、緊迫した空気が張り詰められていた。
物陰からワールの様子を窺い見るのは、これまたナースの衣装にゴシック・ファッションを掛け合わせた趣の、ヴァーミリオンとブラックが幾何学模様に織りなすドレスを装うふたりの少女。
短めの髪をアップにして、瞳だけは爛々と輝かせている方の名をシュガーローフといい。
長い髪を腰まで下ろして、眼光鋭い垂れ目をしている少女がフリヤンディーズだ。
ふたりとも極めて不健康な顔立ちで、お世辞にも栄養が足りているような体型とは言えない。
もしも病院を訪れて、こんな奇抜な看護師が出てきたら、思わずお腹を守って臓器を奪われまいと、逃げ出してしまいたい程の風貌である。
シュガーローフとフリヤンディーズは、しゃがみ歩きで、そろりそろりと近づいた。
そして、そっと顔をのぞき込む。
ワールは寝息を立てて、熟睡しているようだった。
シュガーローフとフリヤンディーズはここぞとばかりに目と目で決意を結び合い、震える息をしかと潜めて、両手で握ったイガのついた棍棒を頭上に振りかぶった、次の瞬間!
「やっぱ中止ーーっ!」
「わっ、なぁにっ?」
シュガーローフがやにわに制止した!
フリヤンディーズがモーニングスターをあたふたと落っことしそうになる。
シュガーローフはフリヤンディーズをしゃがませて。
「もっといいアイデア思いついた! これを見て!」
どこから取り出したのか、『魔王さまの都市伝説』という雑誌の大見出しを指でなぞって。
それをフリヤンディーズが読み上げる。
「なになに? 女子が魔王さまに浣腸すると、子供を身ごもってしまう、ですってーーっ?」
拳銃の形に組み合わせた手で股間を直撃するイラストが描いてある。
余談だが、彼女たちは貧乏なので、スマホのような個人用デバイスを持っていない。
「しーっ、ワール様が起きちゃうってば!」
「そんなことあるわけないでしょ! いや、魔王さまならありえるっ?」
「しかも前からの浣腸ね!」
「なんて非道なっ……!」
「てゆか、うちらがワール様の大切な子供を身ごもったらどうなると思う!」
フリヤンディーズはハッとなって。
「ぜったいご飯をもらえるわね!」
「しかも衣食住の保証付き! いまが永久就職のチャンスだよぉ!」
シュガーローフが甘い声でささやきかけると。
「よし、ぶちゅっとやったるか!」
フリヤンディーズの目の色がコロッと変わった。
シュガーローフとフリヤンディーズは鈍器を放り捨て。
両手を合わせてピストルの形に指を鋭く組み合わせると。
眠れるワールの股間目指して、突撃の動作に身構えた。
「せーの、でいくわよ! シュガーローフ!」
「わかった!」
胸の鼓動が高鳴って。
最高潮に達したとき!
「せーっ……」
「おるぼああぁあぁあある!」
絶叫と共に、ぎょろりとアイマスクが見開いた!
そして憤怒のワールが跳ね起きたものだから!