Bar「Hat So Ant」短編譚~炎エ上ガル~
【配役表】
~~~Bar「Hat So Ant」短編譚 炎エ上ガル~~~
作:さもえどさん
□紗奈 (♀):
●マスター/悠真/ ホスト(♂):
■ヘカッテ/司会(不問):
▲ヌービス(不問):
☆芽依/上司/女子アナ(♀):
(名前の□や●などのマークで検索いただくと、兼ね役も一緒にマーキングできます)
【キャラクター】
□紗奈
都内で税理士をしている、キャリアウーマン。
順風満帆な人生を送っている。誰からも気に入られる人となりが長所だと思っている。
●マスター
Bar「Hat So Ant」を経営しているマスター。
常に薄れた笑いを浮かべている。
●悠真
紗奈の恋人。IT系企業の若社長。ルックス良し、性格良しの、いわゆるスパダリ。
マスターと被り。
■ヘカッテ
愛に飢えた神父/修道女。物腰は柔らかだが、目はいつも死んでいる。
▲ヌービス
良く言えば快活。悪く言えばクソガキ。たまに鋭い角度で物事を見ている。
☆芽依
紗奈の妹。ふんわりとした雰囲気の女性。男性ウケがよさそうな印象を受ける。
【台本について】
・本作品は、わざと感嘆符を省略しています。解釈のままに演じていただけると幸いです。
・仲間内で楽しむのは勿論、配信サイトで公演したりしていただいても問題ありません。使用報告は義務ではありませんが、ツイッターのDM等で教えていただけると泣いて喜びますし、何卒、拝聴させていただければと思います(土下座)→ X: @samoedosan
・台本上映の際は、営利、非営利を問わず、作者名と台本名、台本のURLの明記をお願い致します。
・性別転換やアドリブは、共演しただく方が不快に思わなければ大歓迎です。ぜひ皆様で、この台本をもっと面白く、楽しくして頂ければと思います。
・台本に関する著作権は放棄してません。が、盗作や自作発言等、著しいものでなければ大丈夫です。
~~~~~~シーン⓪~~~~~~
●マスター :とあるマンション。その一室。
■ヘカッテ :男女が二人、雪崩れ込む。
▲ヌービス :揺れるカーテン。隙間から。月の光が差し込んだ。
●マスター :ゆらゆら、ゆらゆら、揺れるのは。
▲ヌービス :舌を垂らす、女の体。
■ヘカッテ :むせかえる臭い、響く悲鳴。
●マスター :生ける女は、亡骸の。姉の名前を呼んでいる。
■ヘカッテ :男はすぐさま、スマホから。みっつの数字で電話をかけた。
▲ヌービス :そして女を引きはがす。愛する者から、遠ざける。
●マスター :しばらくすると、赤いランプをくるくる回し、モノクロくるまが駆け付けた。
▲ヌービス :こうして終わり。こうして始まる。
■ヘカッテ :あぁ、愛です。愛なのです。
▲ヌービス :梔子の花が開く。散った花弁を見つけるために。
●マスター :さぁ、今夜も。BAR「Hat So Ant」、開店です。
~~~~~~シーン①~~~~~~
とあるBar。薄暗い照明、ゆったりと流れるジャズ。
カウンターの奥には、一人の男性。丁寧にグラスを磨いている。
壁に設置されたテレビからは、ワイドショーが流れていた。
☆女子アナ :────このように、映画の内容とこちらの事件、この2つは多くの共通点があるんです。
■司会 :どちらもSNSでの発信を皮切りに炎上。その後の流れも確かに似通っている。
☆女子アナ :はい。現にこの事件について知っている方から、「オマージュしているのではないか」との意見が多く寄せられています。
■司会 :遺族の方も、胸が苦しいでしょうなぁ。
☆女子アナ :そうですね。こちら、映画をご覧になったという、ご遺族の投稿です。
「胸に仕舞っていた苦しみを掘り起こされた気持ちだ。売れるためとはいえ、心から軽蔑する」
■司会 :大ヒット映画を見に行ったら、自分の姉の死と似たようなストーリーが流れたわけですからねぇ。
☆女子アナ :ご遺族の方々は、事実の追求と、慰謝料を求めた訴訟を検討に入れているとのことです。
テレビのチャンネルを変えるマスター。
●マスター :…………果たして。一体誰の為、なんだろうねぇ。
カランコロン、と入店を告げる音が響く。
●マスター :いらっしゃいませ。
□紗奈 :……Hat So Antはここで合ってる?
●マスター :はい。おっしゃる通り。上質の夜を愉しむ、Hat So Antは当店でございます。
□紗奈 :そう。
●マスター :ヌービス、ヘカッテ。お仕事です。早くフロアにいらっしゃい。
▲ヌービス :えぇー、なんだよぉ。お客きちゃったのぉ?
■ヘカッテ :働かざる者なんとやら、ですよヌービス。
汗水垂らして働く時間……。これもまた、愛の時間……。
▲ヌービス :なぁにが愛だよヘカッテ。めんどっちぃなぁ。
●マスター :(咳払い)。ふたりとも。
■ヘカッテ :マスターからの叱咤のお言葉……。あぁ、愛です、愛ですねぇ……。
▲ヌービス :はいはーい。やればいいんでしょ、も~。
●マスター:失礼しましたお客様。どうぞ開いている席に。
……と言っても、お客様は1人もいらっしゃりませんが。
▲ヌービス :いつものことじゃん。閑古のお鳥がぴよぴよぴよ~。
────って痛ぁ。アイス投げるなよもぉ……。
●マスター :そうそう。本日はスーパームーンらしいではありませんか。
黄金色の満月はお楽しみになられましたか?
□紗奈 :……。
▲ヌービス :無視されてら。
■ヘカッテ :こちらにお座りくださいお客様。愛をもって、もてなしましょう。
□紗奈 :……? ヘカッテ……?
■ヘカッテ :あぁ。私の名札をご覧になってくれるとは。歓喜、喜悦、悦楽でございます。
□紗奈 :ユニークね。
▲ヌービス :本名じゃないけどねぇ、もちろん。そういうコンセプトだと思ってくれればいいよぉ。
□紗奈 :そう。流行っているものね、そういうの。でも、今は普通でいい。疲れるから。
■ヘカッテ :そうおっしゃらずに。あなたはこの空間に、身をゆだねていらっしゃればいい。
□紗奈 :そうさせてもらいます。
■ヘカッテ :……それで、お客様。ご注文は?
□紗奈 :────コープス・リバイバーを頂戴。ステアは反時計回りで。
■ヘカッテ :……はい?
□紗奈 :コープス・リバイバーを頂戴。ステアは反時計回りで。
●マスター :おやおや。
□紗奈 :今日は金曜日でしょう? それも、満月の。
間
■ヘカッテ :いかがされます、マスター。
●マスター :(溜息)。かしこまりました。……少々お待ちを。お店を閉めてまいります。
間
●マスター :お待たせいたしました。……さて、それでは改めて。
間
■ヘカッテ :ようこそ、現世とあの世のハザマの世界へ。
▲ヌービス :ようこそ、生ける者と死せる者が交わる世界へ。
●マスター :ここは、悠久に至るひとときの安らぎ。
Bar「Hat So Ant」、特別ルームでございます。
▲ヌービス :いらっしゃいませ~。
■ヘカッテ :ようこそおいでくださいました。
●マスター :この特別ルームの存在、その合言葉を知っているということは、
なにか、叶えたい願いが、おありなのでしょう?
□紗奈 :ええ。そうよ。
●マスター :……ほう。内容は。
□紗奈 :彼氏と妹の顔が見たい。
▲ヌービス :まぁじでぇ?
■ヘカッテ :愛ですねぇ。
●マスター :……こちら側にはいつから?
□紗奈 :一カ月半ぐらい前。
●マスター :そうですか。それはそれは。────芳醇、ですね。
■ヘカッテ :どうしましょう、マスター。私、昂ぶりが止まりません。
▲ヌービス :ヘカッテ、おくちチャック。面白くなってきたじゃん。
□紗奈 :どういう意味?
●マスター :同じ品種のブドウでも、産地、工程、熟成される期間によって、ワインは全く違った表情を見せます。
人の魂もそう。それぞれが歩んだ道程によって、味わい、奥深さが変わってくる。
────あなたも。そうは思いませんか?
□紗奈 :……興味ない。
■ヘカッテ :それはもったいない。
●マスター :それもあなたの在り方なのでしょう。
終焉を迎えてもなお、残り香を探して彷徨い続ける。
□紗奈 :別にいらないから。そういうの。
■ヘカッテ :つれないですね。
□紗奈 :それで、対価は? 私は何を支払えばいいの?
●マスター :そしてせっかちでいらっしゃる。
□紗奈 :めんどくさい……。
●マスター :そうおっしゃらずに。……お待たせしました。コープス・リバイバーでございます。
どうぞ、お楽しみください。
□紗奈 :なんか、血みたいな色……。
▲ヌービス :おいしいらしいよ~。飲んだことないケド。
■ヘカッテ :さぁ、どうぞどうぞ。
□紗奈 :(ためらいながらも飲む)
●マスター :(微笑する)それでは。……始めましょうか。
□紗奈 :えっ……。な、に、を……。
▲ヌービス :きゃはは。眠くなってきたでしょ~。
□紗奈 :やめ、て……。
■ヘカッテ :抗わないで。身をゆだねて。安心してください。あなたの記憶を覗くだけ。
●マスター :頂戴いたしましょう。あなたの死を。
□紗奈 :(寝息)
●マスター :……それでは、失敬して。よっと。
■ヘカッテ :あぁ、久々に見ました。記憶フィルム。
●マスター :ヌービス、アレを。
▲ヌービス :ほいほい。映写機だね~。たしかぁ、この棚に……。あったあった。
●マスター :では。お代は前払いで。あなたの死を、ご教示ください。
~~~~~~シーン②~~~~~~
●マスター :土砂降りの朝。時刻はちょうど、通勤ラッシュ真っ盛り。
どうやら、携帯にメッセージが届いているようです。
▲ヌービス :誰から?
●マスター :フィアンセのようですね。
■ヘカッテ :愛。愛ですね……。
●マスター :しかしこの映写機は、彼女の声しかきこえない。
仕方がありません。役者としては力不足ですが、おふたりの力をお借りしましょう。
▲ヌービス :えぇ~。めんどっちぃ~。
●マスター :給料減らしますよ。
▲ヌービス :横暴だぁ~。
■ヘカッテ :これ以上減ると、無給に……。あぁ、タダ働き……。それはもう、実質、愛の労働……。
▲ヌービス :はぁーあ。ブラックブラック。無給はヤだから仕事するかぁ。
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●悠真 :紗奈、雨すごいけど大丈夫?
□紗奈 :大丈夫だよ、悠真。それよりも緊張がすごくて……。
●悠真 :そういえば、今日だもんね。商談。
□紗奈 :うん。大手顧問先候補。絶対失敗できないよ。
●悠真 :大丈夫。紗奈ならできる。あれだけ頑張ったんだから。
□紗奈 :ありがと。
●悠真 :うん。うちの会社も、もう少ししたら軌道に乗って暇になるからさ。
そしたら今度、旅行にでも行こう。
□紗奈 :どこ?
●悠真 :グアム。
□紗奈 :いいね。頑張れる。
携帯の振動音。
□紗奈 :あ、今度は芽依だ。
☆芽依 :お姉ちゃん、これから出勤?
□紗奈 :そうだよー。
☆芽依 :あたしも〜。まじで仕事いきたくない〜。
□紗奈 :大変だろうけど、頑張りな? せっかく掴んだ正社員なんだから。
☆芽依 :こんなに大変だって知ってたら、もっと勉強していい大学行ってたよ……。
□紗奈 :学歴なんてあっても大したことないって。
☆芽依 :でた。有名大学行って? 税理士で? 彼氏はIT系の若社長。
勝ち組は言うことが違いますねぇ。
□紗奈 :やめてよー。芽依だって、可愛いしコミュ力高いじゃん。
私よりもっといい人見つけるって。
☆芽依 :イケメンで高収入で優しい人以上にいい物件ないでしょ。
いいなぁ悠真サン。あたしに頂戴〜。
□紗奈 :ムリ。
☆芽依 :知ってた。どうぞお幸せに〜。
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□紗奈 :他愛無い日常。いつもの風景がそこにあった。
あった、はずだった。まるで水面に垂らされた墨汁のように、微かな非日常が、落ちてきたんだ。
■ヘカッテ :……おや。アナウンスが。
前の駅で、列車とお客様が接触したと。運転が見合わせになったようですねぇ。
▲ヌービス :でたー。人身事故だぁ。
■ヘカッテ :悲しいです。滅びとは、漂うものであるべきです。
□紗奈 :10分、15分なら大丈夫だった。けれど、いくら待っても電車は来なかった。
■ヘカッテ :内容によっては、1時間以上もかかりますからね。
□紗奈 :電車は諦めて、タクシーで向かうとにした。
でも、同じ人がたくさんいて、そこでも何十分も待たされた。
▲ヌービス :遅刻しちゃうね~。
●マスター :彼女がやっと乗れた頃には、時間はぎりぎり。
前準備するための時間は、もうありませんでした。
■ヘカッテ :それは災難です。
□紗奈 :移動中、気になってSNSを開いてみた。そしたら、私と同じような人が沢山いた。
▲ヌービス :「電車止まってるじゃん。まじ鬼畜すぎ~」
■ヘカッテ :「この時間に人身事故とか、悪いけどムカつく」
●マスター :時間厳守が徹底された弊害ですねぇ。決まった時間に決まった場所につける。
それだけで有難いモノのはずですのに。
□紗奈 :その時、ふと。衝動が走った。魔が差した。イライラをぶつける場所が欲しかった。
善意も悪意も、敵意も無い。ただの、投稿。それだけのつもりだったのに。
●マスター :ふむ、興味深い。内容を見てみましょう。
□紗奈 :辛いことがあって大変だったんだろうけど、人に迷惑をかけるのはダメだよ
~~~~~~シーン③~~~~~~
夕日がちょうど沈むころ。オフィス街を一人の女性が歩いている。
□紗奈 :(鼻歌)。
●悠真 :お疲れ様。
□紗奈 :わ、びっくりした。……悠真? どうしてこんなとこに。
●悠真 :仕事帰りでしょ。こっちも。すぐそこが取引先だったからさ。
□紗奈 :そうなんだ。
●悠真 :乗って。送る。
□紗奈 :ありがと。
しばらくのドライブ。上機嫌な彼女に、男は口を開く。
□紗奈 :(鼻歌)
●悠真 :上機嫌だね。商談、上手くいった?
□紗奈 :まぁね~。超大口、しかも月次。
●悠真 :めっちゃ条件いいやつ?
□紗奈 :そう。
●悠真 :すごいじゃん。だったら、近いうちにお祝いしないと。
□紗奈 :ほんと? めっちゃついてる~。
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■ヘカッテ :おや? 何か聞こえます。バイブレーションの音、でしょうか。
カバンから聞こえるようですねぇ。それも、何度も。
▲ヌービス :うっわ~。全部SNSの通知じゃん。……あ、見るみたいだよ。
■ヘカッテ :何が書かれているんでしょう。
▲ヌービス :見てみようよぉ。
■ヘカッテ :そこに書かれてあったのは、批判、賛同、糾弾、同意。
いくつかは、域を超え、中傷や非毀に類するものもありました。
▲ヌービス :「苦しみぬいて、最期に死を選んだ人のコト、ゴミとしか思ってなさそう」
■ヘカッテ :「電車遅れたくらいでここまで被害者ヅラできるのヤバい。
全部自分の思い通りになると思ってる?」
▲ヌービス :「死体蹴りたのしい? お前も死ぬほど辛い思いしてみれば?」
■ヘカッテ :「いっぺん死んでみたら?」
▲ヌービス :「死ね」
■ヘカッテ :……これはこれは。
▲ヌービス :くひひ、おもしろ。たかだか失言ひとつで、こうも怒れるなんて。
■ヘカッテ :なんと、なんと愛なのでしょう。まったくもって無関係の他人の感情に、不快に感じた、不道徳な発言などと免罪符を掲げ、加害衝動に身を任せ発言する……。
なんと、無駄、無益、無価値、無意味な行い……。愛が無ければ、このようなことできますでしょうか。
▲ヌービス :暇人なんじゃな~い?
■ヘカッテ :おっと。家に着いたようです。その間もひっきりなしに通知が来ていましたが。
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□紗奈 :また、携帯なってる……。
●悠真 :見せて。────通話だ。芽依ちゃんからみたいだよ。
☆芽依 :おねぇちゃん、SNS見たよ。なんかすっごいことになってるけど、大丈夫?
●悠真 :心配してるみたい。
☆芽依 :炎上、初めてでしょ。今からそっち行くから。
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■ヘカッテ :妹さん、心配し来てくれるようです。なんと素敵な家族愛……。愛です、愛です……。
▲ヌービス :フィアンセも付き添ってくれるみたいだねぇ。
■ヘカッテ :支えがあるというのはいいものですね。
▲ヌービス :傷舐めてるみたぁい。気持ちわる~い。
■ヘカッテ :時に正しさを求めるのは、刃になるのです。覚えておくといいですよ。
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☆芽依 :お姉ちゃん、大丈夫?
□紗奈 :うん。大丈夫……。
☆芽依 :少し落ち着こう? ココア入れてくるよ。お姉ちゃんはそこに座ってて。
□紗奈 :ありがとう。
間
☆芽依 :熱いから、気を付けて飲んで。
□紗奈 :……うん。
☆芽依 :ほんとに、大丈夫?
□紗奈 :芽依。ごめんね、心配かけて。
☆芽依 :気にしないで。
スマホが震える。
□紗奈 :……っ。
☆芽依 :大丈夫。大丈夫だよ、お姉ちゃん。
□紗奈 :うん……。
☆芽依 :きっと、すぐ元に戻るから。
□紗奈 :そう、だよね……。
☆芽依 :今はさ、なんかいいこと考えようよ。最近、なんかいいことあった?
□紗奈 :……大きな商談、受注できた。
☆芽依 :おぉー。おめでとう。
□紗奈 :悠真が、グアムに連れてってくれるって。
●悠真 :うん。商談成功のお祝いもかねて、ぱーっと遊ぼう。
☆芽依 :悠真さん太っ腹~。
●悠真 :これくらいしかできないけどね。
☆芽依 :いいなぁ、めっちゃ楽しみじゃん。めげずに頑張っていかないとね。
□紗奈 :うん。ありがとう、芽依。
☆芽依 :気にしないで。……あ、でもお姉ちゃん。スマホ貸して。
□紗奈 :えっ……? うん……。
☆芽依 :言われっぱなしも嫌でしょ。一発ぐらい言い返してもバチ当たらないって。
□紗奈 :えっ、ちょっと……。
☆芽依 :あと、通知うざいと思うし、見てもいいこと何もないから。アプリ、消しとくね。
しばらくSNS開いちゃだめだよ。やるとしても、新しいアカウント作ってやること。いい?
□紗奈 :分かった。……なんか、あの時と逆だね。
☆芽依 :あの時?
□紗奈 :ほら。高校の時。
☆芽依 :……あぁ。あれ、ね。
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●マスター :そうして、ぽつり、ぽつりと。彼女は語りだしました。
始まりは、妹が一人の男子生徒に告白されたところからでした。
その男子生徒には当時交際していた女子生徒がいました。ところが、彼は妹の事を好きになってしまい、交際中の女子生徒に別れをつげていたそうです
事態は、そこから複雑に絡まっていく。
元彼女……。女子グループのリーダー的存在だった彼女に、妹は目を付けられてしまったそうです。
■ヘカッテ :またそれも、愛です……。 歪み、歪まされ。あぁ、昂ぶります……ッ。
▲ヌービス :めんどくさぁ~い。
■ヘカッテ :そこからは、陰湿な嫌がらせの毎日が始まったようです。
男子生徒をフったことも、拍車をかけていたようですねぇ。
ある日も、またあくる日も。教室という箱庭が、監獄とも言える密室に成り代わってしまいました。
□紗奈 :あんたがリーダー? うちの妹に何してくれてんの?
■ヘカッテ :しかし、権力を笠に着た悪事は、さらなる権力によって踏みつぶされる。
品行方正、生徒や教師問わず交流の深い姉の敵には、誰もなりたくなかったのでしょう。
▲ヌービス :なにそれぇ、だっさーい。
■ヘカッテ :輝かしくも、白き愛……。 とろけてしまいそうです……ッ。
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☆芽依 :おねぇちゃんのおかげで、なんとかなったんだよね。
□紗奈 :大事な妹だもん。素直で、優しくて、真っ直ぐで。
私が困ってる時も、こうして助けてくれるし。
●悠真 :ありがとう、芽依ちゃん。
☆芽依 :いえいえー。とにかく、こういうのは時間が解決してくれるから。
じゃぁ、あたし帰るね。後はお熱い二人でごゆっくり~。
□紗奈 :もぉ……。ありがとね、芽依。
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■ヘカッテ :翌日。その翌日も。何事もなく過ごしたようですね。
▲ヌービス :つまんなぁ~い。
■ヘカッテ :しかし……。おや? 会社の上司から呼び出しがかかったようです。
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☆上司 :すまない。急に呼び出して。
□紗奈 :いえ……。あの、何か……?
☆上司 :今朝、ウチにFAXが届いた。差出人は不明。君の事が書かれている。読んでみてくれ。
□紗奈 :私の……?
☆上司 :曰く、「命を軽んじ、非道徳的な発言を公にするような人間を、何故雇っているのか」、と。
□紗奈 :えっ……?
☆上司 :コレと似た内容の電話もウチに入っているらしい。
いたずら電話の粋を出ないと判断はしているが、頻繁にかかってきているらしくてね。
□紗奈 :そんな……、なんで……。
☆上司 :問題は、先日、君が受注した取引先だ。あっちにもひっきりなしに電話がかかってきているようで……。
結果、今回の取引は一度白紙に戻して欲しい、とのことだ。
□紗奈 :そんな……。
☆上司 :君の投稿は確認しているよ。軽率だったとは思うが、とりわけ大事にすることでもないとも思っている。
どうやら、面倒な輩に絡んで、目を付けられてしまったみたいだな。
□紗奈 :面倒な、って……。それってどういう────。
☆上司 :とにかく。この件が落ち着くまで、少し休んだらどうだい。
有休も全然消化していないだろう? ウチとしても、これ以上事が大きくなるのは避けたい。
……分かってくれるかな。
□紗奈 :はい……。
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▲ヌービス :醜いねぇ、醜いねぇ。正気の一線なんて、正義の名のもとに簡単に超えられる。
きゃははは。きっもぉ~。
■ヘカッテ :形式上の厳重注意、というやつですねぇ。愛です……。
●マスター :実質的な謹慎処分、とも言えますがね。
▲ヌービス :あ、家に帰りついたみたいだよ。
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■ヘカッテ :オートロックの玄関。最初に郵便受けに向かうのが、彼女のルーティンでした。
ダイヤルを回し、施錠を解除する。すると、中から数十枚の紙きれが溢れ出してきます。
□紗奈 :……なに、これ……。
▲ヌービス :なになにー? なんて書いてあるの?
■ヘカッテ :「お前が死ねば? 豚がッ」
▲ヌービス :「コイツ、彼氏いるくせに上司と寝ているらしいよ」
■ヘカッテ :「これが炎上主のご尊顔です」
▲ヌービス :「職場の住所特定した。東京都新宿区……」
■ヘカッテ :「高校の頃の写真だって。パパ活女子顔だよね」
●マスター :……SNSの投稿を印刷したもののようですね。ゆうに100枚を超えますが。
□紗奈 :(荒い呼吸)
■ヘカッテ :紗奈さーん? 大丈夫ですかぁ? ────って、聞こえていませんか。
▲ヌービス :「最近の取引先、テト商事」
□紗奈 :なんで……。
■ヘカッテ :「彼氏の職場、株式会社シンイ」
□紗奈 :なんで……ッ。
▲ヌービス :「炎上主の住所、東京都港区……」
間
□紗奈 :もう、嫌……。
間
■ヘカッテ :それから、数日。彼女は引きこもった生活を送っていた。
窓も開けず、カーテンも閉め切り、明かりもつけず。スマホも電源を切り、放置しているようだった。
●マスター :これではまるで、天岩戸ですねぇ。
▲ヌービス :辛気臭ぁーい。こんなところに居ちゃ鬱まっしぐらでしょ。
チャイムの音が鳴る
▲ヌービス :ほらぁ。誰か来たよ。早くでなよー。
■ヘカッテ :おや? このマンション、確かオートロックだったはずでは……。
▲ヌービス :確かに。なんで玄関口のチャイムが鳴ったんだろ……?
激しいノックの音
▲ヌービス :うわうるさッ。
間
☆女性の声 :これ、絶対読んで。人でなし。
間
■ヘカッテ :極限状態が、正常な判断能力を鈍らせたか。それとも、好奇心が勝ったか。
彼女は一歩づつ、ドアへと近づく。ポストを開けると、そこには封筒が一つ、入っていました。
中身は、手紙のようです。
▲ヌービス :読んでよー。
●マスター :いいでしょう。ええと、なになに……?
間
☆女性 :お父さん、お母さん。ろくでもない娘でごめんなさい。
初めは、皆を笑顔にしたくて始めた仕事でした。
あの時の胸の高鳴りとか、輝きとか。そういうの、全部幻だって気づいたの、遅すぎた。
服を隠されても、靴に画鋲入れられても、「仲良くやりなさい」って。
死んで地獄にいくのも怖い。何もないところに行って、消えてしまうのも怖い。
でも、明日がくることの方が、もっと怖い。
それでも。あの子だけは、私みたいになってほしくない。
どうか、誰か、見ててあげて。本当の意味で、彼女を見てあげてほしい。
それだけが、私の願いです。
□紗奈 :これは……。
▲ヌービス :遺書、のようだねぇ。
■ヘカッテ :裏にも、何か書いてあるみたいです。
●マスター :これは、あの日死んだ人間の遺書だ。お前が蔑んだ、心の通った人間のものだ。
間
□紗奈 :あぁ────。
■ヘカッテ :「死体蹴りたのしい? お前も死ぬほど辛い思いしてみれば?」
▲ヌービス :「いっぺん死んでみたら?」
□紗奈 :ああぁぁああぁぁッッ。
~~~~~~シーン④~~~~~~
●マスター :とあるマンション。その一室。
■ヘカッテ :男女が二人、雪崩れ込む。
▲ヌービス :揺れるカーテン。隙間から。月の光が差し込んだ。
●マスター :ゆらゆら、ゆらゆら、揺れるのは。
▲ヌービス :舌を垂らした、女の体。
■ヘカッテ :むせかえる臭いと、響く悲鳴。
●マスター :生ける女は、亡骸の。姉の名前を呼んでいる。
■ヘカッテ :男はすぐさま、スマホから。みっつの数字で電話をかけた。
▲ヌービス :そして女を引きはがす。愛する者から、遠ざける。
●マスター :しばらくすると、赤いランプをくるくる回し、モノクロくるまが駆け付けた。
▲ヌービス :こうして終わり。こうして始まる。
間
□紗奈 :ホントに……、ホントに悪趣味ッ。人の死にざまなんか見せつけてッッ。
●マスター :でしょうね。ですが、これがあなたの願いを叶えるための報酬です。
それでは、願い通り。あなたの約束を果たしましょう。
マスター、おもむろに指を鳴らす。
すると、辺りは一変し、マンションの一室になった。
□紗奈 :これは……? 知らない部屋。
●悠真 :やっと寝てくれた。まったく、手がかかるけど、かわいいよなぁ。子どもって。
□紗奈 :悠真……?
■ヘカッテ :はい。ここは、あなたの愛した男性の部屋です。
あなたが亡くなってから、5年が経っています。様子も全然違うでしょう。
▲ヌービス :悠真さん、だっけ? この人、別の女性と結婚したみたいだねぇ。
きゃはは。やっぱショックぅ?
□紗奈 :……。
●悠真 :さて、と。そろそろ夕飯作んないとなぁ。
────ん、通知? ……なんだ、今日は同窓会があるのか。なら、一人分でいいか。
□紗奈 :いいえ。安心した。私の存在が、悠真の足引っ張ってないことに。
▲ヌービス :ふぅん。なんかつっまんないのぉ。
●マスター :それでは最後。あなたの妹さんに逢いに行きましょう。そこが、あなたが望む光景であればいいですけれど。
マスター、再度指を鳴らす。
すると景色が変わり、どこかの薄暗い室内に変わる。
■ヘカッテ :ここは……。ラブホテル、ですね。……おや、誰かいるようです。
●ホスト :248、249、250。
☆芽依 :どう? 売掛のお金、ちゃんとあった?
●ホスト :お、芽依ちゃん。シャワー終わった? 売掛、ちょうどよ。いつもあんがとね。
☆芽依 :もちろん。流星くんには、トップになってもらいたいもん。
────あ、煙草貰っていい?
●ホスト :どうぞー。
☆芽依 :ありがと。(煙草を吸う)
●ホスト :今月入ってから調子いいねぇ。どっからもってきてんの? ウリ?
☆芽依 :まさか。最近、いい稼ぎ所見つけてね。
●ホスト :へぇ、いいじゃん。オレにも教えてよ。
☆芽依 :流星くんには無理だよ。
●ホスト :なんでよ。
☆芽依 :だって、姉をぶっ叩いてた奴らから巻き上げた、示談金だもん。
□紗奈 :────えっ。
■ヘカッテ :ククク……。
●ホスト :でも、それって君のファンでしょ? 地下アイドル時代の、さ。
□紗奈 :地下アイドル……?
■ヘカッテ :あなたや家族には、どこかのOLをやっている、って伝えていたみたいですが……。
実際は、アルバイトをしながら地下アイドルをやっていたみたいですね。
鳴かず飛ばずだったようですが。
☆芽依 :そうだねぇ。でもいいんじゃない? 結果的に推しに貢げたんだし。
豚共も満足でしょ。それに、叩いたのは自分たちなんだし、自業自得。
●ホスト :その貢物を、俺に貢いでるってワケ? ハハ、最高じゃん。
でもいいの? 旦那さんも子どももいるんでしょ?
☆芽依 :いいんだよぉ。私が好きなのは流星くんだけだもん。
それに、子どもだって。悠真のじゃなく、流星くんの子だし。
●ホスト :マジ?
☆芽依 :マジ。バレないように調整するの、大変だったんだよぉ~?
□紗奈 :なに、それ……。
■ヘカッテ :(笑いをこらえている)
●ホスト :旦那に愛とか無いんすか?
☆芽依 :昔はあったね。でもあたし、彼が好きだったんじゃなくて、ただ姉の好きなものを奪いたかっただけみたい。
▲ヌービス :キャハハ。めっちゃ嫌われてんじゃん。
☆芽依 :あいつはさぁ、いじめから助けたのを美談みたいにしてるみたいだけど。
あれ、実際は私に告白してきたんじゃなくて、あたしを通して姉に近づこうとしていただけだし。
完全にとばっちりでいじめられた、って感じ。
■ヘカッテ :情けない男ですねぇ。愛が足りない。
☆芽依 :助けられた、っていっても、もともとはオマエのせいだろ、ってね。
何の感情も沸かなかった。それでも、アイツの傍にいたのは、悠真に近づけるからってだけだったし。
それについては感謝だよねぇ。アイドル業とバイト代合わせても、手取り15かそこら。
そんなあたしに、あんな優良物件連れてきてくれたんだもん。
□紗奈 :芽依……。
☆芽依 :そんで、あのSNSの投稿ッ。マジで鴨がネギ背負ってきて笑ったわ。
まぁ、仲良かった同期の自殺に噛みついてきたのがムカついた、ってのもあるケド?
SNSならあたしの得意分野。ちょろっと批判の引用したら、馬鹿なファンが着火してくれるッ。
とは言え~。あの投稿だけじゃ弱かったからぁ。
スマホ借りた時にキツめの返信とばして、これで完成、炎エ上ガリ。
後は、豚ちゃんと、ネット正義マンが勝手に追い詰めてくれた、ってワケ。
□紗奈 :そんな……。こんなの嘘。嘘に決まってる……。
■ヘカッテ :嘘じゃ、ありませぇん。全部真実ですよぉ……?
▲ヌービス :懐いてると思っていた妹がオマエを憎み切っていることも、
愛した男が托卵されて子育てしてることも、オマエの死がホストに貢ぐ金儲けに利用されてることも。
ぜんぶ。ぜぇぇんぶ。本当ッッ。
■ヘカッテ :アハ。アハハ。アハハハハハッ。愛が、愛が。愛がアイガ愛ガッッ。
愛情が、愛着が、情愛が、慈愛が恩愛が親愛がッ。
歪み、歪み、ねじれ、曲がりッ、壊れていくッ。
これが、これこそが、愛の愉悦なのですッッ。
□紗奈 :うるさい……。
▲ヌービス :キャハハハハッ。絶対的に、自分が愛されると思ってた?
圧倒的に、自分が守られる存在だと持ってた? 包括的に、自分だけが被害者だと思ってた?
んなワケないじゃん。それこそ嘘だよねぇッ。
勝者がいれば敗者がいるし、繁栄の裏には没落がある。そんなの、大人世界の常識なんじゃないのォ?
□紗奈 :うるさい……ッ。
☆芽依 :そうだ、今流行ってる映画。アレもネット炎上の話だったよね。
ちょうどいいじゃん。次はアレを利用して、金儲けさせてもらお~。
あたしが炎上してぇ、誹謗中傷集めてぇ、後は豚ちゃん先生にオネガイして終わり。
アハハハハハッ。マジおねぇちゃんありがとぉ~。
□紗奈 :うるさいッッ。
●マスター :────時間です。
マスターの声で、バーの風景に戻る。
●マスター :満月の金曜日は、終わりです。死者は、黄泉へ帰らねば。
□紗奈 :黄泉……?
▲ヌービス :そうだよぉ。オマエの願いは叶えた。これで終わりってコト。
□紗奈 :終わり……? 私の願いも、私の人生も。これで、終わり……?
■ヘカッテ :はいぃ。私、大満足でございます。本当に、芳醇な愛でございました。
□紗奈 :芳醇な愛……? ねじれた、愛。壊れた、愛……。
────あは。あはは。あははははッッ。
▲ヌービス :あ、壊れた。
□紗奈 :────そう。そうだよね。最初から。最期まで。ブッ壊れていたんだよ……ッ。
あはははッ。あははははッ。
▲ヌービス :あ~あ。こんな魂じゃ、あの世でもぶっ壊れて終わりだねぇ。しょーもなぁ。
□紗奈 :……うっせぇよ。クソチビがよ。
▲ヌービス :はぁ?
□紗奈 :キーキーピーピー喚きやがって。発情期の猫でもまだまともに騒ぐわクソが。
■ヘカッテ :壊れたその先に訪れる、さらなる崩壊。あぁ、これも素晴らしい愛です……。
□紗奈 :おまえも愛あい愛あいうるせぇんだよ。お猿さんかよクソ猿が。
■ヘカッテ :クソ猿ッ?
□紗奈 :……チッ。まぁいいや。おい、クソマスター。
●マスター :なんでしょう下品アマ。
□紗奈 :私を現世にとどまらせろ。次の金曜日の満月まで。そしたら、私────。
マスター、ひどく歪んだ笑みを浮かべる。
●マスター :……いいでしょう。そのかわり、その代価を、払っていただきます。
うちで、働くことが条件です。
間
●マスター :────改めて。BAR「Hat So Ant」へようこそ。
~~~~終演~~~~