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【電子書籍・漫画化】それなら私が溺愛します!~愛を知らない騎士隊長と愛があふれる令嬢の結婚~  作者: さき


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09:正々堂々、手加減込み

 


 ロジェは己の勝利はまったく有りえないと考えている。

 彼だけではなく周囲の者達ですらこの話に同感だと頷き、のんびりとお茶をしていたシャーロットとアナスタシアまでもが顔を見合わせ、仮にロジェが勝った際についてを「心配になってしまうわね」「アランス家の医者を連れてきましょう」と話している。

 それ程までにこの場にいる誰もがロジェの勝利は無いと考えているのだ。本人までも。というより、本人が誰よりも。


「……むしろそれ程に自信が無いのになぜ果たし状を出したんですか」

「まぁ良いじゃないか。騎士らしく考えるより剣を交えよう。ほらこれを使ってくれ」


 ロジェが剣を手渡してくる。そのあっけらかんとした態度にキールはどう答えて良いのか分からず、押し付けられるように剣を受け取った。

 摸造刀だ。刃の鋭利さこそないが造りはしっかりとしており、切れはしないが打撃の威力は十分にあるだろう。

 柄には装飾が施され美しい色合いの石も嵌められている。さすがに本物の宝石とは考えれないがそれと見間違えかねないほど立派なものだ。模造品というよりは芸術品に近い。


「これは……」


 剣を手にしていたキールが呟き、僅かに考えを巡らせると「分かりました」と返して腰に下げていた剣を外した。

 どこかに……、と周囲を見回すのとほぼ同時に「キール様!」とシャーロットが名前を呼んできた。パタパタと駆け寄ってくる。


「キール様の剣は私がお預かりします」

「シャーロット……。だが貴女に剣を持たせるなんて」

「騎士にとって剣は命と聞きました。それを預かるのは妻の勤めです!」

「それなら。鞘に納めているとはいえ剣は剣だ、気を付けてくれ」

「はい。キール様も頑張ってくださいね」


 シャーロットの言葉にキールは頷いて返し、改めて決闘の場へと足を進めた。



 キールとロジェが剣を構えて向かい合う。

 漂う空気はまさに一触即発で、その空気に気圧されたのか周囲は静まり……はせず、まるで余興を見るかのように盛り上がっている。中には食べ物や飲み物片手で眺めている者もいるではないか。

 テーブルセットに戻ったシャーロットも預かった剣を抱きしめながら「キール様、頑張ってくださいませ」と穏やかに声を掛け、向かい合うアナスタシアもティーカップ片手に「お兄様ぁ、お怪我をしないようにお気を付けくださぁい」と応援している。


 相変わらず一騎打ちの空気ではない。

 これではまるで余興ではないか。


「いや、まるでではなく余興か……」


 そうキールが呟くのとほぼ同時に、ロジェが高らかにキールを呼んだ。


「お互い騎士として、正々堂々、尚且つ俺に対しては最大限の手加減をして戦おうじゃないか!」

「……ここまでくると潔い。だが意図は汲みました。お互い全力で剣を交えましょう。……手加減はしますので」


 ご安心ください、とキールが付け足せば、ロジェが「先手は貰った!」と剣を構えて駆け寄ってきた。



 そうして始まったキールとロジェの一騎打ちは、誰もが――当人であるロジェまでもが――予想していた通り、キールの勝利で終わった。

 意外性は皆無な結果だがそれでも観客達は満足した様子である。むしろ手加減をしつつも時間を伸ばしそれらしく剣戟を重ねていたキールの腕前を褒めており、なかには「俺も手加減込みで彼と一騎打ちがしたいな」と言い出す者までいるではないか。

 これでは接待一騎打ちである。


 終わってもやはり一騎打ちの余韻は無く、なにより負けたばかりだというのにロジェが晴れ晴れとした表情で「いやぁ強いなぁ」と笑っているのだ。

 せめて悔しがる素振りの一つでも見せてくれれば緊迫した空気が漂ったかもしれないのに……。と、そう考えつつ、キールはいまだ地面に腰を下ろしたままのロジェに近付き手を差し伸べた。


「噂に聞いていた通り強いな。さすが氷壁だ。手加減をしている素振りすら見せないから、俺が互角に戦えてるんじゃないかと勘違いしそうになった」

「そんな、ロジェ殿も……、その、踏み込みは力強く良かったと思います。あと剣の捌きも細かく……それで、えっと……」

「無理に絞り出して褒めなくて大丈夫だ。自分の力量は自分で分かってるからな」


 キールの手を借りて立ちあがりロジェがあっけらかんと笑う。

 それに対してキールは何と答えて良いのか分からず、せめて肩を竦めて返した。正直に言えばロジェの剣の実力は皆無で、手加減をして互角っぽく戦うのにも骨が折れた。

 さすがにそれを言う気は無いが。もっとも、言ったところでロジェは気にせず笑い飛ばすだろうけれど。

 そんな二人のやりとりに「キール様!」と声が掛かった。先程同様シャーロットである。預かった剣をぎゅうと抱きしめるように持ち駆け寄ってくる。


「キール様、とても勇ましく格好良かったです」

「そうか。貴女が楽しんでくれたのなら俺も良かった」

「力強い一撃、見ているこちらにまで伝わってくる気迫、それでいて剣の扱いはぶれることなく冷静。聞きしに勝るとはまさにこの事です」

「い、いや、そこまで言われるほどの事では……」

「ここまで言うほどのものです!!」


 じっと見つめて正面から褒めてくるシャーロットに、気圧されたキールはなんと答えて良いのか分からず、それでもと感謝の言葉を告げた。一騎打ちをしていた時は気圧される事も躊躇う事もなかったが、今は上手くいかない。

 そもそも今までは荒事の最中に剣を振るうばかりで一騎打ちを余興のように観戦された事も無かったのだ。終わった後のこの晴れ晴れとした空気も、そして褒め言葉も、なんとも気恥ずかしくて慣れない。


 そう素直に話せば、苦笑したシャーロットが抱えていた剣を差し出すように戻してきた。


「キール様は今まで苛酷な争いの中にいらっしゃったのだから仕方ありません」

「平和にも慣れないといけないな」

「ゆっくり無理をなさらずに慣れていけばいいんです。書類仕事もそうですよ。ところでキール様、久しぶりに剣を手に動いて肩凝りは治りましたか?」


 突然話題を変えたシャーロットに対して、キールは僅かに驚きの表情を見せ……、だが小さく息を吐くと表情を和らげた。


「やっぱりシャーロットの考えだったんだな」

「気付いていらっしゃったんですか?」

「そもそもロジェ殿が俺に果たし状を出すのもおかしいし、一騎打ちの場に貴女もいるし、それにこの摸造刀だ」


 手にしていた摸造刀を軽く掲げて見せる。

 柄に施された装飾は美しく、中央に填め込まれた石がキラリと光る。摸造刀でありながら芸術品のような見目だ。


「これは訓練で使う代物じゃない。催しや何かで剣技を見せる時に使う物だろう。つまりこれは真剣な一騎打ちではなく単なる余興、それをなぜわざわざロジェ殿が俺と……、と考えれば、おのずとシャーロットに行きつく」

「さすがキール様、名推理ですのね。剣技だけではなく頭の切れるところも好きです」

「誰でも思いつきそうなものだけどなぁ。でもさすがに、俺の肩凝り解消とまでは考え付かなかったな」


 この点には思い至らなかったとキールが苦笑して話せば、シャーロットが得意げにフフンと笑った。


「最近のキール様はもどかしげに腕を動かしたり首回りを揉んだりと動きにくそうでしたでしょう? 書類仕事に根を詰めていらっしゃったので、きっと体が凝ってしまったのだと踏んだんです」

「それでロジェ殿と一騎打ちを?」

「肩凝りに効くお薬をと考え、アランス家がお世話になっているお医者様に相談してみたんです。そうしたら居合わせたお兄様が『騎士の肩こりは書類仕事のしすぎ。剣を持って戦えばすぐに解消される』と教えてくださって、お医者様も薬より動いた方が良いと仰ったんです」


 それで果たし状を出した。

 ちなみに果たし状という些か物騒な名目にしたのは、訓練や模擬試合だとキールが書類仕事を優先してしまうと考えたからだという。

 そうでしょう? とシャーロットに問われ、キールは言葉もないと頭を掻いた。


「確かに、模擬試合だと俺は後回しにしていたな。肩凝りの事といい、書類仕事を後回しにする事といい、シャーロットは俺の事をよく分かっているな」


 肩を竦めながらキールが話せば、シャーロットが「当然ですよ」とクスクスと笑った。


「愛する人の事ですもの。いつも見つめて、少しの変化でも気付いて、そして相手の事を深く知ろうとするんです。これもまた愛の為せるわざですよ」

「そうか、これも愛か」

「はい。これも愛です。今も私から愛がプカリプカリと溢れています」

「今日の愛は浮かんでいるのか?」

「愛とは時に軽く浮かびあがるものですよ」


 まるで子供に教えるような口調のシャーロットに、つられてキールもまた笑みを零す。

 そんな二人の背後ではロジェとアナスタシアが「俺はダシにされたってやつかな」「それも兄妹愛ですね」と話していた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ロジェお兄様素敵です。さすが公爵令息。ゆとりを感じる。
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