03:改めて互いを知る
「まずはお互いの事を知りましょう」
シャーロットの提案により、改めて自己紹介から始める事になった。
既に婚約を結びそれどころか式について話す段階で自己紹介とは、これでは初手に戻るようなものだ。キールは今一つピンとこないと言いたげである。
それでもシャーロットの提案に異論を唱えないのは愛について何も知らないと自覚しているからだ。シャーロットから愛を学ぶと決めた以上、彼女が決めた事に従おうと考えているのだろう。
それどころか真剣な表情で「よろしく頼む」と頭を下げる。そんな彼の真面目過ぎる態度にシャーロットは小さく笑みを零し、「こちらこそ」と頭を下げた。
「ではまずは趣味のお話など如何でしょう? 私は手芸が好きなんです。特に刺繍が好きで、毎年家族の誕生日には刺繍を施したハンカチをプレゼントするんですよ。今年からはキール様にもご用意いたしますね」
「そうか、それは楽しみだ」
「刺繍の柄はお花が得意です。あと猫や鳥のような動物も綺麗に施せるようになりました。最近は風景を刺繍で描けるように練習していますが、これがどうにも建物は難しくて、練習あるのみですね」
「なるほど、刺繍にも得手不得手があるんだな」
「ではキール様のご趣味は?」
次はキールの番だと促す。
だが彼は直ぐには話し出さず、しばし考え込むように視線を他所へと向けた。
相変わらず真剣な顔付きで纏う空気の重さと言ったらない。仮にここが国境の検問所であったなら、国家間の争いに発展しかねない問題に頭を悩ませているのかと案じる者もいただろう。婚約者との趣味の語らいとは誰も思うまい。
そんな重い空気を纏いつつ、キールが「剣……」と口にした。
「俺の趣味は……、強いて言うなら剣だ」
「剣ですか?」
「あぁ、剣技を鍛え、愛用している剣を磨く。それぐらいしか思い浮かばない。……すまない、つまらない男だな」
「なんて逞しいのでしょう、好きです」
ポッと頬を赤らめながらシャーロットが話せば、キールがきょとんと目を丸くさせた。
己をつまらない男だと自虐したが、それに返すどころか被さるような勢いで「好きです」と言われたのだ。その強さから国境の氷壁と呼ばれた男でもこれには虚を突かれてしまう。
だがシャーロットは彼が唖然としている事にも気付かず、胸元を押さえるとほぅと吐息を漏らした。己の胸が高鳴っているのが分かる。
なんて心地良いのだろうか。これは愛だ。家族に抱く愛とは違う男女の愛。暖かく甘く胸に溶けていく。
「キール様は剣に生きてきたのですね。そのストイックさ、勇ましさ、そして鍛え上げた剣の腕を国を護ることに捧げる忠誠心、どれをとっても好きです」
「どれを取ってもか……。そういえば、シャーロット嬢はそもそも俺のどこを気に入って縁談を受け入れたんだ?」
「どこをとは、どういう事でしょうか?」
キールに問われ、シャーロットは首を傾げて尋ね返した。
「俺は今まで浮いた話一つ無く、縁談一つとしてきたことが無かった。だがシャーロット嬢、貴女は違うだろう? アランス家の令嬢ともなれば縁談は山のようにきていたはずだ」
「はい。素敵な縁談をたくさん頂いておりました」
はっきりとシャーロットが肯定する。一瞬、これはもしや隠すべき事なのかと、たとえば「貴方しかいませんでした」と偽るべきなのかと思ったが、事実なのだから認めなくてはとすぐさま考え直した。
疚しい気持ちも何もない。偽る気はない、隠す気もない。
そんな思いを視線に乗せてキールを真っすぐに見つめる。
事実、シャーロットへの縁談は山のように来ていた。
アランス家は公爵家として歴史が長く社交界でも顔が広い。そんな家の年頃の令嬢ともなれば縁談がこないわけがない。国内はもちろん他国からも縁談の申し込みがきており、貴族の子息や名の知れた学者……と相手も様々だった。
兄のロジェこそまだ未婚だが、シャーロットの姉であるアランス家長女は既に結婚しており、思い返せば彼女の時も選り取り見取りと言えるほどの縁談の量だった。
だがこれは社交界においては至って普通の事である。それは社交界から離れて国境警備に勤めていたキールも把握しているのだろう、話を聞いても不快な表情は浮かべず静かに首肯するだけだ。
「それほどに来ていた縁談の中から、貴方は俺を選んだ。どうして俺を?」
「それは……」
言葉を途中で止め、シャーロットはじっとキールを見つめた。
彼もまた見つめ返してくる。そうしてしばし見つめ合い、シャーロットはゆっくりと口を開いた。
「キール様のお顔が私の好みでした」
と、はっきりと断言する。
キールがまたも虚を突かれたと言いたげな表情を浮かべる。その顔もまたシャーロットの好みだ。
「キール様の肖像画を拝見した時、この方しか居ないと感じました」
「……そうか。まぁ、最初は軽い釣書と肖像画しか無かったから深く知りようもないし、容姿は重要な決め手になるな」
「強い意志を感じさせる切れ長の目元、吸い込まれそうな色濃い瞳、すっと通った鼻筋。顔立ちは麗しく、そして麗しさの中に精悍な勇ましさを感じました。胸を張って肖像画に描かれる様は堂々としており男らしく、騎士服を纏い剣の柄に手を掛ける姿は芸術品のよう」
「そ、そうなのか……。それほどに……」
怒涛の褒め言葉にキールがたじろぐ。どんな敵が相手でも果敢に立ち向かい強敵からの攻撃を時に躱し時に受けていた歴戦の将キールだが、自分より年若い令嬢が繰り出す褒め言葉の連撃には対処しきれないようだ。
どうして良いのか分からないと居心地悪そうにし、更にと褒めようとするシャーロットを慌てて「それぐらいで」と制止する。
止められたシャーロットは語りきったと満足げな表情を浮かべ、紅茶を一口こくりと飲んだ。
「私の想い、少しは伝わりましたでしょうか?」
「あぁ……。とりあえず、シャーロット嬢が俺の見た目を気に入ってくれているのは分かった」
「あら、見た目だけではありませんよ? では第二部、参ります!」
カッ! とシャーロットが目を見開く。――その瞬間にキールが分かりやすく身構えた―ー
「確かに初めて想いを寄せたのは肖像画を拝見したからです。ですがその後には色々な方からキール様についてをお伺いしました。若くして国境の苛酷な警備に着き、国の平和のために尽力した忠義の将。普段は冷静に戦場を見極め、だが敵を前にすると荒々しい獅子のように戦う、『国境の氷壁』とまで呼ばれるその勇ましさ。己が怪我をしても仲間の治療を優先し、常に仲間を守り前線で戦い続けていた……。キール様を知る方はみんな口を揃えて『彼ほど出来た方は居ない』と仰っていました。そんな人柄にも私は想いを寄せたんです」
「……シャーロット嬢、出来ればそこらへんで」
少し落ち着いて、とキールに宥められ、シャーロットは「かしこまりました」と話すのを止めた。
無意識に握っていた拳も緩め、代わりにティーカップへと手を伸ばした。一口飲んでほぅと吐息を漏らせば、第二部が終わった事を察してキールもまた息を吐いた。こちらが安堵の息なのは言うまでもない。
「貴方が俺の人となりも知って選んでくれたというのは分かった。……だがそれほど見込んだ男が実際はこんな様でガッカリしただろう」
「ガッカリなどしておりません。『愛することが出来ない』と正直に話してくださる真摯な一面にも愛は募ります」
「……貴女は凄いな、愛で溢れている」
「はい。この体からは愛がたくさん溢れています。ですから、私の愛をたくさん受け取っていれば、近いうちにキール様からも愛が溢れますよ」
穏やかに微笑んでシャーロットが告げれば、キールが驚いたと言いたげに僅かに目を丸くさせ……、だがふっと小さく息を吐くと表情を柔らかくさせた。
暖かな笑み。それもまた素敵、とシャーロットは胸の高鳴りを覚え、その高鳴りが愛に変わっていくのを感じていた。




