短編1:愛あふれるプレゼント
キール・フレヴァンあらためキール・アランスは悩んでいた。
数日前からどころか一月以上前から悩みに悩み、あれが良いと考えては直ぐに撤回し……、そうして決断出来ずに今に至る。
キールがこれだけ及び腰になるのは珍しい事だ。
出自のせいで悩むことは多々あったが、根は決断力に優れた男である。そのうえかつて勤めていた国境警備の仕事は悩む暇すら与えられないほど苛酷なもので、一瞬の躊躇いや逡巡が死に繋がりかねないものだった。
そんな環境から一転して今は平和そのものなのだが、だからこそこれほど悩んでいるのだ。
数日後に控えているシャーロットの誕生日。いったい何を贈れば良いのか……。
「女性が喜ぶものといえば花……。だが花は飾りたいならいつでも買ってくれと伝えておいてあるし……。それなら洋服……。いや、洋服だって必要ならば仕立てているし、かといって装飾品も何を贈れば良いのか分からん」
騎士隊の執務室。仕事の合間に頭を抱えて悩む。
最近は空いた時間は専らこの調子で、シャーロットへの贈り物について考えては自分で否定しての繰り返しである。
シャーロットと出会うまで、キールは女性に贈り物などしたことがなかった。
母親は自分を産んで直ぐに姿を晦ましたし、育ての母親からは邪険にされていた。屋敷のメイド達は殆どがフレヴァン家の者達に倣って自分を邪険にしていたし、良くて遠巻きに哀れみの視線を向けてくる程度だ。
ゆえに、家族を含めて女性に物を贈ったことが無い。それどころか、境遇のせいか碌に友人も作れず同性もしかり。
「思い返してみると、性別に限らず、個人的なプレゼントはもらった覚えが無いな……」
騎士隊長に任命された時、国境警備を成し遂げて王都に戻ってきた時、表彰やら何やらで物を貰う事はあった。
だがそれは形式的に授与されたものだ。それと『キール』にではなく『騎士隊長』や『フレヴァン家の息子』に対してのものである。立場上の贈答品を今回のシャーロットへのプレゼントと同様に考える事はできない。
「女性への贈り物とは、何を贈ればいいんだ?」
低い声色でキールが問う。眉間に皺が寄っており、その威圧感といったら年若い令嬢なら緊張しかねないほどだ。
もっとも、この部屋にいるのはキールと同等、それどころかキールよりも威圧感を纏う青年。顔の傷が強面に拍車を掛けるキールの部下グランドだ。
彼はキールに負けず劣らず渋い顔をしており、真剣な顔付きで口を開いた。
「それをよりにもよって俺に聞きますか」
唸るようなグランドの返答。この返答から既に彼の見識の浅さが分かる。
「俺だって隊長と似たり寄ったりです。別に生まれに問題があったわけではありませんが、かといってモテたわけでもなし。女性との交流なんて碌に……。部下にこんな悲しい事を言わせないでください」
「すまない」
「普通に謝られるのも辛いんですが……。でもまぁ、そういうわけで、碌に経験のないまま国境警備につきましたから女性へのプレゼントなんて思い浮かびませんよ」
「そうか……」
キールが深い溜息を吐いた。纏う空気はより重くなっていく。
次いで「それでも」と再び顔を上げた。
「母親にプレゼントを贈ったりはしただろう?」
「それはしましたが俺は庭師の息子ですよ、市街地の安い店で買うのがせいぜいです。貴族が貰うようなものなんて想像もできません」
断言するグランドの口調は『別世界の話だ』とでも言いたげである。
これにはキールも再び考えを巡らせ……、そしてゆっくりと息を吐いた。覚悟を決めたと言わんばかりに深く頷く。
「シャーロットはきっと家族や友人からプレゼントを貰ってきたに違いない。公爵令嬢に見合った立派な、それでいて形式上ではない愛のあるプレゼントだ。そんなシャーロットへの贈り物を俺が思い浮かぶわけがないな……。ここはもう素直に本人に聞くべきだろう」
自分で決めて当日シャーロットを驚かしたいという気持ちはある。
だがそれはシャーロットが喜ぶ物を用意出来てこその演出だ。喜ばれないものを贈っても意味がない。ーーもちろんキールが何を贈ろうともシャーロットは喜んではくれるだろうけれどーー
ならばここは素直に本人に何が欲しいかを聞くべきだ。
そう決意し、キールは用意されていた紅茶を一口飲んだ。
今回の件について散々悩んだが、ようやく結論付けて気分が晴れてきた。
『自分では何も決められない』
という結論なのだが。
◆◆◆
昼食は時間が長くとれるならば屋敷に戻りシャーロットと食べるようにしている。
この日も時間が取れたため、一度屋敷に戻る事にした。シャーロットが嬉しそうに出迎えて労ってくれる。
そんな彼女と共にテーブルセットに着き、一息ついたところでさっそくとプレゼントについて話しだした。
「誕生日プレゼントですか? そんな、キール様から頂くなんて」
「遠慮しないで何か贈らせてくれ」
遠慮するシャーロットの言葉を食い気味にキールが拒否する。
これにはシャーロットもきょとんと目を丸くさせ、眉尻を下げて「ですが……」と困惑の声を漏らした。
「生活に不便はしておりませんし、ドレスも装飾品も、欲しい物も、キール様は何でも買っていいと仰っているではありませんか。そのうえで欲しい物を強請るなんて……」
「シャーロットには世話になっているし、その気持ちを伝えたいんだ。それに、俺は今まで贈り物には無頓着だった……。そんな俺がこうも強く思うのは、これはきっと」
「愛ですね! それは間違いなく愛です! 私、キール様からの愛情たっぷりのプレゼントが欲しいです!」
先程までの遠慮はどこへやら、シャーロットが勢いよく「プレゼントをください!」と言い切った。
それを聞き、キールがほっと安堵する。何を贈ればいいのか分からずシャーロットに直接聞くことにしたが、当のシャーロットが遠慮して答えてくれなかったら元も子もない。だがこの様子ならば大丈夫だろう。
そう安堵すれば、同時に、シャーロットが自分の贈り物を望んでくれることが嬉しくなってくる。
「それなら何が欲しいか教えてくれ。……出来れば、詳しく。色とかデザインがあるものならそれも詳しく。もし仕立てる必要があるならデザイナーや仕立て屋も指名してくれると嬉しい」
「キール様……?」
「申し訳ない。どうにも俺はその手のことに疎くて……。だがこれだと普段シャーロットが必要なものを買うのと変わりないな」
どうしたものか、とキールが悩む。
そんなキールに対して、シャーロットがクスと小さく笑って「それなら」と提案してきた。
「キール様が幾つか候補をあげてください。その中から私が選びます」
「俺が候補を?」
「はい。それもまたキール様が選んでくださったことになるでしょう?」
「そういうものか……。それなら、ドレス、靴、日傘……、指輪、ネックレス、イヤリング。あとは……、本とか、馬。……馬? 馬はないか」
女性はどんな物を欲しがるのか。シャーロットは普段どんな物を買い、仕立てているのか。
それらを思い出しながらキールが候補をあげていく。中には「あのツバの広いぼわっとした帽子」だの「たまに肩に掛けてる薄い布」だのとあやふやな表現になってしまうが。
そうしてある程度の候補を挙げて、「もしくは」と最後の候補を出した。
「俺と市街地に行って、そこで」
「それが良いです!」
「シャ、シャーロット……?」
言い終わらない内に食い気味に答えるシャーロットに、気圧されながらどうしたのかとキールが問う。
いったいどういうわけかシャーロットは瞳を輝かせて興奮しており、キールの問いに「デートですよね!」と返してきた。
「デート?」
「はい。プレゼント候補の最後は『キール様とデート』ですよね?」
「俺とデート?」
「キール様と一緒に市街地でお買い物をして、そこでお茶をする。なんて素敵なんでしょう。私のプレゼントはぜひそれでお願いします!」
「あ、あぁ……、分かっ……た? うん、分かった」
任せてくれ、とキールが頷いて返す。
正直なところいま一つ分かっていないのだが、シャーロットがここまで望んでいるのなら応えるべきだろう。
現にシャーロットはすっかりとその気になっており、夢見心地とさえ言える表情を浮かべていた。 これほど喜んでくれているのだ、叶えてやらない理由はない。
「キール様とデート、楽しみです」
「デートか……。確かに、結婚してから出掛けることはあったが、デートらしいデートというのはしていなかったな」
キールとシャーロットは肖像画と釣り書きで互いを知り結婚に至った。
縁談の進行中はキールが多忙なため二人で過ごすことが出来ず、外出などもってのほか。ようやく二人きりの時間を取れたのはキールがシャーロットに自分の出自を語ったあの日である。
ゆえに世間の恋人達のようなデートはした事が無い。そもそも恋人期間が無かったのだ。
「俺とのデートを望んでくれるのか……。ありがとう、シャーロット。素敵なデートにしよう」
「はい!」
キールの言葉に、シャーロットが嬉しそうに返した。
◆◆◆
そんなやりとりを終え、キールは職場へと戻ろうとしていた。
だが道の途中、自室に書類を忘れてきたことを思い出して慌てて踵を返した。幸い自宅を出て直後なので、戻っても午後の仕事には十分に間に合うだろう。
書類を取りに行くだけだ。わざわざシャーロットに声を掛けるまでもない。そう考えてすぐさま自室に向かい、書類を取って再び屋敷を出ようとし……、庭でメイドのティニーと話すシャーロットの姿を見つけた。
「キール様とデートに行くの。キール様が誕生日プレゼントに考えてくださったのよ」
「デートですか、素敵ですね」
「どんなデートになるのかしら……」
キールの存在には気付いていないようで、シャーロットはうっとりとした声色で語っている。
それを聞いていると自然とキールの表情も和らいでいく。自分と出掛けることをデートと語るシャーロットが可愛らしく思え、これほど喜んで貰えているのだと実感すればするほど愛おしくなる。
だがこのまま盗み聞きはよくないと考え、もう行こうと歩き出し……、
「市街地を二人で見て回った後は、きっとお洒落な喫茶店で語り合うのよ。その後は観劇かしら、オペラ鑑賞かもしれないわね。植物園も楽しそうだわ。キール様はどこへ連れて行ってくれるのかしら」
というシャーロットの言葉に、「ん?」と小さく声を漏らして足を止めた。
確かにシャーロットと市街地に行く約束をした。だが詳細はまだ決めていないはずだが……。
そうキールが疑問を抱くも、シャーロットの話は止まらない。
「その後は素敵なレストランで夕食をとって、二人で家に返ってくるのよ。もしかしたら家に帰る途中で夜景の見える場所に連れて行ってもらえるかも。いえ、きっと連れて行ってくれるわ。だってデートなんですもの」
夢見心地でシャーロットが話す。
それに対して、キールは「え?」と小さな躊躇いの声を漏らすだけだ。
割って入る事も出来ず、かといって立ち去る余裕も今は無い。頭の中には『観劇? オペラ? 夜景?』と単語がぐるぐると回っている。
そんなキールを置いて、シャーロットとティニーはその場から去って行ってしまった。
「楽しみですね、シャーロット様」
「えぇ、きっとロマンチックなデートになるわ。凄く楽しみ!」
という弾んだ会話を残して……。
◆◆◆
キール・フレヴァンあらためキールアランスは、午後の仕事に戻っても悩んでいた。
今回もシャーロットへのプレゼントについてである。詳しく言うのならば、『シャーロットへのプレゼントとしてどこに連れて行くか』だ。
異性への贈り物ですら悩みに悩んで『本人に直接聞く』という手段を取ったキールである。当然、異性が喜びそうなデートスポットなど知っているわけがない。
「……シャーロットをどこへ連れて行けば良い。お洒落な喫茶店? 雰囲気の良いレストラン……、レストランの雰囲気? 夜景が見える場所は……、夜景の何をどう見れる場所が良いんだ?」
ロマンチックとはかけ離れた人生を送ってきた。おかげで、シャーロットをどこへ連れて行けば良いのかさっぱりだ。
再び頭を抱えて唸り……、
「……どこに連れて行けば喜ばれるか分かるか?」
と、またもグランドに尋ねた。
彼から返ってきたのは、
「だから俺に聞かないください」
という返事である。
キール・フレヴァンあらためキール・アランスの悩みは、当分解消されそうにない。
だがこうやって悩むのもまた愛である。
……end……
「キール様、見てください。ロジェお兄様からプレゼントが届きました。素敵な帽子です」
「さすがロジェ殿、シャーロットの好みを把握しているんだな」
「お兄様からのメッセージカードもついていました。素敵な切り絵の張られたカードですよ。中は……」
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「まぁ、お兄様ってば、私へのバースデーカードなのに宣伝を」
「さすがロジェ殿だ、抜かりないな」
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「まだまだ宣伝が止まりませんね」
「ロジェ殿はこういう仕事は……、いや、どんな仕事でもこなせる方だが、こういう仕事は特にこなせる方なんだな」
「キール様、ロジェお兄様に気を遣ってくださってるのね」
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「まぁ、そうだったのね。キール様にラブレターなんて気になる展開! これは見逃せませんね!」
「(シャーロットまで宣伝を……。もしやこれはアランス家の血のなせるわざ……?)」
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「最後に挨拶で締めて、これでバースデーカードはお終いですね。……お兄様、私へのメッセージは!?」
「(ここは俺もアランス家に婿入りした者として宣伝をするべきなのだろうか……。だが俺にロジェ殿やシャーロットのような自然な宣伝ができるのか? これは剣を扱うよりも難しいかもしれない……)」
「私へのメッセージ!」
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