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24:これからも愛を

 


 件の一件、そしてキールの出自についてはすぐに社交界に広まった。

 シャーロットがフレヴァン家に嫁入りし、かと思えば今度はキールがアランス家に婿入りしたのだから誰だって疑問に思って当然だ。

 ならばいっそ下手な噂や推測が飛び交う前に自分達から打ち明けようと考え、それが人伝に広がっていく。

 キール自身にも話すことへの躊躇いや未練はもう無いようで、自ら周囲に事情を説明する事も多々あった。その際には必ずシャーロットが隣にいて、ぴったりと寄り添うことで自分達夫婦には何一つ問題はないと示す。


 堂々としたその態度と潔い行動が良かったのか、もしくはアランス家の者達やシャーロットの親類達がキールを歓迎している様を見たからか、周囲も最初こそキールに対して奇異な目を向けていたが、すぐに彼とアランス家の決断を受け入れてくれた。

 なにより、キールは国境警備を勤め上げ『国境の氷壁』とまで呼ばれる立派な騎士隊長なのだ。たとえ出自がどうであろうと、生家から不当に疎まれていようと、国のために尽力した誇り高き功績は揺るがない。


 そんなキールとは逆に、取り繕い、誤魔化そうとし、無様に足掻く様を露呈してしまったのがニコラと彼の息子達だ。

 挙げ句に二人の息子はどちらも妻子に逃げられ、その過程までもが言い触らされてしまったのだから目も当てられない。

 社交の場に出ても誰もが白々しい態度を取り、好奇の視線が纏わりつく。話しかけても殆どの者は話し込まずにそれとなく離れていき、残るのは興味本位に根掘り葉掘り聞き出そうとする者だけ。そういった者達は聞き出した話を面白おかしく吹聴する。

 フレヴァン家の者達はさぞや居心地の悪い思いをしているだろう。田舎に引っ込むのも時間の問題とさえ言われている。




 そうして色々なことが落ち着きを見せ始め、穏やかな日々が戻ってくる。

 その晩もシャーロットはいつも通り就寝の準備を済ませてキールの部屋を訪れていた。彼と一つのベッドに入り眠る前の語らいを楽しむ。

 着ているのはナイトドレスではなく暖かなパジャマで男女の密事を仄めかす空気はないが、心地良く穏やかな時間だ。


「明日のお茶にはお父様とお母様も来てくださると言っていました。お兄様達も来るし、賑やかになりそうですね」

「あぁ、そうだな。俺も楽しみだ」

「そういえば、ティニーが明日クッキーを焼いてくれるらしいんです。グランド様が気に入っていたクッキーなので、お裾分けに持っていってあげてください」

「そうか。きっと喜ぶだろうな」

「ディムもあのクッキーを気に入って……、ふわ」


 ふいに眠気を感じ、シャーロットは思わず欠伸を漏らしてしまった。慌ててぱふと手で口を押さ、話の最中に欠伸だなんてと失礼を詫びる。

 だがキールはそれに対して怒るでも文句を言うでもなく、むしろ愛おしいと言いたげに目を細め「もう寝ようか」と促してきた。シャーロットがコクリと頷いて返し布団の中で寝心地を整え……、


 そそ、とキールへと身を寄せた。

 彼の腕がそっと体に触れる。最初はシャーロットの様子を窺うように、そしてシャーロットが身を任せていると分かるとゆっくりと抱き寄せ、元より近かった二人の距離がゼロになる。

 シャーロットはその心地良さに目を細めながらキールの腕に頭を置いた。


「おやすみなさい、キール様」


 目を瞑りながら就寝の言葉を告げる。

 これに対してキールもまた返事を……、してこない。

 普段ならば「おやすみ」と優しい声で返してくれるはずなのに。


 疑問を抱いたシャーロットがぱちと目を開けて見上げれば、そこにはもちろんだがキールの顔がある。

 暗い部屋の中、それでも彼が自分をじっと見つめている事は分かる。シャーロットはその瞳を見つめて返し「キール様?」と彼を呼んだ。


「シャーロット、俺は貴女を愛してる。……この気持ちはきっと男女の愛だと思う」

「男女の……」

「あの一件を経て俺はアランス家に受け入れてもらった。彼等に感謝し、彼等を尊敬し、そして大事に想うこの気持ちは家族への愛だろう。……だが、シャーロットにはその家族愛とは違う気持ちを……、いや、もちろん家族としても愛しているんだが、それだけではないと言うか……」


 説明をしたいがうまく言葉が出てこないようで、キールの喋り方は随分としどろもどろだ。胸の内を伝えようと必死に言葉を選んでいるのが分かる。

 そんな彼をじっと見つめ、シャーロットは言わんとしている事を察してはっと息を呑んだ。


「分かりました、キール様。ナイトドレスに着替えてまいります!」

「それはまだ早い!」


 いざっ!とシャーロットが布団から出ようとすれば、キールが慌てて抱き寄せてきた。これは抱擁というより拘束だ。

 彼の腕の中に再び納まり、シャーロットは「あら」と思わず呟いてしまった。ぽっと頬が赤くなる。


「私ってば、ついうっかり。はしたない女だと思わないでくださいね」

「いや、思わないさ。これも愛ゆえだろう」

「はい、愛です。愛とは時にうっかりしてしまうものです」


 だから仕方ないと話せば、キールが楽しそうに笑った。

 そうして改めてシャーロットを抱きしめてくる。逞しい腕で、だけど優しく、それでいていつもより少し強く。

 その心地良さにシャーロットはうっとりと目を細め、キールの体にぴったりと身を寄せた。彼の大きな手がそっと頭を撫でてくる。


「愛してる、シャーロット。……心から貴女を愛してる」


 キールの声は穏やかで優しく、そして喜びの色がある。自分が愛を知ったことを噛みしめ、愛と同時に喜びを見出しているのだろう。

 そんな彼の愛の言葉に、シャーロットは「はい」と返すと同時に自分の頭を撫でる彼の手を取った。ぎゅっと握りしめる。


「私も愛してますキール様。こうやって愛の言葉を交わすたび、愛は大きくなり胸に染み込んでいくんですよ」

「そういうものなのか?」

「はい、愛とはそういうものです。ですが愛の言葉は口にすればいいというわけではないんです。軽はずみに言えば愛は減ってしまいます」

「そうか……、やっぱり難しいな」


 まだ自分は初心者だと話すキールに、シャーロットがクスクスと笑う。

 愛についての話を真剣に受け止めるところも、更には「精進しよう」と返してくる真面目なところも、なんて愛おしいのか。


「愛を必死に伝えて、愛について初心者であることを真摯に受け止める。そんなところにも愛はむにゃりむにゃりと募っていくんです」

「今夜の愛は随分と不思議な音をしているが、どういう形なんだ?」

「分かりません。時に愛とは、主の意思をも超えて募っていくのです」

「そういうものなのか」

「そういうものです」


 シャーロットがまるで子供に教えるように話せば、キールがなるほどと頷いた。

 次いでこのやりとりが楽しいと言いたげに表情を和らげる。凛々しい彼の目元が緩み、小さく開かれた唇からふっと笑い声が漏れる。柔らかく、温かく、楽しそうな笑みだ。

  

「俺は愛に溢れた貴女に愛が募るよ」


 柔らかく笑いながら告げてくるキールの言葉に、シャーロットもまた微笑んで返した。


 やっぱり自分達は大丈夫だった。

 彼と婚約した時から変わらず、「愛する事は出来ない」と言われても尚、不安なんて一つとして抱かなかった。


「これからも俺に愛を教えてくれ、シャーロット」

「もちろんです。愛がどれだけ難しくても私が教えてさしあげます」


 だから大丈夫だとシャーロットが断言すれば、キールの笑みが強まる。

 彼の手が優しくシャーロットの頬を撫で、そして親指がふと唇に掛かり……、


 そして惹かれるように、互いに顔を寄せ、目を瞑り、キスをした。




 また愛が募っていく。




 ……end……




『それなら私が溺愛します!』これにて完結となります!

最後までお付き合い頂きありがとうございました!


感想ブクマ評価誤字脱字報告、ありがとうございました。

評価がまだの方は下の☆から評価頂けますと幸いです。


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[良い点] 愛はむにゃりむにゃり
[良い点] 面白かったです。 愛って強いなぁ、愛されてるって最強だなぁと思わせてくれる心温まる作品でした。 公爵夫妻の子育てが素晴らしいですね。
[良い点] 読んでるこっちまで愛が溢れてきました…♡♡♡ これが、砂糖を吐くという事なんですね✨
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