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23/25

23:その理由はただ一つ

 


 シャーロットが断言すれば、ニコラが再び「この男は」とキールの素性を訴えようとした。

 だが彼が言葉を言い切る前にシャーロットが「出来ます」と念を押すように被せた。


「キール様には貴方達と縁を切り、アランス家に婿入りして頂きます」

「馬鹿な、俺が縁を切ればこいつはフレヴァン家ですら無くなる。ただの娼婦の子供だ。そんな男を小娘の一存で公爵家になどと許されるわけがない。それとも駆け落ちだのと馬鹿な真似をするつもりか?」

「駆け落ちなんてする必要はありません。お父様もお母様も話を聞けば理解してくれますし、もちろんお兄様やお姉様、アナスタシアも。それにお爺様やお婆様、近しい親戚も遠い親戚も、それに友人や社交界で親しくしている方々、みんなこのキール様を歓迎してくれます」


『許してもらう』ではなく『受け入れさせる』でもなく。

 当然の事のように淡々と。果てには『歓迎してくれる』とまで。


 言い切るシャーロットの口調に迷いはない。そして同時に、そうなるよう努めるという決意の色も無い。

 ただ事実を述べているだけだ。シャーロットが説得も努力もせずともこの結末は訪れる……と。


「だって私はキール様を愛しているんですもの。共に生きていくのはキール様じゃないと嫌。キール様と一緒なら幸せになれる。だからみんな私のこの決断を受け入れてくれる。私の幸せのために、だって……」


 一瞬、シャーロットが言葉を止めた。

 ニコラを見据えつつ穏やかに微笑む。柔らかく麗しく、父親ほど年の離れた男と言い争っているとは思えないほどの愛らしい笑み。

 そうしてシャーロットはゆっくりと口を開いた。


「だって私、愛されていますもの」


 迷いのない断言。

 シャーロットにとってこれは当然の事であり、当然の事実を当然のままに伝えたに過ぎないのだ。


 だって愛されているから。

 だから周りは自分の幸せを願ってくれる。

 そして幸せのためにキールがアランス家に入ることが必要というのなら、誰もが彼を歓迎してくれる。


 愛してくれているから。


 そう話すシャーロットの言葉にニコラが反論しようとし……、聞こえてきた笑い声にぎょっとして振り返った。

 笑い声をあげているのはロジェだ。大笑いをしている彼の隣には妹のアナスタシアもおり、兄程ではないが彼女も楽し気に肩を揺らしている。そんな二人に、なぜここで笑われているのか理解出来ずにニコラがたじろぐ。

 だがロジェはニコラの反応などお構いなしに笑っており、それどころかシャーロットに対して「よく言った我が妹」と褒め言葉まで送る始末。隣に立つアナスタシアも「さすがお姉様」と続いた。


「シャーロットの言う通り、俺達も両親も、親戚も、それどころか親しい他家の者達だって。みんなシャーロットを愛している。だからなにより優先すべきは愛するシャーロットの幸せだ」

「で、ですが、さすがに公爵家に……」

「何の問題もない。だって……、なぁシャーロット」


 ロジェがシャーロットへと視線を向ける。

 彼の言わんとしていること、そして何を言うべきかを察し、シャーロットは一度キールへと向き直った。彼の手を握ったままにっこりと微笑む。


「なんの問題もありません。だって私は皆から愛されて、そしてキール様を愛しているんですもの」


 シャーロットが微笑んだまま告げれば、キールがその言葉をかみしめるようにゆっくりと目を細めて笑った。


「俺も愛してるよ、シャーロット」

「キール様……」


 キールからの愛の言葉はシャーロットの胸に温かく溶け込む。

 彼の手を握ったまま、じっと見つめてくれる彼の視線に応えるように自分もまた見つめ返した。



 ◆◆◆



 見つめ合うシャーロットとキールは所謂『二人の世界』である。

 ロジェとアナスタシアが顔を見合わせ「少し放っておこう」「これは割り込めませんね」と肩を竦め合う。

 だがニコラだけは悔し気な顔をしており、忌々しいと言いたげにキールを睨んでいた。

 罵倒するのか、それとも公爵家に婿入りするキールに取り入るつもりか、口を開いて何かを言いかけ……、だがそれをロジェが「ぼーっとしていて良いのか?」と問いかけることで遮った。もはや取り繕う余裕もないのか、ニコラが顔を歪ませたままロジェへと向き直る。


「……どういう事でしょう」

「キール殿が正式にアランス家に婿入りすれば、当然だが周囲はその理由を知りたがるだろう。問われれば俺達はすべて正直に話すつもりだ」

「それは……」

「当然だろ? 大事な家族であるキール殿を傷つけたお前を、俺達がわざわざ庇ってやる理由は無い。それにシャーロット同様に俺もアナスタシアも周りから愛されて周りを愛している。愛する人に嘘は吐けないさ」


 問われれば全てを話す。キールの出自も隠すことなく。

 それはつまり、ニコラの身分ある者にあるまじき行為を、そしてキールに対しての仕打ちを世間に知らしめるという事だ。

 その事実に気付きニコラの表情が変わった。忌々しいと歪んでいた顔が一瞬にして青ざめる。

 だがそれだけでは終わらせないとアナスタシアが「そういえば」と続けた。穏やかに、それでいてどことなく悪戯っぽく笑みながら。


「先程ニコラ様が私とご子息との縁談について話していた際、女性が二人通りがかりましたの」

「女が……? まさか!」


 青ざめていたニコラの顔がそれだけでは足りないと引きつる。

 アナスタシアが口にした『二人の女性』。その正体はニコラの二人の息子の嫁であり、公爵令嬢(アナスタシア)との縁談の為なら「どうとでもなる」と切り捨てようとした存在だ。

 彼女達は偶然通りがかり、異変を感じてロジェから話を聞き……、その最中にニコラの発言を聞いてしまった。夫が自分と子供を捨てて喜んで公爵家の権威に靡こうとした……と。


「相当お怒りのご様子でしたね。彼女達も相応の家から出ているのでしょう?」

「これは大変だな、ニコラ殿。こんなところでのんびりとしていて良いのか?」


 二人が同時にニヤと笑みを浮かべる。兄妹だけあり似た笑みだ。

 それを前にニコラは「ぐっ……」と小さく呻き声をあげ……、そしてすぐさま部屋から出て行った。礼儀として「失礼します」と一言残してはいるものの、吐き捨てるような舌打ち交じりの発言だ。

 ロジェとアナスタシアが顔を見合わせ「品が無いな」「えぇまったく」とわざとらしく呆れの表情を浮かべた。


 コロコロと楽し気な兄妹の会話。

 ここまで黙って護衛に徹していたグランドがポツリと「これが社交界での戦い方か……」と呟いた。



 ◆◆◆



 フレヴァン家はこれから大変だろうが、シャーロット達からしたら事態は既に解決している。なので無関係なフレヴァン家のごたごたに巻き込まれるのはご免だとさっさと撤退することにした。

 近くを通りがかったメイドに帰宅を告げ、ニコラを呼ぶという彼女を引き留め見送りは不要だと断る。今更縋り付かれても面倒なだけだ。

 仕事の最中に来てしまったグランドは一度詰め所に戻らねばならないらしく、彼に感謝と、後日改めてお礼をさせてくれと告げて途中で分かれた。



 そうしてようやく家の中に入り、シャーロットはほぅと深く息を吐いた。

 既に時間は遅く、普段ならば寝室で語り合っている時間だ。だがまだ食事もしていない。それどころか屋敷に帰って時計を見上げて「もうこんな時間」と気付いた。


「なんだかあっという間でしたね」

「……すまないシャーロット。俺の家の迷惑に巻き込んで、それにロジェ殿とアナスタシア嬢にまで迷惑を」


 謝罪をするキールに対して、シャーロットは手を伸ばしてそっと彼の頬に触れた。

 触れられるとは思っていなかったのかキールが僅かに驚いたように目を丸くさせる。そんな彼の頬を撫で「謝る必要はありません」と優しい声色で告げた。


「私もお兄様もアナスタシアも、家族のために自ら行動したんです。愛するキール様のためならなんだって出来ますし、迷惑だなんて思いません」


 そうシャーロットが諭すように告げれば、キールが目を細め「そうか……」と呟くとシャーロットの手に己の手を重ねてきた。

 優しく包み、己の頬から離すように促す。そうして改めて手を握ってきた。

 穏やかな表情でシャーロットを見つめてくる。切れ長の勇ましさを宿した目元、だが今は優しく柔らかく安堵が漂っている。


「シャーロット、ありがとう。貴女と結婚出来て幸せだ。俺も貴女と一緒に生きていきたい」

「キール様……。私もキール様と結婚出来て幸せです。これからどんな問題があろうと、私達ならきっと大丈夫です」


 手を握りながらシャーロットとキールは見つめ合い……、


「食事が出来ると聞いて招かれたんだが、いつまでこれを見てたら良いんだろうな」

「あらお兄様、そんな野暮な事を言っては食事がまずくなってしまいますよ。きっとあと一時間ほど待てばテーブルに着けますから、それまでは空気に徹するのが身分有る者の振る舞いです」


 傍らで話すロジェとアナスタシアに気付き、パッと揃えたように握り合っていた手を放した。


 帰り際、シャーロットとキールはロジェ達に共に食事をしないかと誘ったのだ。

 時間は遅くなってしまい立派な持て成しは出来ないが、それでもここまで助力してくれた彼等を「今日はありがとう、それじゃあまた」で帰すわけにはいかない。そう考えて誘えば二人ともも嬉しそうに頷いてくれた。

 そうして屋敷へと招いたわけなのだが……。


「わ、忘れていたわけじゃないの。ただまずはキール様とお互いを労い合おうと思って……、ですよねキール様!」

「あぁ、そ、そうだ。ロジェ殿とアナスタシア殿の事を忘れるなんてそんなわけがない。お二人には持て成しを……、そうだ、すぐに準備をしますので少しお待ちください! 行こうシャーロット!」

「はい! お待たせするわけにはいきませんものね!」


 慌ててシャーロットはキールと共に屋敷の奥へと逃げた。

 背後ではロジェとアナスタシアが顔を見合わせて肩を竦めている気配を感じたが、もちろん振り返られるわけがない。




次話で完結になります。

最後までお付き合いいただけると幸いです!

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[良い点] シャーロット最高にカッコいいです!好き…!
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