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22:お怒りなシャーロットの解決策

 


「こ、これはシャーロット様っ……! なっ、なぜこんなっ、ところにっ……っ!」

「夫を! 攫われて! 奮い立たない妻がいますか!!」


 ニコラの言葉に返しつつもシャーロットはクッションでの殴打を止めず、バフン! ボフン!! とクッションを叩きつけている。

 取り押さえることも出来ないのかニコラは両腕で己の顔を庇いながら、それでも殴打の合間合間にシャーロットを宥めようとしている。

 もっとも、どれだけニコラに宥められてもシャーロットの勢いは止まらず、右に振り抜いたら次は左へ、そして右へ、とさながら往復ビンタのような連撃を繰り出していた。


 あまりの勇ましさにキールはしばし呆然とし……、はたと我に返ると慌ててシャーロットへと駆け寄った。


「シャーロット、もう十分だ。落ち着いてくれ」

「……キール様」


 キールに宥められると次第にシャーロットの手から力が抜け、クッションをぽとりと落とした。


「わ、私、心配して……。はしたないところをお見せしてしまいました」

「俺のためにここまで来てくれたんだな。ありがとう、シャーロット」

「ご無事で良かったです。もしもキール様に何かあったらと思ったら居ても立っても居られなくて……。ですがまさか、キール様を攫うなんて」


 再び怒りが舞い戻り、シャーロットがキッときつくニコラを睨みつけた。

 まさかここでシャーロットが、それもロジェとアナスタシアまで連れて現れるとは思っていなかったのだろう、ニコラの表情には焦りの色が浮かんでいる。眉間に皺を寄せて視線を他所へと向けるのはこの状況の打開策を考えているのか。


「攫うなどと人聞きの悪い。私はただ息子と話をしたいと思っただけですよ」


 考えた末、どうやら白を切ることことにしたらしい。

 もちろんシャーロットがそんな言い分を信じるわけがないのだが。 


「私、キール様が馬車に引きずりこまれるのを見ました。腕を掴まれて無理やりに……。あれがフレヴァン家流の『誘い方』というのなら、マナーを学び直した方がよろしいんじゃないかしら」


 淡々とした口調でシャーロットが言い捨てれば、明確な侮辱の言葉にニコラも一瞬怒りの表情を浮かべた。

 だがすぐさま無理やりに表情を戻したのはシャーロットが公爵家の生まれだからだ。心の中では小娘とでも罵っているだろうがそれを表に出すことはせず、引きつった頬と歪んだ口元ながらに「これは手厳しい」と口にした。


「シャーロット様、なにか勘違いをなさっているようですが、フレヴァン家はシャーロット様が思っているような家ではありません。……それに、シャーロット様も今はフレヴァン家に嫁入りをした身。あまり悪く言われては、私も家名を背負う者として苦言を」

「私、マナーのなっていない家と縁を持つ気はありません」


 ニコラの言葉を遮ってシャーロットがぴしゃりと告げた。

 はっきりとした拒絶の言葉だ。こんな無遠慮で品のない一族と懇意にする気はない、親族になる気はない、そう言い渡す。

 これに対してニコラが露骨に嫌悪の表情を浮かべた。今にも罵倒しだしかねない表情。だがその表情が一転して嘲笑うような色に変わったのは、シャーロットの言葉を受けて息を呑むキールに気付いたからだ。


「愛だのと宣った直後に妻に見限られるとは、お前らしい憐れな話だ。なぁキール、また捨てられた気分はどうだ?」


 ニコラが侮蔑と嘲笑の矛先をキールに向ける。

 これに対してはさすがに冷静を取り繕えないのか、キールが辛そうに眉尻を下げる。……が、そんな彼の隣に立つシャーロットは「あら?」と不思議そうな声をあげた。ついでに大袈裟にコテンを首を傾げてみせる。


「私がいつキール様を見限りましたか?」

「……は?」


 キールを嘲笑っていたニコラがシャーロットの言葉に顔を顰めた。

 そんな彼をチラと一瞥するだけに止め、シャーロットはキールへと向き直ると彼の腕に触れた。

「シャーロット……」と弱々しく名前を呼んで見つめてくるキールはまるで子犬のようではないか。


「キール様、私はキール様を見限ったりなどいたしません。キール様のいったいどこに見限る要素があると仰るんですか」

「だが、今シャーロットはフレヴァン家と縁を持つ気はないと……」

「はい。こんな品のない家と付き合っていく気はありません。アランス家の品位を落とします」

「それならやはり……」


 自分ごと縁を切るのか。

 そうキールが言い掛けるも、それより先にシャーロットが「だから!」と力強く続けた。


「だからキール様にはアランス家に婿入りして頂きます!!」


 シャーロットの力強い断言が部屋に響き渡る。

 だがそれに続く者はおらず、室内は一転してシンと静まってしまった。

 目の前で宣言されたキールもこれには返事が出来ず、唖然としてシャーロットを見つめ返すだけだ。


「どうしましたキール様。私なにかおかしなことを言いましたか?」

「……シャーロット、今、俺がアランス家にと言ったのか?」

「はい。そうお伝えしました。キール様にはキール・アランスになって頂きたいんです」


 話しつつ、シャーロットは腕を擦っていた手をそっと滑らせて今度はキールの手を握った。

 大きな手だ。少しひんやりと冷たいのは、この状況で体が冷えてしまったからだろうか。その手を両手で包み込むように暖めるように握る。

 シャーロットの気持ちと体温が伝わったのか、半ば唖然としていたキールが「俺が、アランス家に……」と呟いた。その言葉にシャーロットがゆっくりと深く頷いて返す。


 だがそんな二人のやりとりを引き裂くように無粋な笑い声が割って入ってきた。

 ニコラだ。彼はこれ以上の面白いことはないと言いたげに笑い声をあげている。

 次いでシャーロットとキールに対して「何を馬鹿なことを」と吐き捨てた。


「キールがアランス家に? そんな馬鹿げた事が許されるわけがない」

「私がフレヴァン家に入ったのに今度はキール様がアランス家に……、というのは確かにおかしな話です。ですが出来ない事ではありません。世間的には珍しがられるかもしれませんが、きちんと説明すれば皆さん分かってくれるはずです」

「そういう話じゃない。こいつは娼婦が産んだ男だ、そんな下等な血が公爵家に入ることを周囲が許すわけがない」


 言い捨てるニコラの言葉に、シャーロットはキッときつく睨みつけた。

 一言いってやろうと、否、一言どころで済みそうにないと口を開く。だが叱責の言葉をシャーロットが発するよりも先にキールがニコラに話しかけた。

 落ち着いた声色。達観したかのような冷静さがある。


「先程からあなたは何度も俺のことを『娼婦が産んだ男』と呼んでいる。だが父親は貴方だろう。貴方が戯れに妻以外の女性に手を出した……、その結果が俺だ」


 キールの口調にはニコラに対し己の行為を認めさせるような色がある。だがそれは同時にキールにも己の出自と、それを父であるニコラが軽んじている事実を口にする辛さがあるはず。

 なぜ今それを、どうして自ら傷付くような真似を、とシャーロットは疑問に思った。だがそれでも話を遮るまいと考えて口を噤み、問う代わりに彼の手をぎゅっと強く握る。


「……少しでも、俺の母の事を愛していたのか?」

「愛だのとまだ馬鹿なことを言うのか。お前の母親は安い店の女だ。戯れに遊んでいたが本気になって、果てにはお前を身籠って屋敷に来るなどと馬鹿げた真似を」


 ニコラはその店では身分を隠し名前も偽っていた。そうして店の女性を口説き本気にさせていたという。「結婚などと馬鹿な夢を」と吐き捨てるあたり、その場限りの口約束でも交わしたのだろうか。

 だがお忍びの女性遊びも直ぐに飽き、女の前から忽然と姿を消した。……といってもニコラからしたら遊び飽きたので元の生活に戻っただけなのだが。

 だがその数ヵ月後、女はニコラの前に現れた。その腕にキールを抱いて。

 女性がどこでニコラの素性を知ったのかは分からない。だが彼女はキールをニコラに押し付け、そのまま姿を消したのだという。


 一連の事を話すニコラの口調は己の行動が招いた結果ながら他人事のようだ。

 それどころか迷惑を掛けられたと言いたげである。


「あの女もいまやどこに居るのか……。そんな素性のキールが公爵家に婿入りなど馬鹿げた話だ」


 ニコラが吐き捨てる。

 それに対して、今まで黙っていたシャーロットももう我慢がならないと、そして精一杯の侮蔑の色を込めてニコラの話を鼻で笑ってやった。


「馬鹿、馬鹿、と。先程から何度も仰いますが、自分自身が一番愚か者だとは気付いていないようね」

「……シャーロット様、それはどういう事でしょうか」

「愚かな貴方には一から十まで説明しないと分からないのかしら。ならば教えてあげましょう。キール様はアランス家に婿入りできます」


 愚か者に事実を突きつけてやるため、シャーロットははっきりと断言した。



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