18:今夜もまた腕の中で
夜、キールの寝室でベッドに入り二人で語り合う。
会話の内容は日中のグランドの訪問について。
彼とキールはどうやって出会ったのか、どんな話をしてきたのか、どうやって過ごしてきたのか……。
苛酷な国境警備だが仲間と過ごす時間は穏やかだったのだろう、話すキールの表情は明るく、楽しそうな色さえある。
そんな話の流れから、話題はグランドとディムの関係へと移っていった。
「説明するより先にディムとの関係を気付かれたとグランドが驚いてたな」
「なんとなくですが、ディムとグランド様のやりとりを見ていて気付いたんです。グランド様を見るディムの視線には家族を見る優しさがありましたし、グランド様も、ディムを相手に話す時だけは砕けた雰囲気がありました」
そう話すシャーロットが予想していた通り、やはりディムはグランドの祖父だった。
更に若い頃のディムは騎士隊に勤め、そのうえキールと同じように国境警備に勤めていたという。
二人の関係こそ察していたシャーロットだったが身の上については初耳だ。以前は他所の屋敷の庭師として勤めていたと聞いていたからてっきり庭師一本でやってきたのかと思っていたが、まさか騎士として勤め、そのうえ苛酷な国境警備に居たなんて。
「ディムは国境の情報収集を勤めていたんだ。といっても、俺は実際に彼と共に仕事をしたわけじゃないがな。だがかなり優れた働きを見せていたらしい」
「そうだったのですね。今の姿からはあんまり想像出来ませんね」
シャーロットが知るのは庭師としてのディムだ。
いつも穏やかに庭を眺め、そしてシャーロットが庭に出てくるとまるで孫を見る祖父のような優しい表情で迎えてくれる。自然を愛し、自然を育む、優しい庭師である。
「故郷に戻ってからは庭師として勤めていたが、数年前に腰をやって仕事が出来なくなったらしい。そこをグランドからの紹介でうちに来てもらったんだ。シャーロットが来るまで庭の事は全部彼に丸投げしていた」
「キール様は庭の景観には無頓着ですものね。ディムが『ようやく庭の話が出来る方がいらっしゃった』って話していますよ」
「それは……。俺はどうにも、庭の事にも無頓着だからな」
シャーロットがコロコロと笑いながら話せば、キールが居心地悪そうに頭を掻いた。
笑われて恥ずかしいが、丸投げしていたと自分で言ったのだから反論も出来ない。それに事実、ディムから庭の事で相談をされても碌に答えられなかったのだ。
だがもちろん相談を蔑ろにしていたわけではない。きちんと相談内容を聞いて、どうするかを考えていた。
……考えはしていたのだが「季節の花? あぁ、そうだな……、綺麗な花が良いんじゃないか?」だの「生垣の形か……。とりあえず良い感じに整えておいてくれ」だのと、なんとも的を射ない返事だった。
「私、アランス家に居た時からお庭の手入れを眺めるのが好きだったんです。庭師からお花の種類や庭の景観を整えるための方法も聞いていました。この屋敷に来てからもよくディムが手入れをしているのを見ていたんですが、そういう時、よくキール様のお話をしてくれるんです。漠然とした指示しかもらえないから困ったって」
「シャーロット、その話はどうかそのぐらいで……」
「あら、キール様は以前に私の幼い頃の寝相の話を楽しんでいたではありませんか。私、今その時のキール様と同じ気分なんです。まさかご自分は良くて私の時は遮るんですか?」
シャーロットがしたり顔で言ってやれば、キールがぐっと言葉を詰まらせた。
眉根を寄せた渋い表情。仮にここが争い絶えぬ時の国境であったなら険しい騎士の表情と感じただろうが、今は暖かなベッドの中、迫力などあるわけがない。
そんな分かりやすいキールの態度にシャーロットは笑みを零し「でも」と話を続けた。
「私なんだか眠くなってしまいました」
ふわとわざとらしく欠伸をし、更に目を擦る仕草も見せれば、察したキールの表情が明るくなった。
「そうか、それならもう寝よう。あまり夜更かしするのは良くないからな」
「えぇそうですね。では……」
そそ、とシャーロットがキールに身を寄せる。
彼の胸元にぽすんと頭を置けば、ぎこちない動きながらに包み込むように抱きしめてきた。
「キール様、今夜も私がお布団を奪わないように押さえておいてくださいね」
「あ、あぁ……。そうだな、うん。ちゃんと抱きしめておくよ」
「あら、抱きしめてくださるんですか? 拘束じゃなくて?」
クスクスとシャーロットが笑いながら尋ねれば、キールが何とも言えない歯痒そうな表情を浮かべた。
その強さゆえ国境の氷壁とまで呼ばれた男とは思えない表情だが、シャーロットには見慣れた表情でもある。
布団を巻き込んで抱擁もどきの拘束という解決策を見出してから、キールはこうやってシャーロットを抱きしめて眠るようになった。そして時折シャーロットはその時の事を話題にしてキールを揶揄い、そして彼に歯痒そうな表情をさせるのだ。
もちろん本気で彼を嘲笑っているわけではない。キールもそれが分かっているのだろう、参ったと言いたげな表情を浮かべ、次いで優しくシャーロットの頭を撫でてきた。これはシャーロットの悪戯心を宥めているのだ。
頭を撫でて貰う心地良さにシャーロットは目を細めた。悪戯心はすっかりと消え、今胸にあるのは愛だ。
「こうやって語り合い触れ合うことで、愛がワサワサと溢れています」
「今夜の愛は量が多そうだな」
「時に愛とは一瞬で嵩を増すものです」
「そうか、そういうものか」
シャーロットの言葉にキールがなるほどと頷く。
そんなやりとりを交わし、どちらともなく就寝の言葉を告げてゆっくりと目を瞑った。




