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【電子書籍・漫画化】それなら私が溺愛します!~愛を知らない騎士隊長と愛があふれる令嬢の結婚~  作者: さき


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16/25

16:庭師とお客様

 


 キールが騎士として仕事に出ている最中、もちろんだがシャーロットにもやるべき事は有る。

 貴族の夫人としての仕事。屋敷内に不備が無いか使い達を纏め、次に出席するパーティーでの装いを決め、招待状の返事を認める。屋敷内の飾りを季節に応じたものに変えるよう指示するのも忘れてはいけない。

 貴族とは華やかかつ優雅であり、そして華やかかつ優雅で居るために必要な仕事である。


 出自や経歴を考えれば仕方ない事なのだが、どうにもキールは華やかな事にも、そして華やかでいるために必要な事にも疎い。

 騎士としての報告書なら書けるのに招待状の返事となるとペンを手に固まってしまうし、パーティーもいつだって騎士の制服で出ようとする。屋敷内の飾り付けに関しても同様、疎いゆえに散々好き勝手にやられてきた過去がある。

 だがそんなところもシャーロットにとっては「国を守る事に専念していたからですね」と愛を抱かせるのだ。

 それにキールが疎いのであればシャーロットが補えば良いだけの事。華やかであるためのいろはは公爵令嬢の得意とするところである。


 その日もシャーロットが屋敷内のカーテンの色で悩んでいたところ、ノックの音が聞こえ、メイドのティニーが部屋を訪ねてきた。


「旦那様にお客様がいらっしゃってます」

「キール様に?」

「はい。不在はお伝えしたのですが、どこに居るのか分からないかと聞かれまして……。旦那様と同じ騎士隊のグランド様という方です。どういたしましょうか」

「それなら私が対応するわ」


 シャーロットが立ち上がり、グランドと名乗った騎士が待つ敷地の門へと向かう。

 ティニーも後を付いてくるのだがどうにも何か言いたげだ。


「どうしたの?」

「……少し怖い方です」

「怖い?」


 何が? とシャーロットが首を傾げつつ門へと向かえば、警備と、それと居合わせたのか庭師のディムの姿もあった。彼等と話しているのが件の騎士グランドだろう。

 声を掛ければ警備とディムが同時に挨拶をし、騎士もまたこちらを窺うように軽く頭を下げる。

 そんな彼の顔にははっきりと、そして痛々しいほどに深い傷跡が走っていた。

 額から片目を通り頬に、そして目尻から顎にかけて。目を引く大きな傷が二本、雑に縫った痕もある。

 その傷痕に沿うように肌の色が変わっておりなかなかの面相だ。

 更には身体つきも良く背も高い。

 身長はキールと同じぐらいだが、体格や肩幅で言うならグランドの方が優れている。鍛えつつもしなやかさのあるキールとは違いグランドは厳つさのある体格だ。


 なるほどこれが『怖い』という理由かと納得してしまう。

 ちなみにティニーはシャーロットの後ろにぴたりと付いているが、それがメイドらしく主人の背後に控えているのか、それとも臆して背に隠れているのかは微妙なところだ。


「シャーロット・フレヴァンと申します。以後お見知りおきを」

「あんたがキール隊長の……、うぐっ、」


 言いかけ、グランドが呻いた。

 彼の脇腹をディムが勢いよく肘で小突いたからだ。遠慮のない一撃。更にはそれを詫びることもなく「挨拶はどうした」と彼を叱り出す。


「そ、そうだな……。失礼しました、俺はグランド。キール隊長とは共に国境警備の任を勤めておりました。キール隊長はどちらへ?」

「どこに居るかは分かりませんが、国境についての調査書に不備があり、それを調べると仰っていました」

「調べもの……。あぁそうか図書館か。くそ、図書館前は通ったのに」


 しまった、とグランドが己の失態を悔やむ。眉間に皺を寄せた表情の迫力はかなりのものだ。

 曰く、キールに報告することがあるのだが彼が見当たらず、探し回っていたのだという。だが図書館には思い至らず、もしかしたらと考えて屋敷を訪ねてきたらしい。


「あと一時間足らずで戻ってくると思います。部屋を用意しますので、そちらでお待ち頂けますか?」

「一時間で?」

「はい。いつもお茶の時間には一度戻ってきて、共に過ごしてくださるんです」


 キールは多忙だ。だが多忙と言えども休憩の時間が許されないわけではない。

 だというのに真面目なキールは少しでも早く書類を完成させ、調べものを報告し、次の仕事へ……、と根詰めてしまう。元より多忙なところを更に自分で追い詰めてしまうのだ。


 本来ならばもう少し余裕を持っても良い。むしろ余裕を持つべき。そうでもしないと体がもたなくなる。

 というのが、普段同じ騎士として仕事をするロジェから聞いた話である。

 ちなみにその話をした際にはキールも同席しており、彼は何とも言えない表情で「むしろロジェ殿はもう少し書類を細部まで……」と言いかけ口を噤んだ。


 そんな話の末、キールはお茶の時間には一度屋敷に戻り、シャーロットとお茶をするようになったのだ。


 夫婦の時間を取るため。

 そして、放っておくと仕事を抱えすぎるキールの休息のためである。


「このまま立ち話もなんですから、どうぞ屋敷の中へお入りください。それよりお庭でお茶をした方が良いかしら」


 どちらが良いかと、シャーロットはグランドと、そして彼の隣に立つディムに視線で問う。

 グランドは僅かに驚いたように目を丸くさせ、そしてディムは微笑んで「では、庭で頂きましょう」と返した。


「それならお庭のテーブルセットに用意させましょう」


 背後に立つティニーに「お願いね」と声を掛ければ、グランドに対して臆していた彼女は背筋を伸ばし「かしこまりました」と屋敷へと戻っていった。

 その背中を見つめ、シャーロットはメイドの態度を詫びた。


「彼女は私がアランス家から連れてきたメイドなんです。だから、騎士と言えばロジェお兄様のような騎士しか知らなくて」

「ロジェ・アランス様……」


 話すシャーロットとグランドの頭の中に――そしてディムと警備の頭の中にまで―ー、ロジェの姿が思い出される。

 ふわふわとした軽い態度。何があってもあっけらかんと笑う。

 きっとこの話を聞いても「失礼だなぁ」と軽い態度で不満を訴え、その後には「まぁ俺と国境帰りの騎士とじゃ全く別物だから分からなくもないけどな」と開き直って笑い飛ばすに違いない。


「それは……、俺を怖がっても仕方ないのかもしれませんね」


 グランドが納得したと頷く。

 よく考えると納得するのも失礼な話なのだが、言い出したシャーロットはもちろん、ディムも警備も同感なので言及しない。

 それ程までにグランドとロジェは同じ騎士でありながらも全くの別物なのだ。



 ◆◆◆



「では、私も一度失礼いたしますね」


 場を離れるために軽く頭を下げ、準備が出来たらお呼びしますと告げてシャーロットが屋敷へと戻っていく。

 それと同時に警備もまた「ごゆっくり」とグランドに告げて仕事へと戻っていった。

 グランドとディムがそれを見送る。グランドはこのいかにも貴族といった対応がどうにも馴染めないのか落ち着きなく、対してディムはそんなグランドを「少しは落ち着け」と諭している。


「しかし、あれがキール隊長の嫁さんか……。なんか二人が並んでるところが想像出来ないな」

「そうか?」

「キール隊長の事だから、女だてらに隊長から一本取るような騎士や、王宮の重役を勤めるような仕事の出来る女、それか貴族の令嬢でももっと気の強い女と結婚すると思ってたんだが」


 グランドが挙げた女性像とシャーロットは真逆だ。シャーロットは見た目も性格もふわふわとしており、言動も仕草も穏やかの一言に尽きる。

 だがそれに対してディムが苦笑を浮かべた。未熟な者を愛でるような笑み。更には「お前はまだ分かってない」とまで言う。


「奥様はあれでかなり芯の通ったお方だ」

「……あんまりそうは見えないけど」


 今一つピンとこないのか首を傾げるグランドに、ディムが以前にあった一件を話しだした。


 キールの父親から命じられた内通者が屋敷内に居り、彼等はキールを蔑ろに扱っていた。

 その時にシャーロットは直ぐに内通者に当たりを付け、更にそれをディムに相談してきたのだ。


「なぜ私にかと尋ねたところ、奥様は当然のように『貴方は大丈夫だから』と仰ってな。迷いのないお言葉だった」


 ディムはキールに対して敬意をもって接している。そしてその敬意は偽りやその場しのぎの物ではなく心からのものだ。

 シャーロットはそれを察し、そして同時にディムは屋敷内の事を誰より把握していると認識していた。誰にも言われず、ましてやキールからディムとの関係を教えてもらうより前に。


「奥様は公爵家の令嬢として大事に育てられてきたからこそ、不当な扱いには敏感で厳しいんだろう」

「俺には平和慣れしたお嬢さんにしか見えないけど」

「そりゃお前からしたらそうだろう。だが奥様は社交界で戦うには十分なお方だ」


 シャーロットを高く評価するディムの話に、グランドはいまだ理解出来ずにいる。

 それでもディムが言うならそうなのだろうと納得し、改めてシャーロットが去っていった先を見た。


「確かに、俺もキール隊長もこっちの生活に慣れないといけないし、そういう点では平和慣れした人の方が良いのかもな」

「そうだろう。ところでお前は最近どうなんだ? 他人の事を考える余裕があるんだから、曾孫とは言わずとも嫁ぐらいは見せてくれるだろうな」


 笑みを浮かべたディムが尋ねればグランドが眉間に皺を寄せた。嫌な話題になったと元より険しい表情を更に険しくさせる。

 何かこの話題を変える術は無いか、と考え、そうしてふと気付いて「そういえば」と呟いた。


「俺が孫だって事、知ってたんだな」


 シャーロットはお茶の席にディムも同席する前提で話を進めていた。それどころかディムが居るからこそ庭でのお茶を提案したのだ。だが警備については特に気に掛ける素振りはしなかった。

 その理由はグランドがディムの孫だから。


「いや、多分知らなかっただろうな。だが一瞬で察したんだろう」

「シャーロット様が?」

「大事にされてきたからこそ、誰が誰をどう大事にしているかが分かる。そしてそこからの関係を察する事ができる。奥様はそういうお方だ」

「そういうものなのか……。それならキール隊長と上手くやっていけるのかもな」

「そうだな。ところでお前の話なんだが」

「さっきのメイドが呼びに来たぞ」


 ティニーが屋敷から出てきて、こちらに来ると準備が出来たと告げてくる。

 グランドがこれ幸いと「案内してくれ」とティニーを連れて歩き出し、その後をディムが肩を竦めながら追った。



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