14:よく寝てよく巻くシャーロット
三枚の布団を取られたキールの向かいには、三枚の布団を奪ってしまったシャーロット。
もちろんシャーロットが三枚全てを自分の体に巻き付けて寝ていたのは言うまでもなく、昨夜は心地良くぐっすりと眠れた。……ぐっすりと眠れたからこそ余計に申し訳なさが募るのだが。
思わずしょんぼりと俯きながらスープに口をつける。
温かいスープだ。だけど今はその温かさも味も感じられない。
昨日より増した情けなさと申し訳なさと恥ずかしさが胸を占めて味わう余裕が無いのだ。
「シャーロットが動き出した時に俺も起きたから、せっかくだしと思って観察していたんだ。眠っているはずなのに的確に布団を掴んでモゾモゾと奪って、うまい具合に巻き込んでいたな。まずは引き寄せて隙間を埋めて、そこから自身も寝返りを打って巻いていくんだ」
「動物の観察のように仰らないでください……」
「もう一枚試してみようと思ったんだが、さすがに四枚は暑いかと思ってやめておいた。冬になったら何枚まで奪うのか」
「試しません!」
話を遮り、シャーロットがぴしゃりと拒否を示す。
これにはキールも言い過ぎだと己の失態に気付き、「つい小動物を眺めている気分になって」と謝罪をしてきた。妻を小動物扱いはしているものの謝罪の意思はきちんとあるのだろう。
シャーロットはむぅと唇を尖らせて不満を訴え、拗ねた表情のまま「今夜は私に考えがあります」と告げた。
「シャーロットが?」
「はい。私だって布団を奪ってばかりじゃありません。それにこのまま何も対策をしていないと、屋敷中の布団を提供されてしまい私が本体なのか布団が本体なのか分からなくなりそうですし」
「さ、さすがに屋敷中の布団までは使わないから」
シャーロットがじろりと睨みつけながら言及すれば、慌ててキールがフォローを入れてくる。両手を軽く上げる仕草は反省と降参の意思表示だろうか。
それを見てシャーロットは「この話はこれで終わりです」と無理やりに話題を終結させた。
◆◆◆
そんな会話があった夜、キールの寝室でシャーロットは己の考えを説明した。
だが話を聞いたキールは驚きの表情を浮かべるや「それは駄目だ」とすぐさま反対してきた。
「何故ですか?」
「何故って、手を縛って眠るなんて不便だろう。体を痛めたらどうするんだ。それに万が一の事が有ったら」
「縛ると言っても手首を軽くスカーフで縛るだけですよ。それに自分でも解ける結び方ですから」
だから大丈夫だと話し自分の両腕を彼へと伸ばす。
自分で解ける縛り方だが、自分で結ぶのは難しくて出来なかったのだ。そう話せばキールが手にしていたスカーフとシャーロットの手首を交互に見やる。
シャーロットの言い分は分かるが、かといって妻を縛ることには抵抗があるのだろう。「ここまでしなくても」という声は『国境の氷壁』とまで呼ばれた騎士とは思えないほどに弱々しい。
「俺は別にシャーロットに布団を取られても構わないんだ。むしろ布団を奪って巻き込んでいくシャーロットの姿は、まるで小動物が巣を作っているみたいで愛らしいとさえ思っている」
「そこは褒められても喜べません。さぁキール様、早く!」
「……わ、分かった。きつかったら言ってくれ。不自由ならすぐに解く……、いや、不自由にするために縛るんだが」
恐る恐ると言った動きでキールがシャーロットの腕を縛る。
といっても縛るのは柔らかなスカーフで痛みはない。それに手首を縛られてはいるものの動き全てを封じられているわけではなく、腕を上下させたり手そのものは動かせる。
ただ左右の腕をそれぞれ別に動かせないだけで、布団の中に入ることだって出来る。
試しにとモゾモゾと動いて布団を首元まで引っ張って見せれば、無理はないと察したのかキールが僅かに安堵の色を浮かべた。
「それじゃあ寝るが、もしも辛かったら解いて布団を奪って良いからな。解けなかったら起こしてくれ」
「はい。ではおやすみなさいませ」
「あぁ、おやすみ」
キールはまだ少し心配そうだが、シャーロットはこれといって不安も無く、ゆっくりと目を閉じた。
それから数時間後。
「あぁ、やっぱり眉間に皺が」
暗い部屋の中でキールが呟いたのは眠るシャーロットの眉間に皺が寄っているからだ。
ちなみに布団は奪っていないが、むしろ奪えないことが不服と言いたげな表情である。試しにとキールが布団を軽く引くと表情はより険しくなった。
見れば縛られた手は布団をぎゅうと強く握っている。掴めたが上手く巻けないジレンマを感じてるのだろうか。
「夜はゆっくりと穏やかに眠るのが一番だな」
そう呟いて、キールはそっとシャーロットの手首を縛っているスカーフを解いてやった。
スカーフは枕元に置き「これで自由だ」と囁いてシャーロットの眉間をそっと指で撫でる。
眠っているシャーロットはしばらく己の変化に気付いていないようだったが、ふと自分の腕が自由になったことを察するとモゾモゾと動き出した。布団を引き寄せ、隙間が無いように自分の周囲に詰め、そのうえ寝返りを打つようにして巻き込んでいく。
あっという間に布団に包まったシャーロットの寝顔は先程の険しさが嘘のように穏やかだ。もちろん眉間の皺もない。
もどかしく不自由な悪夢から一転してふわふわ幸せな夢を見ているかのような変化。
この変化にキールは思わず笑いそうになるのを堪え、「もう一枚あげよう」と毛布を持ってくるためにベッドを降りた。
モゾモゾと布団に包まり満足そうに眠るシャーロットを見るのが癖になっているのは言うまでもない。つい「たんと巻きなさい」とよく分からない目線で見守ってしまう。
ちなみにこの話を翌朝聞いたシャーロットはしょんぼりとしながらサンドイッチを食べ、「巣作りの材料与えないでください」と情けない声でキールを咎めた。




